第131回:コワモテ金融屋のプライベートにはH2が似合う
『闇金ウシジマくん Part3/ザ・ファイナル』
2016.09.21
読んでますカー、観てますカー
イケメン枠だった山田孝之
本来は裏社会の隠語であるトゴ(10日で5割)、ヒサン(1日3割)なんていう言葉の意味がわかってしまうのは、『闇金ウシジマくん』のせいだ。貸金業法改正でサラ金は息の根を止められ武富士ダンサーズは遠い記憶になったが、もっとヤバい闇金は今も生き残っている。失われた20年で貧困層は増加し、違法金融業者は彼らをカモにして稼ぐのだ。真鍋昌平がハードボイルドな実態を描く漫画の連載を始めたのが2004年。2010年にはテレビドラマ化されて一気にメジャーになった。
ドラマの好評を受けて2012年と2014年に映画版も公開される。オリジナルキャラも登場し、ウシジマくんの世界は原作を超えて広がっていく。これほどの人気を博したのは、山田孝之の存在が大きい。誰も予想しなかったキャスティングだが、ハマリ役だった。一切まばたきをしないで淡々と話すさまが、ウシジマの恐ろしさと闇の深さを表現する。山田がほかの役をやっていても、後ろにウシジマが透けて見えるようになってしまった。
もともと、彼はイケメン枠だったはずである。テレビドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』『白夜行』などでは、間違いなく正統派の美男子という扱いだった。2007年の映画『クローズZERO』あたりから路線が変わってくる。コワモテ感が強くなり、暴力性を帯びた役が似合うようになっていった。
『荒川アンダーザブリッジ』では星のかぶり物で顔さえもわからない役を演じ、シュールな側面をあらわにする。何でもアリとなった山田の金字塔が、昨年テレビ東京で放映された『山田孝之の東京都北区赤羽』だ。ドラマともドキュメンタリーともいえない空間に本人役で登場し、何をやらかすかわからない男というイメージを確立した。
フェラーリに乗るのは商売のため
盟友の綾野 剛や小栗 旬とは資質が違うことに気づいたのだろう。路線転換は吉と出た。イケメン枠よりはるかに幅広いオファーを受けるようになり、唯一無二の存在感を手に入れた。ウシジマくんは象徴的なキャラクターだったが、残念なことにシリーズは終幕を迎えることになった。テレビドラマの<シーズン3>と映画の『Part3』『ザ・ファイナル』の3連作で物語を締めくくる。
『Part3』で描かれるのは、いわゆる「情報商材ビジネス」だ。金もうけのノウハウを伝授すると称し、法外な価格で情報を売るという詐欺まがいの行為だ。誰でもかんたんにもうかるネットビジネスやFXの裏テクニック、ギャンブル必勝法などをタダで教えるなんてどう考えてもウソに決まっているが、引っかかる人間はいるらしい。ウェブサイトなどでやたらに長いスクロールをたどっていくとリンクが張ってあり、高額な教材を買うように仕向ける手口である。
フリーターの沢村真司(本郷奏多)は、「ネットで秒速1億円を稼ぐ」という広告を見て無料セミナーに参加する。主催するのは低身長で小太りな天生 翔だ。見た目が与沢 翼に似ているようにみえるが、気のせいだろう。演じているのは浜野謙太。NHK朝ドラ『とと姉ちゃん』では仕出し弁当店森田屋の板前で、川栄李奈とデキ婚する気のいい兄ちゃんだった。正反対の役だが、ノリノリなのがスクリーンから伝わってくる。
沢村は天生に認められるため、カウカウファイナンスから借りて情報商材ビジネスに金をつぎ込む。なんとか金をまわすことができるようになり、ボロアパートから豪華なマンションに引っ越す。「フェラーリ458スパイダー」も買った。情報商材ビジネスでは、客を集めるために自分が金持ちであることを装わなければならない。ヒルズ族は毎晩ドンペリを開けるのが決まりだ。クルマはロールス・ロイスかフェラーリということになっている。
闇金営業車はエルグランド
テレビドラマ版で女を洗脳して金をむしり取る男が乗っていたのは、先代「メルセデス・ベンツSLK」だった。セレブっぽいイケメンという役柄なのだが、派手さに欠ける印象は否めない。映画とテレビでは予算が違うので、金持ち描写に使うクルマも変わるのだ。
カウカウファイナンスの営業車は「日産エルグランド」である。街角で金を貸すこともあるし、回収でカチコミをかけるにもクルマが必要だ。先代モデルを大事に乗っていて、無駄に見えを張らないのが金融屋の正しい姿だろう。プライベートでは「ハマーH2」に乗っているから、ウシジマくんの好みはゴツいクルマということになる。
『ザ・ファイナル』は現在と過去を行き来するストーリー展開だ。やべきょうすけ演じる柄崎や綾野 剛の戌亥、高橋メアリージュンの犀原 茜との因縁が明らかにされる。リアリティーはともかくとして、ウシジマくんは24歳という設定だ。12年前の中二時代には、すでに切った張ったの世界にいた。夏休みにクルマを作って旅行に行こうなんて甘ちゃんな発想はない。
彼の世界観は、12年間ずっと同じだ。基準は金で、そのほかのことは一切関知しない。友情や人情はいつどんなふうに変わるかもしれず、行動原理にするのは危険だ。闇金は犯罪だということはわかっているが、否定しきるのはなかなか難しい。ウシジマくんの思考はシンプルで切れ味がよく、ダメ人間たちの前ではまっとうな考えに思えてきてしまう。ラストシーンでは彼も一瞬心の揺れを見せるが、意を決してタフな現実に帰っていく。ハマーのステアリングを握り、再び狂気の世界で闘いを挑むのだ。
(鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。