BMW M140i(FR/8AT)
気さくにつきあえる“M” 2016.12.20 試乗記 実用的な5ドアハッチバックのボディーに340psの直6ターボエンジンを搭載した「BMW M140i」。ベーシックモデルの2倍の排気量から2.5倍のパワーを発生するハイパフォーマンスモデルは、刺激的なキャラクターと同時に、懐の深さも併せ持っていた。排気量と気筒数はベーシックモデルの2倍
こういうクルマを作らせると、BMWはいい仕事をする。コンパクトでパワフル、走って楽しくそこそこ実用的。「ノイエクラッセ」はもちろん、戦前から続くBMWのDNAである。今じゃ堂々たるプレミアムブランドだけれど、M140iのようなモデルを作り続けていることが駆けぬけるバイエルンの精神の表れなのだ。
BMWの中で最もコンパクトな1シリーズに、340psの3リッター直列6気筒ツインスクロールターボエンジンを搭載している。過剰と言えば、そのとおりだろう。ベーシックな「118i」のエンジンは、排気量も気筒数も半分の1.5リッター直列3気筒。最高出力は136psである。ボディーサイズからすればこれで十分で、ダウンサイジングの世の中ではむしろこちらがスタンダードだ。
M140iはバルブトロニックやダブルVANOSといった複雑な技術をふんだんに使ったうえで、BMW M社がモータースポーツ活動で得たノウハウを注ぎ込んで仕上げたモデルである。従来の「M135i」と比べ、最高出力を14ps向上させた。まったく同じチューンのエンジンを持つ「M240iクーペ」にはMTモデルがあるが、M140iに組み合わされるのは8段ATだけ。MTで乗りたければ、日本ではクーペを選べばいい。4枚ドアのM140iはファミリーカーとして使うことも不可能ではないモデルなのだから、ATを優先したのは妥当だろう。
見た目だってこれみよがしな派手さはない。バッジを見なければ、ハイパフォーマンスモデルであるとは気づかない。奥ゆかしいところに好感が持てる。
色気より走りのインテリア
ただし、エンジンに火が入ると明らかに普通じゃないことが伝わってくる。中にいれば優秀な遮音のおかげでよくわからないのだが、外で聞いていると明らかにヤバい音が響いてくる。住宅街で朝早くガレージから出るのには気を使うレベルだ。凄(すご)みがきいているし、いかにも燃費が悪そうなオーラを発する。実際には、山道を結構飛ばしたにもかかわらず試乗トータルでリッターあたり10km台の優秀な数字だった。JC08モードでは13.4km/リッターだから、歩留まりも悪くない。
アイドリング中にリアに回ってみると、2本出しのマフラーは右からしか排気が出ていなかった。左のマフラーには出口にフタが付いていて、エンジン回転数に応じて開閉するようになっているようだ。豪快に見えるわりに、細やかな配慮が行き届いている。
インテリアの意匠も外観と通じるものがある。上質ではあるものの素っ気ない。色気とかエモーショナルとかを演出するより、走りに必要なものを適正に配置することを重視している。メーターはオーソドックスな2眼で、視認性は良好。幅広薄型というトレンドには乗らないちょい古スタイルで、いい意味で普通のスポーティーさだ。情報を確実に届けることを重視している。パワーユニットの屈強さとは裏腹に、内外装ともに過剰感のないデザインである。
運転席に収まるとしっかりホールドされるものの、窮屈さはなくて快適な座り心地。走り一辺倒のモデルではないことが、シートからもわかる。後席は4:2:4の分割可倒式になっていて、真ん中だけ倒せばスキー板も運べそうだ。
燃料消費20%減の「ECO PRO」モード
街なかでも十分快適に走れるのは、電子制御のおかげだ。可変ダンパーを備えたアダプティブMサスペンションによって走行性能と快適性のバランスを変えられるので、幅広い用途で適切な設定が得られる。走行モードはセンターコンソールに備えられたドライビング・パフォーマンス・コントロールのスイッチで切り替えればいい。
スイッチを押すと、モニターにモードがアニメーション表示される。デフォルトは「COMFORT」で、バランス重視のモードだ。それでもいいのだが、普通に走るなら燃料消費を最大20%減少させるという「ECO PRO」を選んだほうがいいだろう。もちろん、パワー不足を感じさせるようなことは一切ない。ECO PROモードではアクセルから足を離すとコースティング状態になって燃料を無駄に消費しないようにする。
「SPORT」モードを選ぶと、シャシー、ステアリング、エンジンレスポンスが向上してスポーティーなドライビングに適した設定となる。このクルマ本来の性能が発揮できるわけだが、明らかに乗り心地が悪化した。街なかを走る時は、デメリットしかない。首都高速の路面の悪いところでは、腰に衝撃がダイレクトに届いて閉口した。
高速道路でアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)を試そうとしたら、前のクルマに異常接近して肝を冷やした。よく見たらACCではなくただのCCだった。最近はACC付きが当たり前のようになってきたのでうっかりしてしまった。いずれにせよ、ACCであれCCであれ、このクルマではあまり使いたいとは思わないだろう。
高速巡航は快適だが、少し気になったのが後方視界である。あまり見通しがいいとはいえない。「日産セレナ」に装備されているリアカメラを使った「スマートルームミラー」のようなものは、こういうクルマにこそ欲しくなる。
安全性が限定される?
ドライビング・パフォーマンス・コントロールには、SPORTの先に「SPORT+」というモードがある。ダンピングはさらにスポーティーな設定になるわけだが、このモードを選ぶにはちょっと勇気が必要だ。モニターには真っ赤な文字で「安全性が限定されたダイナミック走行」と表示される。こんな直訳調ではなくてもっといい表現がありそうだが、安全性が最優先でないことはよくわかった。
自動的にダイナミック・スタビリティー・コントロール(DSC)の一部が解除されるわけで、電子制御の介入をできるだけ抑えたいと考えるドライバー向けだ。スポーティーなモデルでは珍しくない機能だが、真っ向から安全性が限定されると言われるとためらいを覚える。自信がなければ無理してSPORT+を選ばなくたっていい。逃げるは恥だが役に立つのだ。
M140iは素のままでも十分にスポーティーな走りが楽しめるクルマである。ステアリングホイールにはパドルが装備されているが、それさえも必要ない。8段ATの出来が恐ろしくいいので、おまかせ状態でまったく問題がないのだ。シフトのアップダウンは細やかで滑らか。誰でも速く走れる、ないしは速く走れるような気になれるだろう。
SPORTとSPORT+では「スポーツ表示」を選ぶことができるようになっていて、モニターにはパワーとトルクの状態がリアルタイムに示される。スパイニードルまで付いているのがいい感じだ。気分的なものだけれど、スポーティーな雰囲気に浸ることができる。
高いポテンシャルを持つからこそ、なんちゃってスポーティー走行をも許容する懐の深さがある。卓越したドライビングテクニックを持たなくても、それなりに気持ちよく走れて安全性も高い。過剰なパワーユニットを持つからこそ実現できたマルチな性能は、幅広い層に向けて開かれている。Mの名を冠してはいるが、わりと気さくにつきあえるクルマである。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
BMW M140i
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4340×1765×1430mm
ホイールベース:2690mm
車重:1570kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:340ps(250kW)/5500rpm
最大トルク:51.0kgm(500Nm)/1520-4500rpm
タイヤ:(前)225/40ZR18 88Y/(後)245/35ZR18 92Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:13.4km/リッター(JC08モード)
価格:590万円/テスト車=648万7000円
オプション装備:ダコタレザー<コーラルレッド/ブラックハイライト>(22万6000円)/BMWコネクテッドドライブ・プレミアム(6万1000円)/アドバンスドパーキングパッケージ(14万7000円)/スルーローディングシステム(3万8000円)/harman/kardonサラウンドサウンドシステム(11万5000円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:1320km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:461.0km
使用燃料:45.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.1km/リッター(満タン法)
![]() |

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.6 「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。
-
NEW
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? -
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】
2025.10.9試乗記24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。