第38回:カーマニア人生劇場
ある激安中古車専門店オーナーの夢(その4)
2017.04.25
カーマニア人間国宝への道
ついに手に入れたフェラーリ
リュウの店はぐんぐん実績を上げた。不況のドン底だった2012年には、年間400台を売った。
開店からわずか2年余り。リュウは夢のフェラーリを買った。真っ赤な「512TR」だ。その時29歳。
「20代で絶対フェラーリを買ってやるって決めてましたから、ちょうど間に合いました」
ただ、初めて運転した夢のフェラーリは、それほどのものではなかった。
「やっぱちょっと昔のクルマだし、加速、そんなでもないじゃないですか。全開にするとドライブシャフトが折れるかもとか、そういうこともわかってるんで、無茶(むちゃ)できなくて。とにかく緊張して、1時間くらいでヘトヘトになりました」
しかしリュウは大感激の大満足だった。もともと速いクルマが欲しかったわけではないし、飛ばしたいわけでもない。
「なにせ、乗り手がクルマに負けてますし(笑)」
その敗北感が幸福感につながるのも、自動車の頂点・フェラーリならではだ。
「フェラーリの音を堪能したいだけなんです。それは2速、3速で十分。4速より上は要らないくらいだな」
フェラーリを持つヨロコビは、所有した者でなければわからない。夢の512TRで高速に乗り入れたリュウは、集まる視線の快感と、限りない達成感に酔いしれた。
その晩は興奮して眠れず、フェラーリの事だけを思って朝を迎えた。
F1マシンも購入
翌年にはF1マシン(!!)を買った。動かなかったがエンジン付きの本物、90年の「ブラバム・ジャッド」だ。値段は約1000万。
まだ自宅はアパートだったので、実家のガレージに置かせてもらい、たまに眺めては、とんでもないものが自分のものになった事実に打ち震えた。
「そん時思いましたね、願えば近づけるんだって」
フェラーリの市販車は、お金さえ出せば誰でも買えるが、F1マシンはそうはいかない。ほぼ個人間売買だから、それなりの人脈とつながらないと、買うところまでもたどり着けない。
リュウはそこまで到達した。竜の尻尾をつかんだのだ。大雨が降ると冠水する、住所もない砂利敷きの店の激安中古車販売で。
2年ほど前、自宅の新築のために両方とも手放したが、それは決して夢を満たしたからではなく、またいつでも買えるとわかったからだった。
いまリュウの店は、店舗の代わりにコンテナを2台置いている。1台は事務所代わり。もう1台は部品などの置き場だが、そこにひとり、人が住み着いている。
彼はかつて、「住むところがないからクルマをくれ」と来店した客だった。リュウがいくら持ってるのか尋ねると、8000円しかないという。
「さすがに8000円で買えるクルマはないなぁ」
「じゃあ、そこの橋の下で寝ます」。季節は真冬。かわいそうになり、リュウは廃車の中で寝ることを許した。
ふたたびフェラーリを胸に
彼は留守中の店番を条件に、そのまま2カ月ほどそこで暮らしていたが、ふいといなくなり、半年ほどたつとまた帰ってきた。
店にいないときは大工場で寮住まいの期間工として働き、ある程度カネが貯(た)まると辞め、それを持ってリュウの店で、しばらくのんびり店番をして過ごすのを楽しみにしているのだ。今回の滞在で3度目だという。
「あの人は欲しい物もないですし、とにかく欲がないんです。できれば何もせずに暮らしていたいんですよ」
リュウは彼を見て、しみじみ、欲の大切さを思うという。
「もちろん、欲が必ずしもいいかっていったら違うでしょうけど、僕がフェラーリやF1マシンを買えたのは、そこそこ欲があったからですから」
それでも彼は、この激安中古車屋から、大きく飛躍するつもりはない。
「つまり、それほどの欲はないんです。もっとでっかい欲のある人が、でっかいことをやるんだと思います」
リュウの次なるささやかな夢。それはやはりフェラーリだ。
「現実的には、もう一度512TRか『テスタロッサ』。最終的には『275GTB』か『デイトナ』が欲しいです」
最終目標のヴィンテージ・フェラーリは、今のリュウには到底手の届かない高みにある。
「ああいうクルマは、もう値下がりはないでしょうから、このままじゃ買えないでしょうけど、欲があればいずれ手に入るかもって思います。何か別の商売も始めるとかで。今はまだ何も見えませんけど、そんな気がしてます」
激安中古車屋のリュウは、すでに普通の人生では決して見ることのない、水平線の向こうを見ているようだった。(了)
(文=清水草一/写真=清水草一/編集=大沢 遼)
第35回:カーマニア人生劇場 ある激安中古車専門店オーナーの夢(その1)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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