第27回:見た目はクラシックだが中身は超ハイテク
中・瑞・英合作の新型ロンドンタクシーあなどれじ!
2017.10.12
小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ
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あのロンドンタクシーが間もなくモデルチェンジ! 中国のジーリーが、ボルボのコンポーネンツを使い、イギリスの新工場で製造する“新型”の出来栄えを小沢コージがチェックした。その実力の背後に見る、したたかな中国自動車産業の戦略とは?
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新“ロンタク”はなんとレンジエクステンダーEV
トヨタ&ダイハツ&スバルにプジョー&シトロエン&オペル、フィアット&クライスラー&ジープと、今やどんなメーカーがどんなアライアンス組んで、どんなクルマを作っているのか分からない時代に突入してますけど、まさかこんなクルマが登場しちゃうとはねぇ。それは突如、宇宙戦艦ヤマトもビックリなレベルにハイテク化した5代目? 6代目? とも言われる“ブラックキャブ”ことロンドンタクシーだ。
そもそも英国メーカーBMCが、1958年にロンドンを走るために市の規定に合わせて作ったタクシー専用車が、私たちが思い浮かべる“初代ロンタク”こと「オースチンFX4」。そこで今の全長約4.5m、全高約1.8mで車内対面座りの独特ずんぐりむっくりボディーがほぼ完成したわけだけど、その後メーカーの社名は変わりつつもクルマそのものは「TX1」「TX2」「TX3」「TX4」と進化し、最近でも最終型が結婚式場用などで日本に90台ぐらい入ってきていたのだとか。
それがここに来て大変身! というのも、2013年に突如ロンタクの権利を中国民族系メーカー筆頭の吉利汽車ことジーリーホールディングスが買い取って新会社LEVC(ロンドンEVカンパニー)を設立。地元英国コベントリーに325億ポンド(約500億円)もかけてモダンな新工場を作り、イチから新しいハイテクタクシーの製造に乗り出したのだ。工場自体は2016年に完成、今年6月からセミプロダクションを作り始め、年末にはロンドンで1号車が発売される予定だ。
そこで中国にちと詳しい小沢コージが、欧州に行った帰りに見て乗ってきたわけだけど、製造過程をみて仰天! キモは事前に聞いていた半EV構造……つまり31kWhの大型リチウムイオンバッテリーを搭載し、電気がなくなったらエンジンで発電して走るレンジエクステンダーEVシステムだけじゃない。ボディー骨格はオールアルミで溶接を使わない完全接着タイプと、なにを隠そう最新式スーパーカー技術の流用。つまり、見た目は古臭いけど中身は英国流ハイテクという前代未聞の組み合わせで、それこそが新型TXの最大のキモだったのだ。
中国マネーでボルボ素材を使い英国技術で料理!
小沢はまずコベントリーの外れに位置する新工場を見てガツンと衝撃を受けた。その昔、ロンタクはまさにレンガ作りの超手作りおんぼろ工場で作られてたらしいが、新母屋はまるでロンドン郊外のマクラーレンの研究センターのごとくクールでモダン。中身もベルトコンベヤーではなく、作業員に合わせて高さを変えられるモノレールシステムで、オマケに屋根に850平方メートルのソーラーパネル、地下に雨水貯水リサイクルシステムを持つエネルギー再利用を意識した工場でまさにイマドキ。
さらなる驚きは、自動車工場にありがちな鉄の焼ける匂いや、防さび剤の匂いがしないこと。繰り返すが、骨格はアルミでプレス&溶接工程が全くないからで、電気製品の工場のごとくクリーンで明るい。
加えてビックリするのが中身で、発電専用の1.5リッター直3エンジンやモーターやインバーター、バッテリーなどは軒並みボルボ製で、そこら中にボルボの名前入りケースが転がっている。実際1.5リッターは「ボルボXC40」などにも使われる予定の新エンジンで、電気関係は現行「XC90」のプラグインハイブリッドモデル譲り。全く同じパーツはリアのサブフレームぐらいらしいが、コンポーネンツの基本はボルボ技術のアレンジで、リアの複合素材を使った板バネなんかはまったくXC90と同じ。小沢もちと見覚えアリだ。
そしてチーフエンジニアのイアン・コリンズさんに会ったらまた驚きで、彼は元マクラーレン・オートモーティブにいて「メルセデス・ベンツSLRマクラーレン」のエンジニアリングを担当した人物。そう、新世代ロンタクはまさに現在の中国ジーリーグループの力の結集そのもので、資本はジーリー本体だが、食材は2010年にジーリーが買った北欧ボルボで、それを料理するのは最近子会社化された英国エメラルド・オートモーティブ。もともとはマクラーレンやロータスなどに所属した主に英国エンジニアの集団で、まさしく中国マネーで北欧素材を使って作る、新世代の英国ハイテク商用車。それが新型TXの真の姿なのだ。
上質でなめらかな加速に圧倒的な広さと静かさ
肝心の試乗だけどさすがに認証前だけに小沢が直接ハンドルを握ることは許されなかったものの、キャビンに乗ってビックリ。ボディーはアルミパネルの接着だけでなく、45分の熱処理も加えられてやたらガッチリ。耐久性は100万kmをうたってて、オマケに外寸は従来車種とほぼ変わってないがキャビンは広がっており、大人が対面で座ってもヒザが擦れ合わないどころか前は5人乗りだったのが新型は前後6人乗りとなっている。さらに入り口にスロープを付ければ広い開口部から大きな車いすが載せられ、そのまま大人2人も付き添いで乗れる。これは「トヨタ・プリウス」や「クラウンセダン/コンフォート」では絶対できない素晴らしい芸当だ。
肝心の走りだが、モーターはおよそ100ps前後で数値的には大したことないようだが、大人4人+運転手が乗っても動力性能は十分。特にモーターならではの滑らかかつ上質な発進加速と静粛性が印象的で、人を乗せるタクシーとしてはガソリン車以上の出来栄えだ。モーター特有のキーン音がやや気になるけど、それは今後の開発過程で減るって話だし、そもそも全体が静かだから気になるだけ。
さらにビックリなのが乗り心地で、リアサスはスペース効率を優先した板バネでしなやかさが疑問だったが、完全に合格点。妙なギクシャクはなく、開発途中ゆえか時折強めの突き上げが入ったが、上手に熟成されれば問題なさそう。新世代タクシーにスペース性の優れた新世代複合板バネサスペンションって組み合わせは十分アリなのだ。
ついでにロンドン市のタクシー規定である3.8mという驚異的な最小回転半径や、成人男性がシルクハットをかぶったままでも乗れる十分な車内高はもちろんキープ。特にフロントタイヤ切れ角はなんと63度! 「トヨタiQ」もビックリの小回り性能ってわけ。
ニッチ市場から少しずつ浸透していく中国パワー
肝心の燃費性能だが、欧州基準でLG化学製の31kWhバッテリーフル充電状態からEV走行で80マイル(約128km)、30リッターのガソリンタンクの燃料を使って320マイル(約512km)の合計400マイル(約640km)は走れる計算。ざっくり全体をリッターで割ると21km/リッターだから悪くないどころかかなりいい。
問題は新ロンタクの価格で、作りが作りだけに日本円だと800万円ぐらいになるらしいが、タクシーとしてEV走行メインで使えば、旧型比で週間100ポンドの燃料代が取り戻せるとか。
根本には今のエコ化、EV化が進むタクシー需要を当て込んでいて、ロンドン用として主に来年から年数百台レベルで導入が開始されると同時に、すでに225台のオーダーがEV大国のオランダ、ノルウェーから入ってるらしい。
考えると恐ろしいのはジーリーの目のつけどころで、真っ向勝負でトヨタやフォードやフォルクスワーゲンに対抗する事業などは当分やらない。他がさほど注目しない「ハイテクエコタクシー新世界需要」に目をつけ、買い取ったボルボやイギリスの技術を上手に使ってニッチなところからジワジワと中国パワー、それもEV技術を世界に広めていこうって算段なのだ。
確かに新型が日本に入って来たとしても最初は数十台ってレベルかもしれないけど、他にはなかなか代わりがないし、今後LEVCには新プラットフォームを使って「ハイエース」みたいな商用車を作る計画もあるとか。他にない中国・瑞典・英国パワーの混合で迫るジーリー。こりゃ意外と目が離せないかもですよ!
(文と写真=小沢コージ)

小沢 コージ
神奈川県横浜市出身。某私立大学を卒業し、某自動車メーカーに就職。半年後に辞め、自動車専門誌『NAVI』の編集部員を経て、現在フリーの自動車ジャーナリストとして活躍中。ロンドン五輪で好成績をあげた「トビウオジャパン」27人が語る『つながる心 ひとりじゃない、チームだから戦えた』(集英社)に携わる。 YouTubeチャンネル『小沢コージのKozziTV』