第462回:目指すは2050年の「CO2ゼロ」
トヨタ電動化技術のこれまでを振り返る
2017.12.15
エディターから一言
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唐突感があったことは否めない。2017年11月末、トヨタは新車発表があるわけでもないのに技術説明会を開催した。案内状には、「電動化要素技術開発の取り組みに関するご説明」と書かれている。クルマではなく、トヨタがいま持っている現状の電動化技術をアピールする狙いらしいのだが……?
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常識を超えた初代「プリウス」
会場には歴代「プリウス」が並べられ、モーターやバッテリーも初期のものから現行型までが展示されていた。集まった報道陣の数が多く、3班に分けられて、3つのテーマについて順番に説明を受けた。2日間にわたり午前と午後の2回ずつ計4回行われたので、かなり大規模な説明会である。自動車メディアだけでなく、新聞や一般誌などの記者も招待されていた。おそらく、そのことには意味がある。
歴代プリウスの進化について、エンジニアから詳細な説明を受けた。台の上にはパーツの現物が置かれている。ひとつ目のテーマであるバッテリーモジュールに関しては、説明なしでもひと目で劇的な進化が見て取れた。初代モデルの初期型は、それ以降のものとはまったく違うフォルムである。細長い円筒形なのだ。単1乾電池サイズで作られたからなのだという。プリウス誕生の経緯を振り返ると、既存の技術をベースにせざるを得なかった事情がわかる。
初代プリウスは、常識では考えられないスピードで開発された。「21世紀の乗用車像を提案せよ」という指令が下ったのが1993年の1月。9月に「G21」というプロジェクトが発足し、資源と環境をテーマにした研究が進められた。1994年11月になって、ハイブリッドモデルを作るという方針が定まる。21世紀に先駆けて発売するということで、開発陣は1999年中に出そうと考えていた。しかし、1995年8月に就任した奥田 碩社長から1997年に発売せよと厳命された。この時点では、まだプロトタイプすら完成していない。
2年後には量産しなくてはならず、しかも要素技術はすべて“手の内化”するように求められた。一から形を決めるより、既成の乾電池のサイズで作るのが手っ取り早かったのだろう。ただ、多くの電池を積むのだから円筒形はスペース効率が悪い。初代モデルの後期型では、角型に変更して小型化している。充放電性能も向上し、初代から4代目までに最大入力が60%、最大出力が28%アップした。
モデルチェンジでバッテリーの形状はさらに見直され、入出力性能の向上によってセル数の削減も実現した。初代初期型の240セルから後期型では228セルになり、2代目からは168セルにまで減少。大幅に減らすことができたのは、2代目から昇圧コンバーターが採用されたからだ。バッテリー定格電圧を下げることができたことの恩恵である。
バッテリーやモーターが劇的に進化
4代目ではニッケル水素電池に代わってリチウムイオン電池が採用されるようになり、セル数は56にまで減っている。バッテリーパック全体を見ると、体積は67%縮小した。約3分の1になったわけだ。セル数以外にも、さまざまなパーツが見直された結果である。電気機器部品(SMR、電流センサー、制限抵抗)は76%、バッテリー制御ユニットはIC化などによって90%小型化された。サービスプラグやバッテリー冷却ブロワーに至るまで細かい改良が施されている。
2つ目のテーマ、パワーコントロールユニット(PCU)の進化も目を見張る。これは、昇圧コンバーターがブレークスルーになった。初代のハイブリッドシステムであるTHSはバッテリー直結で288Vだったのが、2代目から使われるTHSIIでは500Vに昇圧される。電圧を高めることによって電流を下げることができ、バッテリー、PCU、モーターの小型化と損失低減が可能になった。現行モデルである4代目のPCUの体積は初代の2分の1で、出力密度は2.5倍になっている。
初代プリウスのボンネットを開けると、エンジンの隣に巨大なPCUが据え付けられていた。3代目になって小型化されたPCUが従来補機バッテリーのあった場所に移される。補機バッテリーはトランクルームに置くことになったわけだが、4代目ではPCUをトランスアクスル直上に搭載できるようになってまたもとの場所に戻ってきた。PCUの小型化は、荷室スペースの拡大にもつながっているのだ。
最後はモーターとトランスアクスルがテーマだ。モーターの出力は初代の30kWから4代目では53kWに高められた。体積は5.1リッターから2.2リッターにまで減少している。トランスアクスル全体で全長が17%短くなり、重量も30%減を実現。2代目までチェーン式だったギアトレーンはリダクション式に改められ、モーターの回転数は5600rpmから1万7000rpmという驚異的な数値になった。ギアのかみ合い数を9カ所から5カ所に減らし、モーター室油室化も加えて損失は60%減少した。
モーターにはレアアースが不可欠だが、産出量の大半を占める中国が輸出制限をして大問題になったことがあった。供給不安にも、技術で答えを出している。レアアースの使用量の96%削減に成功したのだ。これで政治的な要因に脅かされることはない。磁石量自体も50%減った。「ローター磁石配置構造を変えてリラクタンストルク比率を向上させたことが効いた」という話だったが、エンジニアが一生懸命に説明してくれても、筆者の文系頭ではまったくわからなかった。
電動車の4割を占めるトヨタ
技術の具体的内容について理解するのは難しい。それでも、バッテリー、PCU、モーターが目覚ましい進化を遂げたことは伝わってくる。小型化、軽量化、低損失化などで性能が向上し、コストダウンも実現した。地道な技術開発を積み重ね、トータルで飛躍的に商品力がアップしたのだ。ハイブリッド技術はプリウスからほかの車種にも広げられ、トヨタはあらゆるカテゴリーにハイブリッドカーをラインナップしている。
歴代プリウスの技術的進化について説明を受けたわけだが、趣旨は「電動化要素技術開発の取り組みに関するご説明」だったはずだ。渡された資料のタイトルも、「トヨタの車両電動化技術」である。話がプリウスに終止するのでは羊頭狗肉(ようとうくにく)ではないか、と考えてはいけない。サブタイトルには、「20年にわたり培ってきた実績」と記されている。プリウス開発の歴史は、そのまま電動化技術開発の歴史だと言いたいのだ。
個別説明に先立って、パワートレーンカンパニー常務理事の安部静生氏から基調報告があった。電動車両市場におけるトヨタの実績を、具体的な数字を示して説明する。ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)、電気自動車(EV)を合わせた電動車両市場で、2016年におけるトヨタのシェアは43%だという。20年間で1100万台以上の車両を販売し、削減したCO2は8500万t以上。うち7700万tがHVによるものだ。
トヨタは、HVでは圧倒的な実績を残している。ヨーロッパや中国はとても追いつけないと考えたから、EV優遇政策を推進して逆転を狙っているわけだ。一人勝ちが招いた皮肉な結果である。PHVやFCVでも同社は着実な成果をおさめてきた。長期的な目標として定めたのが、「2050年新車CO2ゼロチャレンジ」である。2010年比でCO2を90%削減することを目指す。そのために全種類の電動化車両を開発するというのがトヨタの方針なのだ。
阿部氏は、バッテリー、PCU、モーター/トランスアクスルという3つの要素技術はすべての電動化車両に共通だと話した。充電対応技術と合わせればPHVとEVになるし、FCスタックと水素タンクを追加すればFCVになる。ベースとなる技術を20年間育ててきたのだから、アドバンテージがあるのは当然だ。阿部氏は「半歩でも優位にあるのではないか」と控えめに語ったが、本音ではもっと自信があるに違いない。
バッテリーに関しては、少し慎重な姿勢を示した。基幹技術を手の内化するのがトヨタの強みになってきたが、バッテリーは日本全体で研究開発を進めるべきだと言う。国単位の競争になっているという認識なのだろう。マツダやデンソーと新しい会社を立ち上げたのは、その考えに沿ったアクションだ。
的はずれな報道への反撃
次世代に向けて自動車が激変しようとしている今、未来を決めるのは技術だけではない。中国のニュー・エネルギー・ビークル規制法(NEV法)や米カリフォルニア州のゼロ・エミッション・ビークル(ZEV)規制などに影響されるからだ。これらの規制に対応するとしながらも、阿部氏は「おつきあいでやっていくつもりはない」と明言した。自動車が一気にEVに置き換わるのは難しいという現状認識である。
ヨーロッパで進められている48Vバッテリーを使ったマイルドハイブリッドシステムについても、懐疑的な考えを示した。効率のいい技術ではなく、2050年のゴールを見据えると限界がある。それでもまったく無視するわけではなく、ヨーロッパの動向を見ながら対応を考えると言う。全方位の開発を進めるのがトヨタの方針だ。それができるのは、これまで育て上げてきた豊富な技術の蓄積があるからだろう。
筆者は、最終日の午後の説明会に参加したのだが、この回だけ特別なゲストが来場していた。初代プリウスの開発を主導した、内山田竹志会長である。
「プリウス発売20周年ということで、舞台裏でシステムはどう進化しているのか、20年間の技術史のようなものをうちの技術者が直接皆さんとお話しできればということで企画しました。私も見てみたいなとのぞきにきたんですよ」
笑顔で話す内山田氏の表情からは、電動化車両の先駆者としての自負が読み取れた。
このタイミングで電動化についての説明会を開催した理由は明らかだろう。あからさまには言わなかったが、「トヨタはEV開発で出遅れた」などと報道されていることへの反論と抗議である。生半可な知識で不安をあおり立てる不勉強な記者や自称評論家に、クルマの電動化についての基礎知識を懇切丁寧に教え諭したわけだ。自動車に関わる者なら言われなくてもトヨタの底力を知っているから、一般メディアを呼ぶことに意味があった。
説明してくれたエンジニアに「的はずれな記事を読むと腹が立ちませんか?」と聞いてみると、困ったような笑みを浮かべながら、いえいえ、と首を横に振った。怒っているというよりも、あきれているのだろう。彼らは激烈な開発競争の最前線で戦っている。トンチンカンな報道に付き合っているヒマはないのだ。
(文と写真=鈴木真人/編集=関 顕也)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。