メルセデス・ベンツC200 ブルーエフィシェンシー アバンギャルド(FR/7AT)【試乗記】
成熟、あるいは極上の普通 2011.07.14 試乗記 メルセデス・ベンツC200 ブルーエフィシェンシー アバンギャルド……546万8000円
2000カ所以上の変更を施し、「史上最高の出来」とメーカーも太鼓判を押す「メルセデス・ベンツCクラス」。一般道と高速で、その実力を確かめた。
至れり尽くせりのメルセデス
土曜日の朝刊には、クルマの宣伝チラシが何枚か挟み込まれている。その中のひとつを手にとると、「試乗キャンペーン実施中」のタイトルの横に、「オリジナル扇子プレゼント」「毎週当たる旅行券5万円」の惹句(じゃっく)が目にとまる。そのクルマは、エコカー減税対象モデルであることもアピール点だ。
さらに訴求ポイントとして挙げられているのは、「Googleと提携した新時代のナビゲーションシステム」、「ドライバーの運転動作をクルマ自らが観察する究極の安全システム」、「縦列駐車をサポートする新しい機能」、「停車すると自動的にエンジンを止め余計なCO2排出をおさえる環境技術」などだ。なんと行き届いた国産車だろう、と思ってしまいそうだが、これが新しい「Cクラス」の宣伝チラシなのだ。至れり尽くせり、丁重なおもてなし、そういうものを今のメルセデス・ベンツは提供している。
ちょっと意地悪な紹介の仕方だった。実際にはほかに、「高級素材で包み込んだ最高のプライベートスペース」、「余裕と俊敏性に満ちたドライビングフィール」、「わずかな踏み込みの変化も逃さないスムーズなギアシフト」などにも、ちゃんと言及されているのだ。とはいえ、ずいぶんユーザーのわがままに応えようとする姿勢が強調されているなあ、と感じてしまった。
もちろん、悪いことではない。クルマを評価するのは乗る人だ。できるだけ要望に沿おうとするのは、作り手として当然の態度である。孤高の存在であることも大切だけれど、ライバルと対峙(たいじ)していくことも必要だ。大がかりなマイナーチェンジで、商品性の向上は至上課題である。
上等な日常感
顔つきには、はっきりと威圧感がある。意図してのことなのだろう。くどいほどの目ヂカラは日本人の嗜好(しこう)には合わない気もするが、これは好みの問題だから仕方がない。同じアジアでも、もっと大きな販売数が期待できる方面の美意識に沿うようにしているとも言われるが、だとすれば企業としては当然の態度だ。多少は優しい雰囲気の「エレガンス」顔がパッケージオプションとして残されたことを喜ばなければいけない。
インテリアに関しては、明らかに前進だ。質感の向上だけでなく、インストゥルメントパネルのデザインがすっきりとしたことで、あか抜けた印象を与える。シンプルさが上質さを表現する格好の例である。機能的であり、同時に都会的な香りを漂わせる。カラーになったメーターの中心に車体の画像が現れるのは、最初はうれしいかもしれないが、飽きそうな気もする。
運転席におさまると、実に落ち着く。緊張するでもなく弛緩(しかん)するでもなく、何とも上等な日常感に包まれるのだ。退屈というのではなく、無駄に気を張る必要のないことが質のよい平静さをもたらしてくれる。革の材質を向上させたというステアリングホイールは、柔らかな感触が心地よく、しっとりと手になじむ。シートベルトを装着すると一瞬きつく締め上げられてたじろぐが、体とシートが密着するとクルマと一体化した気分がやってくる。
今回試乗したのは、1.8リッター直4直噴ターボの穏やかチューンのエンジンを搭載したモデルで、装備が充実した上級版の「アバンギャルド」である。トランスミッションは、他のモデルと同じ7Gトロニックプラスだ。
自然さという凄み
ただ、乗り始めてみると、エンジンがどうとかトランスミッションがどうとか、細かいことを言う気がうせてくるのだ。これ見よがしなところが一切なく、あまりに自然な運転感覚だから、分析しようという気が起こらない。ステアリング操作は最初少し軽すぎるように感じるが、しばらくするとそれがとても確実なフィールを伴っていることがわかって安心感に満たされる。ブレーキの踏みごたえも絶妙だ。柔らかなタッチでありながら確固たる効きが予感されて、心に憂いを生じない。すべてがこの調子で、正確で堅固なメカニズムが当たりのいいインターフェースで媒介されている。
同じエンジンのハイチューン版である「C250」の204psより20ps低い184psという出力だが、乗り比べない限りでは不足は感じなかった。高速道路では意のままの加速と爽快なクルージングを繰り返し、静粛性にも不満はない。一般道でも、出来のいいトランスミッションの効果で、意思がそのままクルマの動きにつながるかのようだ。メルセデス・ベンツらしい硬さを感じさせない素晴らしい乗り心地は、言わずもがなである。高速道路と一般道を半々で約360km走り、燃費はリッター9.6kmとまずまずの数字だった。
いいことばかりなのだが、それに感動したり感心したりはしていないことに気づいた。ごく普通のこととして受け入れてしまっている。それほどに、自然なのだ。ただ、その普通はとんでもないレベルのものである。普通に浸った後にほかのクルマに乗ると、その普通が極上の領域であったことがわかる。極上であることを気づかせないところが、メルセデスの凄みである。成熟という言葉が似つかわしい。
これだけ基本性能を高めてしまえば、進化の方向がディテールへと向かうのも致し方ないだろう。便利な機能がつくことは、ユーザーにとっての利益だ。新しいCOMANDシステムはネットだって使えるし、と思ってつなごうとしてみたが、携帯電話と接続しなければならなかった。ホンダのインターナビのような接続フリーではない。まあ、そこまで求めては酷だろう。メルセデス・ベンツに優先的に望むのは、やはり機械としての完成度であり、運転する喜びである。それは、期待以上のものになっていると思う。
(文=鈴木真人/写真=高橋信宏)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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