第31回:日本カー・オブ・ザ・イヤーの歴史
時代をリードしたクルマという栄誉
2018.08.30
自動車ヒストリー
その一年でデビューした国内外のクルマの中から、モータージャーナリストが最も優秀なクルマを選び、その栄誉をたたえる日本カー・オブ・ザ・イヤー。1980年という節目の年に始まったその歴史を、印象的なイヤーカーとともに紹介する。
ジャーナリストが選ぶその年一番のクルマ
2017年の日本カー・オブ・ザ・イヤー(JCOTY)に輝いたのは、「ボルボXC60」だった。「スズキ・スイフト」「トヨタ・カムリ」「ホンダN-BOX」などの強敵を打ち負かしての受賞である。JCOTYで輸入車がイヤーカーに選ばれるのは2度目のこと。2013年に「フォルクスワーゲン・ゴルフ」が受賞したのが初めてだった。1994年から輸入車は別枠のインポート・カー・オブ・ザ・イヤーとして扱われていたが、2002年から国産・輸入の区別なく選考が行われるようになっていた。
年間で最も優秀なクルマを選んで栄誉をたたえるというイベントは、ヨーロッパから始まった。第1回ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー(ECOTY)が開催されたのは1964年である。現在では北米カー・オブ・ザ・イヤー(NACOTY)、世界カー・オブ・ザ・イヤー(WCOTY)も開催されている。
これらのカー・オブ・ザ・イヤーでは、日本車も選考対象となる。ECOTYでは「日産マイクラ」(日本名「マーチ」、1993年)、「トヨタ・ヤリス」(日本名「ヴィッツ」、2000年)、「トヨタ・プリウス」(2005年)、「日産リーフ」(2011年)、NACOTYでは乗用車部門で「日産アルティマ」(2002年)、「トヨタ・プリウス」(2004年)、「ホンダ・シビック」(2006年、2016年)、トラック部門で「日産エクステラ」(2000年)、「アキュラMDX」(2001年)、「ホンダ・リッジライン」(2006年、2017年)、「マツダCX-9」(2008年)、WCOTYでは「マツダ・デミオ」(2008年)、「日産リーフ」(2011年)、「マツダ・ロードスター」(2016年)が受賞した。
いずれのCOTYでも、選考にあたるのは自動車ジャーナリストが主となる。JCOTYでは自動車雑誌を中心とするメディアが実行委員会を構成し、選考委員は実行委員の推薦により60名を上限として選任される。各選考委員がそれぞれの持ち点を候補車に割り振り、最も高得点だったクルマがカー・オブ・ザ・イヤーを受賞する。
第1回の受賞車はマツダのファミリア
JCOTYが始まったのは1980年。この年、日本の自動車生産台数は前年比14.6%増の約1104万台となり、約801万台にとどまったアメリカを抜いて世界一となった。信頼性と環境性能、燃費性能などが海外でも高く評価され、日本車の黄金期が訪れようとしていた時期である。日本人が自分たちと自分たちの作った製品に自信と誇りを持ち始めたタイミングで、クルマの優秀性を競うイベントは始まった。
記念すべき第1回の受賞車は、「マツダ・ファミリア」である。この年は、トヨタが「クレスタ」を加えてマークII三兄弟を誕生させ、日産は「レパード」と「サファリ」を発売した。ホンダは「クイント」を発売し、三菱は「ギャラン」をフルモデルチェンジしている。強力なライバルのいる中で、規模としては大きくないメーカーのマツダが、小型のハッチバック車で栄冠を勝ち取ったのだ。
ファミリアは、初代が1963年に登場している。最初に発売されたのは商用のバンで、セダンバージョンが登場するのは翌年になってからだ。マツダは戦前から三輪トラックの製造を始め、終戦後にまずは三輪、1958年からは四輪トラックの生産に乗り出して成功を収めている。ファミリアの販売をバンからスタートさせたのは、商用車メーカーとして出発したマツダらしいともいえる。
初めて乗用車のジャンルに進出したのは、軽自動車の「R360」だった。アルミ合金を多用し、四輪独立サスペンションを採用した意欲的な設計で、走りが高く評価された。その後ロータリーエンジンの開発を進めたことでもわかるように、先進的な技術を取り入れることに積極的なメーカーだった。
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若者に大人気となったハッチバック
ファミリアは1980年にフルモデルチェンジされ、5代目のモデルとなった。先代から大きく変わったのが駆動方式で、初めてFFを採用している。後でセダンも追加されたが、最初に発売されたのはハッチバックモデルだった。
エンジンを横置きにしたFFの小型ハッチバックといえば、誰もが想起するのがフォルクスワーゲン・ゴルフだろう。1974年にデビューし、高い合理性と実用性で小型車の概念を一新した。世界中で、ゴルフの方法論に学ぶクルマが現れていた。
新しいテクノロジーを好むマツダが、この流れに乗ったのは自然である。ファミリアは前モデルからハッチバックスタイルを取り入れていたが、新型ではシンプルな線と面を強調してボクシーなデザインになった。搭載されるエンジンは、1.3リッターと1.5リッターの4気筒SOHCである。大きなグラスエリアを持つ若々しくスポーティーなスタイルは、またたく間に若者の間で大人気となった。
ファミリアは、レジャー志向が高まりつつあった時代にマッチしたといえる。CMには俳優の北大路欣也を起用し、アウトドアでの使い勝手をアピールした。特に強く反応したのがサーファーたちである。ルーフキャリアにサーフボードを載せ、ダッシュボードにヤシの木を飾り、シートにはTシャツを着せた。実際にはサーフィンをやらなくてもスタイルとして取り入れることが流行し、サーフボードをボルトオンする“カッコだけ”の者が現れたともいう。彼らは陸(おか)サーファーと呼ばれていた。
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流行や気分が反映される受賞モデル
売れ筋となったのは、最上級グレードの「XG」である。電動サンルーフや後席ラウンドシートを装備したモデルで、ソリッドな赤がイメージカラーだった。“赤のXG”は、最高のファッションアイテムとなったのだ。「カローラ」や「サニー」を相手に月間販売台数で何度もナンバーワンとなり、時にその数は1万3000台を超えた。海外にも多く輸出され、生産開始から27カ月で累計100万台を達成した。これはゴルフの31カ月を上回る記録である。ファミリアは80年代の幕開けを飾る象徴的なクルマであり、第1回カー・オブ・ザ・イヤーを獲得したのは順当だったといえる。
翌1981年の第2回は、「トヨタ・ソアラ」が受賞した。80年代を代表するハイソカーである。第3回「マツダ・カペラ」、第4回ホンダ・シビック、第5回「トヨタMR2」と並べていくと、当時の流行や気分がよく反映されていることがわかる。
90年代に入るとホンダ・シビックや日産マーチなどの小型車が増え、1997年にはトヨタ・プリウスが受賞している。80年代とは違ったラインナップとなっていることは明白だ。2011年は電気自動車の日産リーフ、2012年はディーゼルエンジンを前面に押し出した「マツダCX-5」が受賞しており、これも時代を映しているといえるだろう。
JCOTYの歴史を振り返ってみると、中には人々の記憶に残っていないモデルもある。すべての受賞車が、販売台数を伸ばしたわけでもない。それでも、自動車メーカーにとってはカー・オブ・ザ・イヤーを獲得するのは大きな名誉であり、時代をリードしたクルマの証明であり続けている。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛/トヨタ自動車、日産自動車、フォルクスワーゲン、マツダ、二玄社)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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