第178回:夏休みに観たい! 成長を描くクルマ映画DVD3選
2018.08.30 読んでますカー、観てますカー中二男子は盗んだクルマで走りだす
2年前に当欄でミシェル・ゴンドリー監督の『グッバイ・サマー』を紹介した。ハズレ者の中二男子2人がガラクタを使ってクルマを仕立て、冒険旅行に出掛ける話だった。『50年後のボクたちは』も、ほぼ同じ筋立てである。原作はヴォルフガング・ヘルンドルフの『14歳、ぼくらの疾走』で、ドイツでベストセラーになった国民的小説だという。国は違っても、中二男子が夏休みにむちゃをするのは共通なのだ。
マイク(トリスタン・ゲーベル)はまわりから“サイコ”と呼ばれている変わり者。あまりコミュニケーションが得意ではない。母親はアル中で、父親は若い女と浮気中だ。学校にも家にも居場所を見つけられないでいる。夏休み直前に、転校生がやってくる。ロシアの田舎から来たチック(アナンド・バトビレグ・チョローンバータル)だ。髪型は日韓W杯でブラジルのロナウドがキメていたのと同じ大五郎ヘア。レジ袋にウオツカを隠し持っていて、酒臭い。
明らかにヤバいやつで、生徒たちは敬して遠ざける。マイクがひそかに憧れる美少女タチアナはクラス全員に誕生日パーティーの招待状を送るが、この2人だけは外されてしまった。夏休みが始まると、マイクの母親は入院、父親は出張と称して愛人と旅行に出掛ける。一人で家にこもっていると、かなり年季の入った「ラーダ・ニーヴァ」に乗ったチックがやってきた。どう考えても盗んだに違いないが、彼は「後で返せばいい」とうそぶいている。
2人がまず向かったのは、タチアナのパーティーだ。浮かれているクラスメイトたちを混乱に陥れると、スピンターンをかまして逃走する。このクルマでは不可能な動きだが、それはご愛嬌(あいきょう)。彼らはチックの祖父が住んでいるというワラキアを目指す。童顔の少年が運転しているのが見つかると通報されかねないので、黒のテープを鼻の下に貼ってヒゲに見せかける。トウモロコシ畑が行く手をはばんでも、後戻りはしない。そのまま突っ切るのだ。
冒険を終えて帰ってきたマイクは、以前の彼ではない。いくつもの出会いと別れを経験して大人への階段を登ったマイクには、日常に埋没して満足しているクラスメイトたちが幼く見える。今頃になってタチアナが色目を使ってきても相手にしない。ラーダ・ニーヴァのように、ポンコツでもわが道を行けば未来は開けている。
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新・旧パパがおそろいのクルマで家族旅行
日本では、アメリカのコメディー映画はなぜか人気がない。本国で大ヒットしても、日本では劇場公開されないケースが山ほどある。だから、超人気コメディアンのウィル・フェレルも、日本での知名度は低い。当欄では彼が主演した2010年の『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事』を紹介したが、その後制作された『俺たちスーパー・ポリティシャン めざせ下院議員!』や『俺たちニュースキャスター 史上最低!?の視聴率バトルinニューヨーク』などは未公開である。
2015年の『パパvs新しいパパ』もしかり。続編の『パパvs新しいパパ2』も当然のようにDVDスルーとなった。第1作ではウィル・フェレルが演じるブラッドがサラ(リンダ・カーデリーニ)と結婚し、2人の連れ子と生活を始める。そこに前夫のダスティがやってきて、どちらが子供たちから愛されるパパになるかをめぐって大騒動を引き起こした。ダスティ役はマーク・ウォールバーグで、『アザー・ガイズ』と同じコンビである。
特殊部隊出身でワイルドにキメていたダスティも、第1作の最後で一人の娘を持つ女性と結婚し、今ではブラッドと同じ境遇だ。2人はすっかり仲良しになり、子供たちの“共同父親”として協力している。クリスマスも、両家で一緒に祝うことにした。順調に準備を進めているところに現れたのがダスティの父カート。演じるのはメル・ギブソンだから、まともな行動規範を持った人間でないことは明らかだ。ブラッドの父ドンも合流。人はいいが実はやっかいな性格の老人を、ジョン・リスゴーが楽しそうに演じている。
スキー場のリゾートでクリスマスを過ごすことになり、2家族は2台のクルマに分乗して貸別荘へ向かう。赤と白でボディーカラーは違うが、どちらも「フォード・フレックス」である。ダスティも、今やクルマ選びの基準は家族の満足度なのだ。カートに「滑らかな乗り心地だな」と言われてブラッドは喜ぶが、ダスティはそれがほめ言葉ではないことを知っている。彼は「軟弱男のクルマだ」と言いたいのだ。
父親は一人でいいという信念を持つカートが巧みにブラッドとダスティをけしかけて仲たがいさせる。彼らが和解するきっかけとなったのは、シネコンで観たリーアム・ニーソン主演の『聖夜のミサイル』だった。そんな映画はないけれど、「子供たちとクリスマスを祝うはずだったがテロリストに遭遇し、ミサイル奪還のために戦う」というのはいかにもありそうに思える。ドタバタコメディーではあるが、登場人物たちは誰もが騒動を乗り越えて新たなステージに立つ。家族全員が成長する物語なのだ。
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草食系男子はマスタングで自由へと逃走する
最後はちょっと毛色の違う作品である。『68キル』はジャンルでいえばアクションスリラーに属するが、かなりエグい描写にあふれている。人がたくさん殺されるだけでなく、超残酷なシーンが多いので耐性のない人にはオススメできない。
主人公は気弱な青年のチップ(マシュー・グレイ・ギュブラー)。ライザ(アナリン・マッコード)とラブラブ同棲中だが、この女がただ者ではない。美女ではあるが、性格が凶暴なのだ。チップの顔に青アザがあるのは、彼女に殴られたからだ。理由もなく、殴る。チップはそれを情けない笑顔で受け入れている。かい性のない彼の代わりに稼いでいるのはライザなのだ。仕事は売春なのだが。
ライザは客の一人が大金を金庫に入れていることを知る。ランボルギーニを買うための6万8000ドルだ。新車が買える金額ではないから中古なのだろう。いずれにしてもその日暮らしのライザにとっては、手に入れれば生活が変わる夢のような金だ。チップに仲間となるよう強要し、愛車の「フォード・マスタング」に乗って2人で盗みに入る。誤算は、客とその妻が起きていたことだ。ライザはためらいなく2人を射殺し、現場を目撃した若い女を気絶させてトランクに詰め込んだ。
ライザの蛮行に恐れをなしたチップは、スキを見てマスタングを奪って逃走する。優しい彼はトランクの中の女を助け出すが、彼女もまた超強気な性格だった。立ち寄ったガソリンスタンドの受付ではゴシックホラーメークの女に脅される始末。壮絶な地獄めぐりの末、チップは命の危険にさらされる。救いの手が差し伸べられた時、彼のとった行動は倫理にかなっているとは言いがたい。しかし、もう弱気な草食系男子ではいられない。赤いマスタングで去っていく彼の姿は雄々しく見える。これも、成長の物語なのだ。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。