トヨタ・シエンタ ファンベースG(FF/CVT)
広い荷室を得たけれど…… 2019.01.10 試乗記 トヨタの人気ミニバン「シエンタ」に、3列目シートを取り払った5人乗り仕様「ファンベース」が追加された。乗車可能人数を削減してまで手にした広いラゲッジスペースは、家族にどのような世界を見せてくれるのだろうか。ホンダに対抗するモデル
試乗車のボディーカラーは「ブラックマイカ×ベージュ」の2トーン。地味でそっけない色だが、シエンタには似合っているように思えた。2015年にデビューした時に注目された鮮やかな「エアーイエロー」は、目立ちすぎてちょっと気恥ずかしいものだった。2018年9月のマイナーチェンジでこの色は残ったが、フロントの“ヒゲ”の部分やドアミラーなどに差し色をあしらった「フレックストーン」は廃止されたという。賢明な判断だろう。
色はさして重要な変更点ではない。マイチェンの目玉は、新たに2列シート5人乗りの仕様が加わったことだ。ファンベースというグレードである。「ホンダ・フリード」は、2016年のフルモデルチェンジで最初から2列シートの「フリード+」を用意していた。ファンベースは強力なライバルに対抗する使命を担うことになる。
シエンタとフリードは、ともにトヨタとホンダのミニバンラインナップの最小モデルである。5ナンバーサイズで全長は4300mm以下。コンパクトで取り回しがよく、日本の道路事情でも運転しやすい。子育て層のファミリーカーとして人気が高いのもうなずける。サイズが小さいのだから、「ステップワゴン」や「ノア/ヴォクシー/エスクァイア」などに比べて室内空間が狭いのは仕方がない。
3列目が快適な場所とは言いがたいのも当然のことだ。あくまでエマージェンシーシートであり、通常は折りたたんであることが多い。荷室スペースを拡大して5人乗りのクルマとして使うのが普通なのだ。
3列シートモデルより長い荷室長
シエンタとフリードでは、3列目シートの収納方法に大きな違いがある。フリードはオーソドックスな跳ね上げ式だ。たたんだシートを左右に固定する作業は力が要るし、荷室の幅は狭くなる。シートアレンジが面倒なのは否定しにくい事実で、その弱点をカバーしているのがフリード+なのだ。最初から3列目をなくしてしまえば、低床大開口の使いやすい荷室を持つコンパクトカーができあがる。
シエンタは3列目の格納機構が最大のアドバンテージである。セカンドシートをタンブルさせて折りたたんだサードシートをもぐりこませれば、広い荷室が出現する。そこに3列目があったことさえ分からなくなるし、作業はワンタッチだ。ファンベースはシエンタの強みを手放してしまったともいえる。弱みを隠したフリード+とは正反対の成り立ちなのだ。
ファンベースの2列目シートは6:4分割でチルトダウン格納できるので、5人乗車の「ノーマルモード」と3人乗車の「ハーフラゲージモード」、2人乗車の「フルラゲージモード」が選べる。荷室長は最大で2065mmになり、3列シートモデルの1430mmよりも635mm長い。荷室後端のデッキボードはリバーシブルで、フロアがフラットになるハイデッキではフロア高が610mm。荷室高を最大にしたローデッキでは530mmになるが、3列シートモデルの505mmよりは高い。いずれにしても、335mmという超低床のフリード+には差をつけられている。
荷室の両サイドにはそれぞれ9個のユーティリティーホールが設けられており、フックやシステムバーを装着すると用途に合わせて機能をアレンジできる。システムバーは突っ張り棒式になっていて、プラスドライバーを使って固定するタイプだ。フロアの下にはデッキアンダートレイがあるが、試乗車はハイブリッドなのであまり大きくなかった。
ドライバーに安全運転を促す
2列目の前後スライドとリクライニングが可能な範囲は限定的である。狭くはないが、渡辺直美が5人乗るのは厳しそうだ。運転席まわりには目立った変更はない。助手席のアッパーボックス内側のビビッドなオレンジもそのままである。外装ではフロントバンパーやリアコンビネーションランプのデザインが変わっているというが、パッと見ではよく分からなかった。
試乗では高速道路とワインディングロードを走った。料金所からのダッシュでは、アクセルを踏み込んでもエンジン音が高まるだけでなかなか加速しない。高速巡航でも室内を静かに保つにはゆったりと走ることが求められる。ハイブリッド車のJC08モード燃費は従来モデルの27.2km/リッターから28.8km/リッターに向上しているというが、雑な加速をすると瞬間燃費計の数字が急降下して10km/リッターほどになる。おとなしく走れば20km/リッター台をキープできる。
ワインディングロードでは安心して走ることができるが、飛ばして楽しくはない。ファミリーカーなのだから当然のこと。後席の家族に不快な思いをさせてまでスピードを出すというのは本末転倒である。シエンタに乗るお父さんは、運転手に徹するべきなのだ。それが良き夫、良き父という評価につながる。
シエンタはドライバーに安全運転を促すクルマなのだ。高速道路でも山道でも、スピードを出して気持ちよくなるわけではない。安心安全と低燃費が重要なのは、3列シート車でも2列シート車でも同じである。
アウトドア好きにアピール
気になったのは、段差を越えた時の揺れである。ちょっとした不整路でもユサユサして収まりが悪い。運転していても悪印象なのだから、家族に満足してもらうのは難しいかもしれない。
日中の歩行者検知機能の追加やインテリジェントクリアランスソナーの装備など、先進安全機能の充実も図られている。パノラミックビューモニターも全車で選べるようになった。自転車も載るし、車中泊にも対応している。アウトドア好きにはアピールができるかもしれない。いろいろオプションを加えていくと結構な値段になってしまい、試乗車は300万円超えだった。
シエンタとフリードの比較試乗をした時に、2台の違いについて書いた。「シエンタは、基本的に5人乗りで使うクルマだ。3列目は2列目シートの下に格納し、広い荷室にたくさん荷物を積んで家族旅行に行ける。たまにおじいちゃん、おばあちゃんが来た時には3列目を出し、1台に2世代が同乗して移動する」
「フリードはむしろ6人以上の大家族に適している。3列目を跳ね上げるのは大量の荷物を運ぶ必要がある時だけにすればいい。大人数で乗る機会が少ないのなら、2列シートのフリード+を選ぶのが正解だろう」
ファンベースは広い荷室を備えた、使い勝手のいいコンパクトカーである。その価値は分かるのだが、物足りない気持ちになった。3列目シートを消し去って痕跡すら残さない魔法のような機構がないのが寂しいのだ。あらためてあのダイブイン格納の優秀さを思い知らされた気がする。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
トヨタ・シエンタ ファンベースG
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4260×1695×1675mm
ホイールベース:2750mm
車重:1380kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:74ps(54kW)/4800rpm
エンジン最大トルク:111Nm(11.3kgm)/3600-4400rpm
モーター最高出力:61ps(45kW)
モーター最大トルク:169Nm(17.2kgm)
タイヤ:(前)195/50R16 84V/(後)195/50R16 84V(ヨコハマ・ブルーアースGT AE51)
燃費:28.8km/リッター(JC08モード)/22.8km/リッター(WLTCモード)
価格:234万0360円/テスト車=316万7100円
オプション装備:ボディーカラー<ブラックマイカ×ベージュ>(5万4000円)/195/50R16タイヤ+16×6Jアルミホイール(8万2080円)/スーパーUVカット&シートヒーターパッケージ<スーパーUVカット+IRカット機能付きグリーンガラス[フロントドア]+運転席・助手席シートヒーター+ステアリングヒーター>(3万9960円)/アクセサリーコンセント<AC100V、1500W×2>(4万3200円)/LEDランプパッケージ<Bi-Beam LEDヘッドランプ+フロントフォグランプ+リアコンビネーションランプ+コンライト>(11万6640円)/パノラミックビュー対応ナビレディパッケージ<パノラミックビューモニター+ステアリングスイッチ+ドアミラーヒーター+6スピーカー>(5万7240円)/インテリジェントクリアランスソナー<パーキングサポートブレーキ>(2万8080円)/SRSサイドエアバッグ<運転席・助手席>+SRSカーテンシールドエアバッグ<フロント・セカンド・サードシート>(4万8600円) ※以下、販売店オプション T-Connectナビ「NSZT-Y68T」(21万6000円)/FUNBASEセット(8万1000円)/カメラ一体型ドライブレコーダー(2万1060円)/モデリスタ エアスリープマット(2万1600円)/ETC車載器 ビルトイン&ナビ連動タイプ(1万7280円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:3927km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:561.8km
使用燃料:32.0リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:17.6km/リッター(満タン法)/17.5km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。