第591回:見ないとイタリア人に叱られる!?
ハイテクてんこ盛りの自動運転EXPO
2019.02.08
マッキナ あらモーダ!
“聖書研究会”だった
2019年1月に第2回自動運転EXPOが東京ビッグサイトで開催されたので訪れてみた。
米国ラスベガスのCESには2018年まで3年にわたり訪れてきた。だが、「CASE」や「MaaS」といった言葉がメディアをにぎわす昨今、東京でも情報をアップデートしておいたほうがいいと考えたからだ。
しかし、実際に自動運転EXPOの会場に足を踏み入れてみると、まさに技術展示会および商談会といった風情であった。自動運転用シミュレーションソフトウエアや、より軽くより装着が簡単なドライバー用脳波計測機器などを開発するメーカー、さらにそうした商品をメーカーやサプライヤーに売り込む商社、といったブースが軒を連ねている。
来場者の会話に耳をそばだててみると、「これ、ピエゾですか?」「開発期間の短縮」「情報を獲得するには、どうお客さんと向き合うか」さらには「不良品をいかに減らすか」といった言葉が飛び交っている。いでたちからして皆さん、真面目そうな黒・紺のスーツばかりである。遊びに来たような格好の筆者だけが浮きまくっていた。
パンフレットには「本展は商談・技術相談のための展示会です」という断り書きが記されていたものの、ここまでプロ志向とは想像できなかった。華やかな自動運転コンセプトモデルがあちこちに展示されるCESとは一線を画している。「ものづくりの国・日本」という言葉がぴったりである。
ついでに思い出したのは1980年代、『朝日新聞』の夕刊に故・園山俊二画伯が連載していた4コマ漫画『ペエスケ』で見たシーンだ。主人公ペエスケがクリスマスの夜、ガールフレンドに誘われる。おちゃらけたパーティー仮装をして行ってみたら、聖書研究会だったという回である。まさにその心境だ。
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臭わないのが新しい
それでも、なじみ深いブランドをいくつも会場内で見つけることができたので、そのたびに立ち寄ってみた。
愛知製鋼は出資しているベンチャー企業と共同で、自動運転支援技術「磁気マーカシステム」を展示した。
車両側には超高感度の磁気センサーを搭載。いっぽう道路には、車線中央に一定間隔で磁石を敷設しておく。これにより、車両が磁気を検知してトレースしながら運行できるというものだ。その磁石、RFID(電波による無線通信機能)付きとはいえ、本体部分は低コストかつ耐久性が高いフェライト磁石だという。自車位置の推定精度は±5mm以下。200km/hでも追従可能というから驚きだ。
自動運転車のトランクルームをわが物顔で占領する巨大な演算ユニットやクルマのデザインをぶち壊すLiDAR(ライダー)といったセンサーも必要なくなる! これは素晴らしい。と絶賛したところで、「ただし」と担当者が冷静に説明を続けた。「これ(磁気マーカシステム)だけでは、車両の前に突然飛び出てきた障害物などを避けることはできません」。他のセンシングデバイスとの併用が必須となるのだ。それでも、インフラさえ整えばかなり容易に一定レベルの自動運転が実現できる。さらに、ゴムタイヤ走行の新交通システムも、電源さえ確保できれば、そのまま“支線”として軌陸車のように公道を走らせることもできるのではないか、などと夢の翼を広げてしまった。
いっぽう、灯火類でおなじみのスタンレー電気は、近紫外LEDと光触媒を組み合わせた車内用消臭システムを展示。消臭デバイスの試みは他社にもみられた。筆者が察するに、自動運転が普及した暁には、パッセンジャーがいかに快適に過ごせるかというところに、大きなビジネスチャンスがあるだろう。それは音響メーカーのBOSEが近年CESで、「個々の乗員がヘッドホンなしにオーディオを楽しめるデバイス」といったものを提案していることからもわかる。そうした中、消臭も大切な要素であり、特に多数の人がクルマを使い回すカーシェアリング時代になると、その重要度はより増すと思われる。
ワイヤレス充電の面倒さを解決
実はこの自動運転EXPO、オートモーティブワールド2019という巨大な展示会を構成する中のひとつであった。全6個の構成展を合計すると、出展企業・団体は1120社におよぶ。スターバックスコーヒーで「キャラメルフラペチーノ」を最後のひと泡まで飲み尽くすほどの筆者は、せっかくなので会場すべてを見学することにした。
自動車部品&加工EXPOを歩いていると、「日本一の自動車立県」というスローガンとともに愛知県のブースがあった。
愛知県自動車安全技術プロジェクトチームが展示していたのは「プローブ情報活用による道路対策」である。トヨタが豊橋技術科学大学の松尾研究室などと共同で行っている実験だ。簡潔に説明すると、車両からピックアップできるABS作動情報やGPS位置情報を分析することで、事故多発地点の路面表示や標識を改善してゆく取り組みである。
思えば1980年代末、すでにF1マシンの世界では、パイロットがアクセラレーションやブレーキングを行った地点を、ピット側で詳細に把握・分析できるようになっていた。いくらパイロットが「そこ、フルスロットルで走ったっす」と言い張っても、チーム監督から「もっと踏めて、スピード出せたじゃないか」と反論されるようになった。愛知県のプロジェクトは、その路上版にして発展形と捉えることができて興味深い。
いっぽう日本信号のブースには小さな電気自動車(EV)が鎮座していた。何の展示かと思えば、「超小型EVシェアリング向け非接触充電」だという。
シェアリングEVを試してみるとわかるが、充電ポールの設置場所の大半は屋外ゆえ、ケーブルやコネクターが汚れていると、自分の手や服まで汚れてしまう。将来はワイヤレス充電となるのが理想だろう。
しかし実はこのワイヤレス、充電所要時間の長さというハードルとともに、もうひとつデメリットがある。地上側の送電コイルが入ったプレートとクルマ側の受電コイルが内蔵されたユニットの位置をそれなりに正確に合わせないと、充電が始まらないのだ。その微妙さは、スマートフォンのワイヤレス充電をお使いの方なら、おわかりになるだろう。日本信号のスタッフによると、ドイツの高級車メーカーなどは、受電・給電双方に大きな(広い)送電コイルを採用することで、位置合わせのストレスを低下させているという。
いっぽう、大量の車両を低価格で導入しなくてはならないシェアリングEVに、そうした解決方法は適さない。そこで日本信号が考えたのは、「自動位置合わせ機構」だ。バーが送電ユニットの左右に付いていて、それにタイヤを滑らせて止めれば、容易に正しい位置に止められるというわけだ。
自動パーキングシステムが進化する傍らで、意外に忘れられていたワイヤレス給電の位置合わせという問題を、エレキではなく物理的な方法で解決してしまった日本信号に拍手を送りたい。
同時にこうした“しつけ系”デバイスについ引かれてしまうのは、「鉛筆の持ち方」はともかく、小学校入学後もかなり遅くまで箸の使い方を覚えられなかった筆者ゆえかもしれない。
除雪機以上・除雪車未満の便利さ
やがて恐ろしく目立つスタンドが目に入った。工事現場で見かける黄色と黒の「とらしま」でスペースを覆っている。そして中央には、それに合わせてコーディネートされたかのように、黄色い建機用ブレードが展示されていた。フォークリフトに刺してベルトで固定するだけで、簡単に“除雪車”に早変わりするという。
製造しているのはキャストという企業だ。その名から想像できるように、鋳造品メーカーであった。創業はなんと1889年。日本でいうところの明治22年である。ダイムラーとベンツが自動車を発明した3年後ということになる。船舶用エンジンの排気マニホールドやトラックのアクスル部品をはじめ、さまざまな鋳造品を製造してきた。
今回展示したパワーブレードも、金属板を溶接して作るのではなく、鋳造一体構造にこだわった。同社で技術営業部主任を務める柏村洋一氏によると、開発で苦心した点のひとつは、本体重量だ。「軽量化しすぎると作業中にブレードが浮いてしまい、雪をかいたはずなのに前輪の前に残っていました」。試行錯誤の結果、到達したウェイトは270kgだった。
開発のきっかけも面白い。「自社の敷地内で便利だったのです」と柏村氏は振り返る。
同社の本社工場所在地は福島県白河市。気象庁の平年値をもとに筆者が計算してみると、同市の過去5年(2014-2018年)の最深積雪の平均は36.8cmである。興味本位で白河出身の知人に聞いてみると、「盆地なので、降るときは湿気を吸い、どかっと降るが、新潟のように背丈を超えるほど降ることはない」と証言する。
そうした降雪には、手押しの除雪機では間に合わない。かといって除雪車を持っていても雪がないときは眠らせる期間が長すぎる。「パワーブレードなら、日頃使っているフォークリフトに装着するだけで除雪が可能であることがわかったのです」と柏村氏は語る。必要は発明の母という言葉を地で行く話だ。
イタリアに住んでわかる東京のありがたさ
思えば今回の日本出張は、前々回お伝えした「東京オートサロン2019」に成田から直行し、最終日は「自動運転EXPO」で締めるという、硬軟(軟硬?)のコントラスト激しきものとなった。
東京という都市は、年間を通じてさまざまな展示会が開催されている。これは、イタリアではなかなか考えられないことである。ブックフェアはトリノ、それも児童書・絵本の見本市はボローニャ、食品やキャンピングカーのショーはパルマ、ファッションの見本市はミラノかフィレンツェ、そしてOICA(国際自動車工業連合会)認定の世界的モーターショーを見たければ、モンブランを越えて隣国スイスのジュネーブにまで足を延ばさなければならない。
一極集中型都市の弊害は、もちろん承知だ。しかしながら東京は、あらゆるジャンルの知識が集約され、日々更新されている。常々思っていることだが、そのさまは、集積回路の如くである。展示会には、行ってみなければ損だ。
イタリア人の何人が日本の人気バラエティー番組『チコちゃんに叱られる!』を知っているかは不明だ。だが知識欲旺盛なイタリア人なら――「東京でボーっと生きてんじゃねーよ!」と叫ぶかもしれない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=愛知県産業労働部産業振興課、日本信号、キャスト、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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