第5回:酔っぱらいは懲りない だって、記憶がないから − 『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』
2011.06.10 読んでますカー、観てますカー第5回:酔っぱらいは懲りない だって、記憶がないから『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』
酔って記憶をなくしますか?
『酔って記憶をなくします』(石原たきび著・新潮文庫)という本がよく売れている。酒を飲み過ぎて犯した失敗談を集めたもので、皆さん実によく酔っぱらってヒドイ目に遭っている。他人事とは思えないわけで、読んでいて身につまされる。嫌な記憶が蘇る、というか、その記憶自体がないのだけれど。
そういう場合でも、誰かひとりはしっかり記憶があって痴態狂態を正確に再現してくれたりする。まったく、おせっかいな。誰も覚えていなければ、なかったことにできるのに。しかし、実は全員が記憶をなくすと、もっとひどい目に遭うことになるかもしれない。昨年の夏にヒットした『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』は、酔って記憶をなくしたことで引き起こされた大騒動を描いたコメディ映画だった。
結婚式を前に、4人の男たちがラスベガスで独身最後のお楽しみを満喫する。朝目を覚ますとひどい二日酔いで、花ムコが姿を消している。全員が前夜のことを覚えていない。そしてホテルの部屋の中には、なぜか赤ん坊と虎がいるのだ。何が起きたのか探ろうと、花ムコの父親から借りて乗ってきた「メルセデス・ベンツ280SEカブリオレ」で出かけようとするが、ホテルのヴァレーが駐車場から出してきたクルマはパトカーに替わっていた……。
赤ん坊、虎、パトカーの三題噺をどう着地させるのか、ハラハラしながら観ていると、マイク・タイソンまで登場する始末だ。観終わっても何の教訓もなく、余韻も残らないが、徹底して娯楽作として作り上げたデキの良さは見上げたものだった。
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「!」がひとつ増えてバンコクへ
そして、早くも第2弾がやってきた。『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』が、全米で大ヒットしたのだ。ほとんど同じタイトルだが、「!」がひとつ増えている。前作は日本での公開が危ぶまれていたのに、堂々たる凱旋(がいせん)である。スタッフ、キャストは前作とほぼ同じ。アメリカのコメディ映画が日本でウケない理由のひとつに、俳優の顔ぶれになじみがないことが挙げられる。この映画も、多少は知られている役者は主人公フィル役のブラッドリー・クーパーぐらいである。『そんな彼なら捨てちゃえば?』や『特攻野郎Aチーム THE MOVIE』に出ていた。
今回の舞台は、タイのバンコクだ。「酔っぱらいは、バンコク共通。」というオヤジギャグ系キャッチコピーが、B級感を盛りたてる。前作ではダグ(ジャスティン・バーサ)の結婚を前にしてハメを外したのだったが、その時に酔って売春婦と結婚式をあげてしまった歯科医のステュ(エド・ヘルムズ)が今度の花ムコである。「最悪の二日酔い」の原因を作ったアラン(ザック・ガリフィアナキス)も、もちろん登場する。
あれだけヒドイ目に遭ったのだから、さすがに警戒する。結婚式をあげる高級リゾートホテルの浜辺で、乾杯はビール1本だけ。間違っても酔っ払ったりしないように、細心の注意をはらうのだ。でも、目を覚ますとそこは汚い安ホテルの部屋。前回は歯が1本なくなっていたステュは、今度は顔面に彫りたてのタトゥがある。虎はいないが、代わりにローリング・ストーンズのベロ出しバックプリントのベストを着たサルがいる。そして、一緒に飲んでいたはずの花嫁の弟テディがいない。でも、彼の切断された指が転がっている……。
日本の誇るあのクルマが大活躍
見事なほど、前回と同じ状況である。ボンクラ男たちは、何も学ばない。やっぱり前夜酔っぱらって、やらかしたらしい。ポケットに残されていたわずかな手がかりからテディの捜索を始めるが、英語すらなかなか通じない。アジアの蒸し暑さが彼らを苦しめ、猥雑(わいざつ)なバンコクの街並みは迷路のようだ。カギを握っているらしい坊さんは「沈黙の行」の最中で何も聞き出せない。謎のアジア人ギャングやらロシア人のヤク売人やら、ヤバい奴らばかりが絡んでくる。
ニューハーフ大国であるタイならではのトラップもある。そのあたり、詳しくは書かないが、とても下劣なエピソードが大盛りである。アメリカじゃあそのまま映しているらしいが、日本ではモザイクがかかっていてよかったと思えるようなシーンもある。また、同じアジア人として看過しがたい性的ジョークも飛び出す。野卑、わいせつ、尾籠、倒錯などの言葉に嫌悪感を持つ人には向いていない映画なので、注意してほしい。
カーチェイスの場面は、日本人として誇らしいことに、トヨタ車がバンコクの街角を激走するのだ。プレス資料には「カローラ」とあるが、どうやら「カムリ」のようだ。日本仕様とは少しデザインが異なり、オーストラリアで販売している上級車種の「オーリオン」に準じたものとなっている。台湾映画の『台北の朝、僕は恋をする』では「カローラ アルティス」が印象的な使い方をされていて、アジア地域でのトヨタ車の存在感は映画でも大きい。
この映画の監督、トッド・フィリップスがアラン役のザック・ガリフィアナキスと組んで撮った『デュー・デート〜出産まであと5日! 史上最悪のアメリカ横断』でも、日本車が大事な役を務めていた。「スバル・インプレッサ ハッチバック」である。アトランタからロサンゼルスまで横断するのに借りたクルマがこれだった。たぶん、レンタカーで一番安いグレードということで採用されたのだろう。ロバート・ダウニー・Jrとガリフィアナキスの絡みが絶妙なロードムービー・コメディだった。
『ハングオーバー!!』は単独でも楽しめる映画だが、前作を知っていたほうが面白さが増すことは確実だ。公開までまだ半月以上あるから、DVDで『ハングオーバー!』を観る時間は十分にある。ただし、繰り返して言うが、教訓とかは何もないし、下品でくだらない。それを徹底したところが手柄の映画である。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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