トヨタ・グランエースG(FR/6AT)
胸がざわつく 2020.03.19 試乗記 トヨタの大型ミニバン「グランエース」に試乗。年間販売目標600台という数字が示す通り、その実態はプロユースの送迎用車両だ。果たしてそんなクルマに、目の肥えすぎた(?)自動車マニアが飛びついて持て余すことはないのだろうか。にわかオーナー体験の様子をリポートする。実態は新型ハイエース
グランエースは「アルファード/ヴェルファイア(アルヴェル)」がひとり勝ち状態の国内大型ミニバン市場に、まさかの同じトヨタから送りこまれた刺客……などと、(私を含む)メディアはあおりたくなる存在である。しかし、実態はちょっと異なるようだ。
なにより、グランエース本来の姿は、海外市場の多くで「ハイエース」として売られるクルマということを忘れてはならない。ハイエースは日本では“貨物や仕事道具を運ぶ商用バン”というイメージが強い。もちろん、地域や業界ごとに多様な顔をもつのがハイエースの特徴だが、グランエース(を含む国内外のハイエース全車)のチーフエンジニアをつとめる石川拓生氏によると、そうした日本でのハイエースの使われ方は、世界的には少数派らしい。それよりは車内に3列~5列、場合によっては独自改造でそれ以上のシートをならべた、いわばバス的なニーズが世界的には最大なのだという。
すでにご承知の向きも多いように、日本でグランエースと呼ばれるクルマは、12年ぶりのフルモデルチェンジとなった海外向けの新型ハイエースでもある。全長5265~5915mm、全幅1950mmという新しい海外向けハイエースの車体サイズは、4ナンバーのハイエースに慣れ親しんでいる日本人には、とんでもなく巨大化したように思えるかもしれない。
だが、国際的にハイエースと競合するのが「メルセデス・ベンツVクラス」や「ヒュンダイH-1/スタレックス」だと考えると、新型ハイエースは大きすぎるわけではない。従来のキャブオーバータイプ(型式でいうと200系)も日本(とアフリカ、フィリピンなど)向けに継続生産する“二刀流”戦略とすることで、競合車に負けないサイズに一気に脱皮させたのが、今回の海外向け新型ハイエース(型式は300系)の大きな特徴なのだそうだ。
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一般ユーザーは想定しない
では、200系ハイエースがこのまま継続販売されて、なおかつアルヴェルがこれだけ普及している日本市場で、新型ハイエースを車名まで変えて導入した最大の理由はなにか。
その問いに、前出の石川氏は「象徴的なのは、東京・帝国ホテルのタクシー乗り場です」と答えてくれた。帝国ホテルでは、セダンタクシーと多人数用ミニバンタクシーの乗り場が分かれている。新型コロナウイルスが影響している今現在はそのかぎりではないが、ここ数年、帝国ホテルのミニバンタクシー乗り場を埋め尽くしていたのはアルヴェルではなく、メルセデスのVクラスだった。
というのも、アルヴェルではフル乗車すると有用な荷室スペースがほぼなくなってしまうからだ。“多人数のVIP+人数分のゴルフバッグや旅行カバン”という用途に使えるのは、日本で手に入るクルマではVクラスしかなかった。ほかでもない自国の最高級ホテルのタクシー乗り場が、特定のセグメント限定とはいえ外国車に占拠されている状況は、トヨタには忸怩(じくじ)たるものがあったようだ。
ここまで聞いても、凝りずに「アルヴェルに飽き足らない上級ミニバンユーザーが、大挙して乗り換えるのでは?」と妄想気味にツッコミを入れても、石川氏は「もしかしたら、そういうニーズもわずかにあるかもしれませんが、われわれとしては、そういうお客さまはまったく想定していません」と、にべもない。
「自分が買うならアルヴェルよりグランエースのほうがほしい!」という思いの筆者に、今回用意していただいたのは2種類あるグランエースのうち安価なほうの「G」で、シートレイアウトは4列8人乗りとなる。ちなみに高価なほうは「プレミアム」で、本体価格もGより30万円高い。ただ、そのちがいはシートレイアウト(とそれに起因する座席周辺装備)だけで、1台のクルマとしての走行性能や座席以外の主要装備類に差はない。それに、実際グランエースを個人で購入するなら、分不相応に豪華な社長シートが4脚も鎮座するプレミアムより、今回のGのほうが適していると思われる。
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さすがは“VIPのための移動車”
グランエースの主賓用シートには、アルヴェル最上級の「エグゼクティブラウンジ」のセカンドシートと共通の「エグゼクティブパワーシート」が使われる。厳密には、アルヴェルとグランエースそれぞれの走行特性に合わせてクッションなどを専用にしているというが、フレームや調度品は基本的に同じだ。
そのエグゼクティブパワーシートが2列4脚となるプレミアムに対して、今回のGは1列2脚となるかわりに、その背後に“付き人用?”の簡素な座席が2列4人分用意される。ただ、簡素といっても、3列目は「ヴォクシー/ノア」の上級キャプテンシートに匹敵するくらいの豪華さはあり、ロングスライド式ベンチタイプとなる最後列シートも、アルヴェルの左右跳ね上げ式サードシートより、サイズも座り心地も立派なものが備わる。
日本では2.8リッターディーゼルのみとなるグランエースは、加速時はいかにもディーゼルらしい音が運転席には聞こえてくるが、とにかくロードノイズが静かなのが印象的である。さすがは“VIPのための移動車”としての手当てが行き届いていることを実感する。
アルヴェルよりホイールベースが210mm長く、車重もアルヴェルのハイブリッドより約500kgも重いグランエースは、低速ではいかにも重厚な乗り心地を披露する。これをもって「アルヴェルより快適」というのはアルヴェルにあまりに失礼だが、その重さを利した独特のストローク感はたまらなく心地よい。
いっぽうで、マンホールや目地段差などの鋭い突きあげにズドンと重めの衝撃が伝わるのは、その重さとリアのリジッドサスペンションゆえの宿命でもあろう。ただ、そういう場合にも、少なくとも今回のような少人数乗車では、車体周辺から低級ノイズの類いがまったく発生しないのは感心する。ハイエースには“ハイエース基準”と呼ばれる独自レベルの強度や耐久性が確保されているそうだが、こういう部分にも、その恩恵があらわれているのだろうか。
頑固なまでの安定志向
グランエースのドライバーズシートは本来“運転手さん”の仕事場のはずである。しかし、フルモデルチェンジによるFRレイアウト化(と開発途中から導入された「TNGA」)でドラポジは一気に自然なものとなり、一部にソフトパッドがあしらわれたダッシュボードまわりもあって、ちょっとしたアッパーミドルサルーン級の居心地の良さはある。
日本の交通環境では小山のように巨大なグランエース(長短2種類ある新型ハイエースとしては、これでも短いほうなのだ!)でも、とにかく取り回しはバツグンだ。お世辞ぬきに素晴らしい小回り性能に加えて、フロントドアのえぐるように前傾したベルトラインのおかげで、斜め前方の死角は印象的なほど少ない。さらに、サイドミラーで後輪をしっかり視認できるように調律されているのも、こういう長いクルマをせまい道で取り回すのには重要なキモである。このあたりは、さすがトヨタグループ商用車開発部隊の経験豊富なところだ。
グランエースの運転感覚は、混みあった市街地だろうが高速道路だろうが、はたまた箱根のような本格ワインディングロードだろうが、徹頭徹尾、ゆったりとした一定のリズムをくずさない。こちらがいかに振り回そうとしても、基本的にアンダーステアが高まるだけ。その安定性はたいしたものだ。なるほど、そこには乗用車的、表層的なファン・トゥ・ドライブはなくとも、すべての操作に対する反応がゆっくりだがリニアそのものである。
アダプティブクルーズコントロールは30km/h以上でしか作動しないが、車線逸脱防止アシストは横滑り防止装置のブレーキ制御を応用したもので、車線をはみ出そうとすると、強力な制動力ともに車線に引き戻してくれる。これなら仮にウトウトして車線をはみ出しそうになっても、一発で目が覚めるだろう。
完全否定が「検討中」に
グランエースの開発を率いた石川氏に何をどうたずねても「これは送迎ビジネスのためのクルマです」という姿勢をくずさなかった。まあ、これを乗用ミニバンあるいは今どきの高級サルーンとして見るならば、各部の質感も装備も運転感覚も、ほぼすべてアルヴェルのほうが理屈としては上だろう。
ただし、「レクサスRX」よりは「ランドクルーザー」、ヴォクシー/ノアよりはハイエース、「カローラ ツーリング」よりは「プロボックス/サクシード」を好む一部の屈折したマニア筋にとって、“プロフェッショナル仕様の過剰品質を愛(め)でる快感”は至上である。その意味では、グランエースはマニア好みの“お仕事用トヨタ車界”にあらわれた期待の大型新人であることは間違いない。
ちなみに、この原稿に何度か引用させていただいたチーフエンジニア石川氏の弁は、グランエース発売直後の、一般市場からの反響があまり明らかではない時期にうかがったものだ。当時はキャンピングカーなどのベース車需要への対応にしても「そういうクルマではないんです」と否定的だった石川氏だが、その後の東京オートサロンなどでの反響から、最近は「検討中」と態度を少し軟化させているようだ。
ひとりのクルマオタクとして申し上げるならば、グランエースはそれをつくった当人が思う以上に、マニア心をざわつかせているのである。
(文=佐野弘宗/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
トヨタ・グランエースG
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5300×1970×1990mm
ホイールベース:3210mm
車重:2770kg
駆動方式:FR
エンジン:2.8リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:177PS(130kW)/3400rpm
最大トルク:450N・m(46.1kgf・m)/1600-2400rpm
タイヤ:(前)235/60R17 109/107T LT/(後)235/60R17 109/107T LT(ダンロップSP LT30A)
燃費:10.0km/リッター(WLTCモード)
価格:620万円/テスト車=652万9450円
オプション装備:ボディーカラー<ホワイトパールクリスタルシャイン>(3万3000円) ※以下、販売店オプション T-Connectナビキット(11万円)/カメラ別体型ドライブレコーダー(6万3250円)/ETC2.0ユニット<ビルトイン>ナビ連動タイプ(3万3000円)/フロアマット(9万0200円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:2450km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:311.6km
使用燃料:36.2リッター(軽油)
参考燃費:8.6km/リッター(満タン法)/8.4km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。