第171回:社会のメーワク再び
2020.04.14 カーマニア人間国宝への道激安アルファの故障
28万円で買ったド中古の「アルファ147」(愛称:激安3号)をこよなく愛するカーマニア、K。彼については以前もこの連載で取り上げ、温かい反響を頂いたが、その彼から深夜、メールが入っていた。
(Kのメールより)
「ただいま品川の路上なり。会社から帰ろうと147に乗ったら、やけにクラッチが軽くて??? あれ? ギアの入りも悪い? クラッチが戻らない!」
「クラッチマスターシリンダーもしくはレリーズシリンダーが逝ったもよう。信号待ちの先頭で不動になり、しかも緩い坂のため1人で押すのは不可能。往生していると、知らないおじさんと知らない若者2人が、路肩の安全な場所まで押してくれました。日本はいい国だー」
「いまレッカー待ちです。いくらかかるのかなー。娘の塾代もあるから、奥さんにまた『そんなの早く捨ててこい』って言われるなー」
私は毎晩11時には寝てしまうので、メールには気付かなかったが、勝手に続報も入っていた。
「今ドナドナされました、涙。激安3号は3度目、前の147も入れれば5度目の走行不能です。ひとりかつ都内でまだよかったー。いくらかかるかなー。クラッチ交換はいやだなー」
深夜、寒空の下、不動となった愛車の脇で背を丸める中年カーマニアの背中が目に浮かぶようだった。
K氏の無謀な決断
翌朝、事情を詳しく聞いてみた。
K:帰宅しようと147に乗ったら、「あれ、クラッチが軽いな」と思ったんですよ。でもいつもと違う靴を履いてたので、「靴の差かなー」なんて思ってそのまま走りだしたら、さらにクラッチが軽くなってって、そのうちクラッチがほとんど戻ってこなくなったんです。「ヤバイ、クラッチが逝った! でもひょっとしてつながったままになってるなら、なんとか家までたどり着けるかもしれない」と思いました。
私:え、どうやって?
K:レーサーの中谷明彦さんが、「エンジン回転をきっちり合わせればクラッチを切らなくてもギアは入る」ってビデオで実演してたので、それをやろうと思ったんです。
私:いきなり未経験のテクに挑戦!
K:止まっちゃったら発進は無理になるけど、走り続けてればなんとかなるかも! 早く信号のない首都高に乗ろう! と思ったんですけど、信号につかまってそこまで行けませんでした。
ヤ、ヤメテクレ~!
彼の147は、以前も甲州街道で不動になり大渋滞を作ったが、今度は首都高を止める気か! 感染を知っててまき散らすのにも近い自爆行為! 社会のメーワクここに極まれり~~~!
K:今思うと、首都高に乗れなくてよかったです。首都高で止まったら事故の可能性もありましたから。
冷静になればそういう結論になるのだが、愛車が今にも死にそう! というピンチに直面すると、人間、なりふり構わなくなるようである。
20年選手の宿命
当日は保険会社の無料レッカーサービスを利用し、激安147は横浜の修理工場に運び込まれたが、診断はクラッチ全交換。工賃だけで約10万円。この時期のアルファ・ロメオはおしなべて整備性が悪く、工賃がかさむ。
しかも彼の147は、並行ものの1.6リッター(左ハンドルMT)なので、簡単に手に入る純正の2リッター用のクラッチは付かず、国内に在庫があるかもあやしい。
部品の調達と節約をかね、eBayで海外の部品を当たったが、新型コロナウイルスの影響で航空便は壊滅状態! 輸入代行業者は、「影響で船便が混んじゃってて、今注文しても、届くのは来年になるかもしれません」との反応! 結局、国内でなんとか部品は見つかったものの、修理代20万円が確定したのであった。
K:買ってからちょうど1年。最大の試練が来ました! クラッチ交換するなら、タイミングベルトも交換しないと大枚はたく意味はなく、両方やると30万オーバー。かといって左ハンドルMTの147はなかなかないし、他のクルマを買う余力もないし、娘の塾や私立進学を考えると崖っぷちです。
28万円のクルマに30万円かけるのは、それなりに勇気が必要だ。しかも、今後もさまざまな故障が続く可能性が高い。なにしろ彼の147は01年式。もうすぐ20歳なのだから! あらゆるパーツが順次寿命を迎えようとしている気がする。
しかし私は、そういった分析を押し隠し、うわべで彼を励ました。
私:あのポンコツの延命が生きがいなんだから、なんとか頑張ろうよ!
K:そのつもりです! なんせ生きがいですから! 家計に多大なメーワクをかけない範囲で存続を目指します! 不機嫌な奥さんには、大したトラブルではない。このぐらいなら知り合いにタダで直してもらえるって言うつもりです!
彼のカーマニア活動の継続を祈ってやまない。これを奥さんが読まないことも祈る。
(文=清水草一/写真=清水草一、K氏/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。