モーガン・スリーホイーラー(FR/5MT)
毎日が大冒険 2020.06.09 試乗記 モーガンが、自身の起源に深く関わるサイクルカーを、自らの手で復活させた「スリーホイーラー」。前2輪、後ろ1輪の車体に、鼓動感あふれる2リッターVツインエンジンを搭載したそのマシンは、日常を冒険に変えてしまう一台だった。モーガン自身が手がける由緒正しき復刻モデル
モーガンといえば1936年に発売した四輪スポーツカーを80年以上、基本設計を変えずにつくり続けてきた。それは『webCG』でも試乗記をお送りした「4/4」や「ロードスター」といった、スチールラダーフレームにアッシュ(トネリコ)材の骨組みとアルミパネルによる上屋を組み合わせたオリジナル設計のスポーツカーのことだ。
しかし、2019年春に発表された完全新開発の「プラスシックス」の登場で、その古典スポーツカーの歴史にもついに幕が下されることとなった。“生きた化石”ともいわれた従来型モーガンはすでに新規受注をストップしており、当初は2020年4月に生産を終える予定だった。まあ、新型コロナウイルスによって、その計画も少し遅れているというが、いずれにしても、モーガン四輪車はもうすぐ、新型プラスシックス(と、その4気筒版の新型「プラスフォー」)に完全に取って代わられる。
1909年創業のモーガンは当初、税制面で有利だった三輪自動車=サイクルカーで名をはせた。エンジンをフロントに縦置きした前2輪+後1輪のレイアウトで、全盛期には4人乗りファミリー仕様や貨物バン、スポーツタイプなど多様なサイクルカーをつくっていた。
2020年6月現在、日本から注文できるモーガンの新車には、新型プラスシックス(プラスフォーの受注開始は未定)のほかに、このスリーホイーラーがある。スリーホイーラーはご覧のように、モーガンの初期を支えたオリジナルサイクルカーの面影を色濃く受け継ぐ。
モーガンのサイクルカーは、1953年にひとまず生産を終えている。その後も、あの手この手でレプリカを供給するビルダーがいくつも存在したのは、歴史的名車の“あるある”といえる。ただ、このスリーホイーラーはモーガン自身の手で2011年に復活させた“ホンモノ”で、そのスタイリングや基本レイアウトは同社歴代サイクルカーでもっとも人気の高い「スーパースポーツエアロ」をモチーフとする。
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古いようで新しい
しかし、この現代のスリーホイーラーは往年の設計図や製造治具、あるいはデッドストック部品を引っ張り出した復刻盤ではない。すべてが新設計されて、2011年に新型車としてデビューした。そこが80年以上の年月を連綿とつくり続けられてきたモーガンの四輪スポーツカーと、このスリーホイーラーの似て非なる部分である。
モーガンがスリーホイーラーの復活を決意した理由はいくつかあったという。ひとつは、米リバティーモーターズが製造販売していたレプリカ「エース」の完成度があまりに高く、それがモーガンの目に留まったことだ。モーガンは最終的にリバティー・エースの権利を買い取り、その設計をベースに全面的に手直しすることで、新生スリーホイーラーを開発した。こうした計画が進んでいた2009~2011年といえば、排ガスや安全基準から従来のモーガンスポーツカーが遠からず北米で販売できなくなることが容易に予測されたし(スリーホイーラーは北米では実質的に二輪車あつかい)、当時はモーガン創立100周年の機運にも満ちていた。
というわけで、現代のスリーホイーラーは、鋼管スペースフレームに、トネリコ骨格とアルミパネル(=モーガンの伝統工法)によるボディーシェルをかぶせた車体構造をもつ。エンジンは2リッター空冷Vツインで、変速機はマツダ製の縦置き5段MT。変速機からの出力はベベルギアで方向転換された後にベルト駆動で後輪を回す。リアの下回りをのぞくと、トゥース(歯付き)ベルトとプーリー、そして後輪に使われる最新エコタイヤ「ヨコハマ・ブルーアース」が見えるのがいかにも新しい。
前輪にはエイボンの“二輪兼用”19インチ・バイアスタイヤを履くが、それを支えるフロントサスペンション形式が上下Aアームのダブルウイッシュボーンであることも、新生スリーホイーラーの大きな特徴だ。かつてのオリジナルは古式ゆかしいスライディングピラーだった。フロントホイールは古典的なワイヤスポーク式だが、その奥に立派なディスクブレーキが見えるのも現代的といえる。
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エンジンの選定にも理由がある
上から体を滑り込ませるようにシートにおさまると、スペースフレームと円筒形シェルが丸見えの車内は、まるでレシプロ戦闘機のコックピットにいる気分になる。シートは平板な固定式だが、巻き取り式の3点式ベルトが備わることに、驚くとともにホッとする。
シートやステアリング、ペダルなど、操作系の支持剛性感がいかにも頼もしいのは、エンジンフレームからフロントバルクヘッド、フロア部分までを鋼管で組んだ、頑強なスペースフレームによるところも大きそうだ。こうしたスペースフレーム構造やフロントダブルウイッシュボーンといった発想もまた、このクルマの源流となったリバティー・エースの功績である。
というわけで、エンジンをスタートすると、まずはあまりに激しいアイドリング振動に面食らった。ズドドンッ、ドドッ、ズドドンッ、ズドドンッ……と、赤い針がメーター読みで700~1000rpmの間を不規則に上下する。車体全体がユッサユッサ揺れるのが肉眼でも確認できるほどの不整脈だ。
フロントにむき出しで縦置きされるエンジンの供給元は、往年のJAPやマチレス、あるいはエースのハーレーダビッドソンでもない。モーガンはあえて、このクルマに米S&S社製の「Xウエッジ」と呼ばれる2リッターVツインを選んだ。
二輪業界についてはまったく門外漢の筆者だが、聞くところでは、S&Sはハーレーの換装用カスタムエンジンメーカーとして超有名らしい。そして同社のXウエッジエンジンは、ハーレーより振動低減に有利な56°という独特のバンク角も売りなのだという。排気量設定から細かなチューニングまで、モーガンと二人三脚で開発する協力体制に合意したことも、S&Sエンジンが採用された理由という。
ドライバーを包む強烈な鼓動と振動
ハーレーよりも振動が少ない設計とはいえ、ハーレー経験のない筆者のような人間にとっては、この狭角Vツイン特有のふぞろいな振動は強烈きわまりない。とくにアイドリング回転が激しく上下するゆえに、どうしても「エンジン止まっちゃう!?」との不安感から、最初は信号待ちでも“○○族”よろしく、ズドドン、ズドドン……とアクセルを吹かしてしまっていた。
しかも、足もとのオルガン式ペダルの操作性にも多少クセがあり、走りだしてしばらくは「なんとも難儀な乗り物だな」とタメ息が出たりもした……のだが、アイドリングもこれが正常らしいし、車検証重量590kgに2リッターの実トルクはあふれんばかりだ。マツダの5段MTがあやつりにくいはずもない。いろいろなクセに慣れてしまえば、このパワートレインは意外なほど柔軟で従順である。
アイドリング付近では不整脈だったVツインの鼓動も、2000rpmを超えたあたりから規則的なドコドコ感に変わる。そして3000rpmくらいからはさらにツブがそろって、その気になれば5000rpm付近まできれいに回る。
しかし、その回転域を実際に使ってみると、3000rpmくらいからは回転がスムーズになるかわりに、全身がくすぐられるような振動に包まれて、3500rpmにもなると自分の視界も微振動している気がする……と同時に、車体のあちこちからキシミ音が発生しはじめる。普通のドライバーが生理的に心地よく走れる回転域は、2000rpmから、せいぜい3500rpmといったところだろうか。
四輪しか知らない軟弱者の筆者にとって、スリーホイーラーに乗るという行為は、まずはこんな振動との闘いである。ただ、スリーホイーラーの名誉のためにいっておくと、今回の試乗でもクルマ自体は高速100km/h巡航も苦にしなかった。そのときは助手席をトノカバーで覆って(そうすると、助手席が雨風を効果的にしのげる荷室にもなる)ヘルメットもかぶったが、それでも風切り音とエンジンノイズ、猛烈な振動に見舞われ続けた。取扱説明書によると、本国には運転席と助手席の会話用インターコムの用意もあるようだが、「それは本気で便利そうだな」と思った。
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飛ばすには覚悟と勇気が必要
独特の三輪レイアウトによる乗り味は、見た目からイメージするほど奇妙でも、クセが強いわけでもない。市街地を普通に流しているかぎりは、ノンアシストのステアリングが明確に重くて反力が強いこと、細いバイアスタイヤの操舵感覚がちょっとあいまいであること以外は、特別なコツは不要である。あくまで紳士的なスロットル操作に徹するかぎりは、トラクションにも不足は感じない。
ブレーキはきちんと踏まないとあまり利かないものの、優れた前後グリップバランスによるものか、荷重移動をことさら意識せずとも安定して素直に曲がる。ハタから見ていると、スリーホイーラーの運転は重労働に見えるようだが、実際はそうでもない。すべての挙動が穏やかで牧歌的なので、乗っていると、なんともホッコリした気分になる。これもまた典型的な英国スパルタンスポーツカーの一種であっても、武闘派的なそれではない。
ただ、操舵輪が細いバイアスタイヤ2本、駆動輪がエコタイヤ1本……のスリーホイーラーゆえに、絶対的なグリップ限界は今どきのクルマと比較すると明確に低い。だから、本気で飛ばそうとすると、乗り手にはそれなりの覚悟と勇気が必要になってくる。
高めのエンジン回転で少しでも下品にクラッチをつなぐと、リアタイヤは容易にグリップを失って空転しかけるし、わずかでも横Gがかかった状態で、ちょっと元気にアクセルを開けると即座にテールを振り出そうとする。その気になれば、交差点程度でも、豪快なパワースライド走行は簡単だろう(あくまで物理的にはむずかしくない……という意味です。よい子は絶対にマネしないでください)。
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普段のドライブが冒険になる
スリーホイーラーは高速道路をただ移動するだけでも、振動と騒音と爆風にさらされて、かつ無関心を装うのがマナーの東京でも、最近にはないほどハッキリと好奇の目にさらされた。さらに、追い越し車線で周囲をリードしているときにカーブに差しかかったりすると、ドライ路面でも走行ラインは四輪……ならぬ三輪もろとも、じわじわと膨らんだりもする。
よって、高速でのゆるいカーブをきちんと制限速度を守って通過するときにも、繊細なステアリング操作とペダルワークを忘れてはならない。市街地や高速を転がすだけでも気を抜けないスリーホイーラーだが、考えてみれば、これほど気軽にグランドツーリング感、あるいは大冒険気分を味わえる新車はほかにない。このクルマには今回の試乗車のようにカフェレーサーや戦闘機の雰囲気を醸し出すオプションも豊富に用意されるが、わざわざサーキットにいかずとも、戦闘気分も味わえる。
繰り返すが、この新生スリーホイーラーは各部に往年へのオマージュがちりばめられていても、デビューから10年未満である。見た目のイメージ以上に、ハードウエアの完成度は現代の基準で見ても高く、主要部分のつくりは頼もしい。
ただ、最後に疑問……というか、試してみたいと思うことがひとつある。それはタイヤだ。
新生スリーホイーラーのフロントダブルウイッシュボーンは適切な対地キャンバーを維持できる最新のサスペンション形式なので、本来はラジアルタイヤとのマッチングがいい。そして旋回時に強く傾斜してしまうリアはバイアスタイヤでも悪くないはずだが、実際のスリーホイーラーは前にバイアス、後ろにラジアルを履く。というのも、二輪と兼用サイズの前輪はいまだに古典的な雰囲気のあるバイアスタイヤが供給されるが、四輪サイズにならざるをえないリア用は現実的にラジアルしか手に入らないからだ。……なんて、素人が柄にもなく自動車工学遊びをしたくなるのも、全身がシンプルかつ本質的なスリーホイーラーの魅力がゆえだろう。
(文=佐野弘宗/写真=山本佳吾/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
モーガン・スリーホイーラー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3290×1740×1105mm
ホイールベース:2390mm
車重:585kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:2リッターV2 OHV 4バルブ
トランスミッション:5段MT
最高出力:69PS(51kW)/5200rpm
最大トルク:129N・m(13.2kgf・m)/2500rpm
タイヤ:(前)4.00H19 65H M/C(エイボン・セーフティーマイレージB マークII)/(後)175/65R15 84H(ヨコハマ・ブルーアースES32)
燃費:--km/リッター
価格:781万円/テスト車=896万5000円
オプション装備:ボディーカラー<ソリッドペイント クラシックロイヤルアイボリー>(15万4000円)/デカール<M3W Wings Logoブラック>(3万3000円)/デカール<Chequered details>(5万5000円)/Mohairトノカバー<ブラック>(8万8000円)/ユニオンジャックボンネットバッジ(2万2000円)/トールポリッシュドロールフープ+レザーヘッドレスト(7万7000円)/キルトレザーステッチ(6万6000円)/レザーストレージポケット(4万4000円)/センタースプリットレザーシート<シートウエストクッション>(11万円)/防水レザー内装<XT>(38万5000円)/ヒーティッドシートマット(7万7000円)/リアマッドガード(4万4000円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:1667km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:119.6km
使用燃料:15.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.9km/リッター(満タン法)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。