第190回:「トヨタ・プリウス」も6年で「歴史車」扱い? 欧州に“ヤングタイマー”の風
2011.04.23 マッキナ あらモーダ!第190回:「トヨタ・プリウス」も6年で「歴史車」扱い? 欧州に“ヤングタイマー”の風
「ヤングタイマー」とは?
最近ヨーロッパのちょっと古いクルマ界で元気なのが「ヤングタイマー」と呼ばれるジャンルである。明確な定義はないが、一般的なものとしては「20〜29年前に発表されたクルマ」というものだ。なかには、デビュー20年を待たないクルマでも「ヤングタイマー」と呼ぶ人もいる。
定説ではドイツが発祥地で、じわじわと人気がでてきたのは2005年前後だったと思う。背景には、30代の若いドイツ人愛好家が実用車以外のクルマを維持する経済的余裕を他の欧州諸国のファンよりももっていたことがある。加えて、もともとドイツのメーカーが、比較的若いヒストリックカーの愛好会やイベントも寛大にサポートしていたことがあった。
こうしたヤングタイマーファンの集まり、当初ボクは、菊池桃子のロックバンド「ラ・ムー」のように、せっかく頑張っているのに解散してしまうのではないか? と、ちょっぴり心配していた。
しかし、その流れが決定的になったのは、2009年だ。メルセデス・ベンツが「ヤングクラシックス」という名称で、1970〜90年代の優良中古車販売およびリースをスタートしたのだ。従来から存在した歴史車サポート部門「クラシックセンター」と連携して、対象車のパーツ販売も強化した。
これに前後して他のドイツブランドも、同じようなサービスを打ち出したことで、ヤングタイマーの潮流は定着していった。ちなみに、ドイツ連邦自動車局によると、国内のヤングタイマー市場に出回っている当該車の数は約660万台という。
フランスでも専門誌誕生!
関連する雑誌も活発だ。現在ドイツの大きな書店や雑誌スタンドには、ざっと数えても70誌の自動車雑誌が並んでいるが、よく観察するとひとつのブランドやモデルに絞ったヤングタイマー専門誌が増えていることがわかる。
そうしたなか、ヤングタイマー系自動車雑誌がフランスにも登場した。タイトルもズバリ『YOUNGTIMERS』である。
「2010年春に隔月刊でスタートして、早くも冬には月刊化しました」と編集長のフランソワーエグザビエ・バッスさんは語る。編集部はパリ東駅近くにある。中とじオールカラー約80ページで、価格は3.9ユーロ(約460円)だ。編集長によると、「販売部数は4万部」という。ニッチ対象の専門誌にしては、好成績といえる。
話は反れるが、前述のドイツにおける自動車雑誌も大半が5ユーロ以下だ。欧州でのクルマ雑誌は、お札1枚でおつりがくるあたりが主流になりつつある。それでいながら、自動車メーカーなど大手企業の広告は少ないか皆無で、広告にあまり依存していない。ビジネスとして成り立たせているのは編集費用の低コスト体質のたまものに違いない。事実、寄稿ライターは、編集長のほかたった4名。日本の自動車誌も見習うべきものがありそうだ。
バッスさんたちの雑誌が扱っているのは、1970〜90年のクルマたちである。手元にあるちょっと前の号を開くと、読者25名による愛車自慢4ページから始まり、巻頭特集は「アルファ・ロメオ GTV/GTV6」(1980〜86年)だ。タイトルがイカしている。「Ge Te Veux!」である。「je te veux(ジュ・トゥ・ヴ=君がほしい)」に掛けたものである。音楽家エリック・サティのファンなら、彼の作品に同名の楽曲があることもご存じだろう。
それに続く特集は、「プジョー106 ラリー1.3」(1994年)と「『BMW M3』の25年」だ。カタログ回顧グラフィティに取り上げられているのは、初代「フォード・フィエスタ」である。エンスージアスティックではなかったクルマをあえてじっくり展開するところに、読者のツボを心得た作りを感じる。
また、思わず「ヨッ、にくいねぇ〜」と声をあげてしまったのは、各記事の冒頭に、「読むときに聴くといい、おすすめアルバム」が記されていることだ。たとえば、1976年「ルノー16TX」の記事の上には、ミシェル・ポルナレフによる1972年のアルバム「ホリデイズ」が挙げられている。
粋なタイトルに、しゃれた工夫。これで460円は安い。実用性も忘れていない。巻末には、ヒストリックカーの価格査定サイトと、連携したヤングタイマー540モデルの価格目安表と、掲載無料の「売りたし」コーナー8ページが付いている。ウェブ媒体に充分対抗できる内容だ。
「レトロモビル」にも
その『YOUNGTIMER』誌、2011年2月パリで開催された「レトロモビル」にスタンドを出展した。これは、単なる彼らのプロモーションだけではなかった。マンネリ化がささやかれて久しいイベントに新しい風を吹き込むことを意図した、レトロモビルのオーガナイザーと意気投合して実現したものだ。
メーカーの歴史部門などから借りて展示した車両8台のなかには、1986年「日産300ZXターボ(Z31型『フェアレディZ』)」や1990年初代「マツダMX-5」も含まれていた。
ボクは彼らのスタンドに2日訪れたが、いずれも多くの人が関心をもって見学していた。ちなみに今年レトロモビルは歴史上初めて会期を半分に短縮したにもかかわらず、1日あたりの入場者は昨年を大きく超えた。ヤングタイマーの展示も、成功の一部を担っていたに違いない。
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モーツァルトだって最初は
ただし欧州でも「ヤングタイマー」のことを、「古典車趣味の範疇(はんちゅう)にあらず」として認めたがらない人たちもいる。たとえば「ランチアは独立メーカーだった時代まで。フィアットの傘下に入った1969年以降はダメ」とか「シトロエンはスタイリスト、フラミニオ・ベルトーニが手がけたDSまで」と考える人たちなどだ。
もちろん、そうした意見をもつ人がいても不思議ではないし、彼らの定義も歴史的にはある程度の説得力はある。しかし若いクルマのファンたちを軽くあしらうことがあってはいけない。若い世代のクルマや、それがカッコいいという人たちを大切にしなければ、ただでさえ絶対的人口が減りつつあるクルマ趣味に未来はないだろう。
そう思うのは個人的な思い出にもよる。その昔ボクは、クルマ趣味の先輩たちに、自分が好きなちょっと古いモデルへの思いを語るたび、「そんな新しいクルマ!」「そんな量産車!」と鼻であしらわれて悔しい思いをしてきたからだ。だからこそ、このヤングタイマーのムーブメントを大切にしたい。
考えてほしい。モーツァルトだって、彼が生きていた頃はモダーンだったのだ。
でも待てよ。これから先何年も経過すると、「ヤングタイマー」という時代的定義はどうなるのだろう。「デビューから最低20年説」を当てはめると、初代プリウス(1997年発売)も、あと僅か6年で「ヤングタイマー」入りになってしまう。
それは、「現代音楽」とか「現代絵画」という呼称を将来どうするかより前に解決すべき問題かもしれない。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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