第707回:35年ぶりにやってきた「ジーロ・ディタリア」 でも目立っていたのは「トヨタRAV4」ばかり!?
2021.05.27 マッキナ あらモーダ!35年ぶりにやってきた
自転車ロードレース「ジーロ・ディタリア(ジロ・デ・イタリア)」のコースに、2021年は筆者が住むイタリア中部シエナが組み込まれた。
全21ステージのなかで第12ステージにあたる5月20日のスタート地点という設定である。
ジーロ・ディタリア(以下ジーロ)は2021年で第104回を迎えた。シエナが舞台となるのは、1986年以来、実に35年ぶりだという。伝説的選手のひとりでフィレンツェ県出身の故アルフレード・マルティーニが生誕100周年を迎えたことから、その流れとして隣接県のシエナも組み込まれたのだ。
35年といえば、いいおじさん/おばさんでも、生まれて初めて“生ジーロ”を見ることになる計算である。シエナ在住25年の筆者にとっても、ジーロは初めてである。
午前10時、旧市街に降り立つと、早くも各所で交通規制が敷かれていた。
前日のゴールであるモンタルチーノから移動してきた選手は、16世紀の城塞(じょうさい)に待機後、街のランドマークであるカンポ広場からスタート。メインストリートをたどってフィレンツェ方面へ抜けるという。
シエナ市内ルートの大半は、毎年春に開催されるヒストリックカーラリー「ミッレミリア」とほぼ同じコースである。
見ると、規制が敷かれる直前に、アマチュアのサイクリストがコースを走り回っている。これも、自分のちょっと古い愛車でコースを走り抜ける“なんちゃって族”が出没するミッレミリアとどこか似ている。
マウンテンバイク風の自転車でやってくる者がいたので、「ダメだよ、そんなのじゃ」とつぶやいたら、なんとスタート地点に向かう本物の出場選手であった。
同じくシエナ県を舞台に繰り広げられるヒストリック自転車レース「エロイカ」のビンテージ車両に慣れた筆者の目には、最新のカーボンフレームはあたかもマウンテンバイクのように映ったのだった。
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新モビリティーへの戸惑いと期待
「ツール・ド・フランス」と同様、ジーロでも通常は、競技開始前に「カロヴァーナ」と呼ばれる愉快な宣伝カーが走行するのが慣例だ。例えば巨大なツナ缶や家庭用洗剤のはりぼてを載せたトラック、といったものである。
しかし今回は新型コロナ対策の一環で、カロヴァーナは公式サイト上でのバーチャル展開となり、実車の走行は取りやめとなった。
いっぽうモビリティーパートナーとして、トヨタは3年目の役を果たしている。提供車両はいずれもハイブリッドの「RAV4」が38台、「カローラ ツーリング スポーツ(欧州版カローラ ツーリング)」が12台の計50台だ。
シエナ旧市街には現れなかったが、都市によっては燃料電池車「ミライ」や、イタリアで2021年下半期の発売を前に予約が開始された「ヤリス クロス」もやってきたらしい。
トヨタのイタリア法人によると、2020年のジーロではRAV4とカローラ ツーリング スポーツがルート上の50%以上をゼロエミッションモードで走行した。そのうえで「環境保護と持続可能なモビリティーにトヨタの電動化技術が大きく貢献できることを証明した」としている。
街には早くも先導車やオーガナイザー、コース監督など、ボディーにさまざまな役目が記されたRAV4が並んでいた。
そのなかに長短さまざまなアンテナを立てた車両があるので見てみると、「無線情報」と記されていた。そばにいたスタッフは、「競技の状況を逐次報告して共有するためのクルマだ」と親切に教えてくれた。
いっぽう、別のイタリア人競技スタッフのひとりに「RAV4のハイブリッド、どうですか?」と聞いたところ、彼は「市街地走行はともかく、それ以外における燃費は思ったほどではない」と答えた。イタリアの郊外では平均速度が高く、エンジン主体で走るシーンが多い。ゆえに、日本よりも燃費低減効果が薄いのは、一般的なハイブリッド車ユーザーの感想と同じである。
また、雑誌などで見る自動車の並走撮影というのは、片側2車線以上の道路で2台のクルマが並び、カメラマンが乗ったクルマからもういっぽうのクルマを撮影する。2台の速度を合わせることが重要となるが、筆者のこの経験から、AT(RAV4ハイブリッドの場合は電気式CVT)よりもイタリアで一般的なMTのほうが速度が調整しやすいというオフィシャルのドライバーも存在すると想像した。
トヨタが四輪のパートナーであるのに対して、公式モーターサイクルは2009年以来ヤマハである。同社が提供しているのはいずれもフロント2輪、リア1輪レイアウトのリーンマルチホイーラー(LMW)「ナイケンGT」および「トリシティ300」だ。
こちらの熟練オフィシャルライダーにも話を聞くと、「山岳地のワインディングロードでは、機動性で痛痒(つうよう)を感じる」と教えてくれた。
ハイブリッドやLMWのような、こちらでは比較的新しいモビリティーに慣れるには、長年ジーロを支えてきた人たちにとって若干の時間を要するのかもしれない。
しかしながら日本のテレビ中継で、自転車やマラソン競技を先導する車両を見るたび「あんなに低速で走れば、排ガス濃度は高いはず。後続する選手たちはつらいだろう」と思っていた筆者としては、低公害車の導入は実に歓迎すべきことである。
同時に、LMWの安定性と低い転倒リスクが、安全な競技運営に貢献することは明らかだ。ちなみに競技参加車用のスペア車輪を、何輪も搭載して走るLMWもいる。
筆者も“スポンサー”
11時20分。いよいよ出発である。上空に飛来した取材や警察のヘリコプターが生み出すエンジン&ローター音の高まりが興奮度を増す。
しかし、スタート地点ということもあり、全23チーム・184人の選手は一瞬にして筆者のレンズの前を通り過ぎていった。時間にしてわずか1分弱だった。
先頭を見送ってから最後尾の車両が通過するまで2時間近くを要するミッレミリアに慣れた身からすると、あまりにもあっけなかった。個人的には、例のトヨタハイブリッド軍団のほうが印象に残った。
ただし、イベントのあとは街がまたたく間に平常モードを取り戻すのは、ミッレミリアと同じであった。そのムード切り替えの早さよ。
人と酒をダラダラ飲んだりするのが嫌いな割に、イベントの場合は終了後もいつまでも会場に居残ってしまう癖がある筆者である。「もう少し余韻というものがないものか」と思うが、そうした筆者の未練をあざ笑うかのように、カフェの店員は屋外にそそくさとテーブルを並べる。そして客たちは鳥のように集まってきては談笑を始める。古いたとえで恐縮だが、往年のお笑い番組『8時だョ! 全員集合』で、ザ・ドリフターズのコントが終わった直後に、何事もなかったかのようにキャンディーズの歌が始まるのにも似ている。
ちなみに沿道の商店主であるドメニコ君もしかり。店をのぞけば、早くもF1モナコグランプリのプラクティス中継をスマートフォンでチェックしていた。
その、緊張と弛緩(しかん)を行ったり来たりとでもいうべき彼らのさまは、ある意味痛快でもある。
家に戻ると、電力会社であるエネルからの請求書が舞い込んでいた。
このエネルは、ジーロのトップスポンサーである。事実、夕方テレビのスイッチを入れると、ジーロのダイジェスト版デイリーリポートを放映していて、ゴール地点にはエネルの垂れ幕が延々と続いていた。
間接的とはいえ筆者の電気料金が、こうして使われていたとは。トヨタ、ヤマハには及ばぬが筆者もジーロのスポンサー、ということで、高い請求額に対する心の動揺を鎮めようと試みた筆者であった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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