第3回:ダウンサイジングエンジンの到達点を新型「アウディA3」に見る
2021.06.22 カーテク未来招来![]() |
ダウンサイジングの極みのような小排気量ターボエンジンに、48Vのマイルドハイブリッドシステムを組み合わせた新型「アウディA3」。その走りから、エンジン搭載車の環境負荷低減に向けた、欧州メーカーの取り組みを探る。
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向こう10年はまだエンジンが主役
第1回のデンソーの戦略でも触れたように、現在の自動車業界は研究開発投資の面でも設備投資の面でも、「電動化シフト」が鮮明である。記事内で紹介した通り、ドイツの大手部品メーカーであるコンチネンタルは、「2025年に開発が始まり、2030年に生産が始まるディーゼルおよびガソリンエンジンが、内燃機関の最後の世代になり、2040年以降は内燃機関が順次廃止されるだろう」との予測を披露している。当然、これは同社が勝手に予測しているのではなく、ドイツの自動車業界の現状を反映してのことだと思われる。そして日本でも、ホンダのように具体的に「脱エンジン」を宣言する企業が出てきた。
とはいえ、業界のどんな強気の予測を見ても、少なくとも向こう10年は依然としてクルマの駆動源の主流はエンジンであり、エンジン搭載車の効率向上がクルマからのCO2排出量を削減するうえで重要なことは論をまたない。国内の完成車メーカーでは、今日におけるCO2削減手段の主流はハイブリッド車(HEV)の比率を高めることであり、その内容もいわゆる「フルハイブリッド」と呼ばれる高出力のモーターと比較的大容量のバッテリーを組み合わせたシステムの採用が多い。
しかし欧米では、まだフルハイブリッドの採用は少数である。こうしたなかで欧州のメーカーが採用を進めているのが、小型モーターと小容量のバッテリーを組み合わせる「マイルドハイブリッド」と呼ばれるシステムだ。マイルドハイブリッドは、アイドリングストップからエンジンを再始動するスターターと、走行中に発電してバッテリーに電力を供給するジェネレーター(発電機)の機能を兼ね備えた、「BSG(ベルトスタータージェネレーター)」と呼ぶ装置を搭載する場合が多い。
今回取り上げるのは、そのマイルドハイブリッドの一種である「48Vシステム」を搭載した、ドイツ・アウディの新型A3だ。
コンパクトカーに「48Vシステム」を初採用
新型アウディA3は、従来の1.4リッター直列4気筒の直噴ガソリンターボエンジンに代わり、1リッター直列3気筒の直噴ガソリンターボエンジンがメイングレードに搭載された。このエンジン自体は、すでにA3よりひとクラス下の「A1」や「Q2」にも使われているが、これにマイルドハイブリッドシステムを組み合わせたのは、同社のコンパクトクラスでは初めてである。
A3に次いで、アウディの親会社であるドイツ・フォルクスワーゲン(VW)が日本への導入を始めた「ゴルフ8」でも、1リッターターボエンジン搭載車と1.5リッターターボエンジン搭載車にマイルドハイブリッドシステムが採用されている。VWグループでは、すでにマイルドハイブリッドを上級車種には展開しているが、その波が普及車種にも及んできた格好である。
マイルドハイブリッドシステムに用いられるBSGは、エンジンとベルトでつながっており、発進時にはそれを介してエンジンの駆動力を補助する。その一方で、減速時には運動エネルギーを回生してバッテリーに充電する。回生電力を充電するためには、従来の鉛バッテリーよりも短時間で、高い出力の電力で充電できる能力が要求されるため、専用のバッテリーが搭載される場合が多い。こうしたマイルドハイブリッドは、スズキや日産自動車がすでに軽自動車などに採用しており、これらは通常の12V鉛バッテリーのほかに、電力回生やエンジン再始動のための専用のリチウムイオンバッテリーを搭載している。しかしスズキや日産の場合、専用バッテリーも電圧は12Vのままである。
これに対して欧州では、同じマイルドハイブリッドでも、国内メーカーよりも電圧の高い48Vのバッテリーを搭載しているため、48Vシステムと呼ばれることが多い。今回A3が搭載する48Vシステムは、例えば日本のスズキが採用しているマイルドハイブリッドシステムに比べると、リチウムイオンバッテリーの容量がスズキの36Whに対して、A3は250Wh、BSGの出力もスズキが2kW程度なのに対してA3は12kWと、いずれも大幅に大きい。アウディによれば、10%程度の燃費改善効果があるようだ。
ダウンサイジングエンジンと相性がいい
この48Vシステムが組み合わされた1リッターターボエンジン搭載のA3に試乗した。過給機付きとはいえ、排気量1リッターの直列3気筒エンジンをCセグメントの、それもプレミアムブランドの車種に組み合わせるというのは大胆な決断にも思えるが、エンジンのスペックをチェックすると最高出力こそ110PS(81kW)にとどまるものの、最大トルクは2000~3000rpmという広い回転数域で200N・mを発生する。
これは、同じCセグメントの「マツダ3」に搭載される2リッター自然吸気の「SKYACTIV-G 2.0」エンジン(最高出力156PS<115kW>、最大トルク199N・m)と比較すると、最高出力は及ばないものの、最大トルクはほぼ同等だ。しかもマツダのエンジンは最大トルクを発生するのが4000rpmなので、広い回転数域で高いトルクを発生するアウディの1リッターターボエンジンのほうが、実用的には扱いやすいと想像できる。
実際、A3を走らせてみると、このクルマの排気量が1リッターしかないことや、3気筒エンジンであることなどすっかり忘れてしまう。今回の試乗は、箱根の仙石原から芦ノ湖スカイラインを回り、元箱根、湖尻を経て仙石原に戻るというコースだったが、アクセルを少し踏んだだけですっとクルマが前に進む軽快な走りには、たとえ上り坂でもパワー不足をまったく感じなかった。このエンジンは、1リッタークラスとしては珍しく可変ジオメトリーターボを組み合わせており、そのこともターボラグを減らすのに効果を上げていると想像できるが、加えてBSGが加速時にアシストしている効果もあるに違いない。
注意深く運転すれば、アクセルを踏み込んでいったときの回転の伸びが早めに頭打ちになるところに排気量の限界を感じるかもしれないが、黙って乗せられたら誰も、このクルマのエンジンがわずか1リッターしかないことなど気づかないだろう。マイルドハイブリッドは燃費だけでなく、ダウンサイジングターボの出力特性をうまく補っている点でも相性のよさを感じた。
シンプルなシステムで燃費の改善を図る
また、これはエンジンだけのお手柄ではないだろうが、静粛性が高いのも特徴で、アクセルを踏み込んでも3気筒エンジンを想像させる安っぽいノイズは一切ない。騒音レベルそのものも低く、ちょっと電気モーターを思わせるような回転フィーリングだ。それでいて燃費も良好で、先ほど紹介したコースでの平均燃費は、遠慮なくアクセルを踏んだにもかかわらず約14km/リッターをマークした。このエンジンを搭載したA3のWLTCモード燃費は17.9km/リッターで、先ほど引き合いに出したマツダ3のSKYACTIV-G 2.0搭載車(15.6km/リッター)を大幅に上回るのだが、実用燃費でもこの程度の値を出すのはそれほど困難ではないだろう。
つまり、このクルマはディーゼル車や一部のハイブリッド車に近い実用燃費を、小型のモーターとバッテリーの補助だけで実現しているわけで、ダウンサイジングエンジンの最新の「到達点」の高さを体験することができた。加えて新型A3は、サスペンションに加わった衝撃を瞬時に車体全体で吸収するかのようなボディーの強固さや、良好な乗り心地と高い操縦安定性を両立した足まわりの仕上がりも印象的だ。
今回の試乗車は、充実した装備が最初から標準で搭載される「ファーストエディション」というグレードで、価格は453万円と、Cセグメントのプレミアム車としても安くはないものだった。しかし新型A3では、ベースグレードの「30 TFSI」には310万円というプライスタグがつく。装備は簡素になるが、先ほどから説明してきた魅力的なエンジンや強固なボディー剛性、高い操安性と両立した乗り心地などは、ベースグレードでも変わらない。実際、アウディの広報担当者によれば、このグレードを選ぶユーザーも20%ほどいるという。エンジン搭載車の世紀末がささやかれる時代に、“素”のA3でその最高到達点を味わうというのも、それはそれで通な楽しみ方かもしれない。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=アウディ、スズキ、フォルクスワーゲン、マツダ、鶴原吉郎<オートインサイト>/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。