第652回:「MINI」のデザインはかくも難しい! チーフデザイナーが語る継承と進化の葛藤
2021.06.29 エディターから一言![]() |
マイナーチェンジにより、装いも新たになったプレミアムコンパクト「MINI」。長い歴史を持つこのクルマのデザインには、どのような難しさがあるのか? チーフデザイナーが、世界中で愛されるMINIの“今”と“これから”を語る。
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デザインをより“ピュア”に
マイナーチェンジを受けた新しいMINIが2021年5月25日に販売開始となった。それからほぼ1カ月後の6月22日に、東京・台場の「MINI TOKYO BAY」において、MINIのデザインワークショップが開催された。日本から、本国ドイツにいるデザイナーへの、ネットを介した取材会だ。
午後6時(ドイツ本国では午前11時)にオンライン取材が始まると、画面に登場したのはBMW AG(BMWグループ本社)でMINIデザイン部門責任者を務める、オリバー・ハイルマー氏である。いわゆるMINIのチーフデザイナーだ。
ハイルマー氏は1975年のミュンヘン生まれ。プフォルツハイム大学デザイン学部にて輸送機器デザインを学んだ後、2000年にBMW AGに入社。BMWデザイン部門アドバンスドデザインチームやBMWインテリアデザイン部門責任者、BMWグループ デザインワークス所長を経て、2017年にMINIデザイン部門責任者に就任している。ショートカーリーヘアで、こざっぱりとした雰囲気のハイルマー氏は、ゆっくりとした口調で新しいMINIのデザインを説明し始めた。
「新しいMINIは、これまでのデザインをさらにピュアにしようというアイデアから始まりました。ピュアにする、純粋にするというのはどういうことなのかといいますと、必要性の低いコンポーネントの数を減らしていこうということです」
「フロントまわりだと、まずヘッドライトが高機能化されたことで、ポジショニングライトとフォグライトがなくなり、バンパーにはエアカーテンが採用されています。このエアカーテンにより、空力性能は大きく改善されました。バンパーの前面もかなりクリーンに仕上げています。ボディーカラーがバンパーの真ん中にくることにより、全体的な統一感が生まれています」
モデルに応じてイメージを差別化
「ホイールのデザインも刷新しました。基本的にはクラシックなスポークホイールですが、表面の仕上げを工夫したことで、クルマが停止していても、ダイナミックさと精度の高さをイメージさせることができるようになりました。また、ルーフには新たに『マルチトーンルーフ』を採用しています。やはりミニのルーフですから、特別なものにしなければならないということです」
マルチトーンルーフとは、ルーフの前後方向で色がグラデーションになっているもの。一台一台で微妙に色合いが異なるという、ユニークなデザインだ。
「よりピュアにするというアプローチは、インテリアでも重要な役割を果たしています。ハンドルのスイッチ類はフラットでクリーンなものとしました。センターディスプレイも非常にクリーンなものになっています。スイッチが一切なく、モダンで精度の高いイメージです。それからシートのファブリックには100%リサイクル素材を採用しました」
インテリアもエクステリア同様に“ピュア”で、そして“クリーン”なイメージになっていると説明すると、ハイルマー氏は今度は「MINI 3ドア/5ドア/コンバーチブル」が勢ぞろいした写真をモニターに映した。「私は、この写真が大好きです。MINIが、どれだけ多様性のあるファミリーであるかが、よくわかるからです」
続いて「ジョンクーパーワークス」のスケッチ図を見ながら、「MINIにはいろいろなエンジンの種類があるのですが、お客さまがクルマを見るだけで、それらを識別できるようにしたいと考えました。そのために、機能に応じたデザインを行いました。エアインテークはより高性能なエンジンを冷却するために必要であると同時に、フロントの幅を強調するデザインにもなっています」
最後にハイルマー氏は、「今回のデザインでなにが達成できたかといえば、普通の『クーパー』はよりエレガントになり、ジョンクーパーワークスは、よりスポーティーになったということです」とモデルごとの差別化について語り、デザイン概要の説明を締めくくった。
「マルチトーンルーフ」誕生秘話
その後のQ&Aセッションでは多くの質問が出たが、その内容は主に3種類に分類できるものだった。すなわち「新型MINIのデザインに対するもの」「MINIをデザインすること自体に関するもの」「未来のMINIのデザインについて」の3つだ。
新しいデザインに対して、最初に出た質問は「デザインのトレンドは、どのようなものが取り入れられているのか?」ということだ。その答えは、「内装で言えば、家具やファッションからのトレンドを取り入れています。エクステリアでは全体的な考えとして、より直線的なラインや、よりクリーンな表面を意識し、丸みを減らすようにデザインしました。最近は、家具も家電もデバイスも、よりクリーンなデザインになっていると思います。決してシンプルではなくて、ディテールに凝ったデザインが多い。そういうところからインスピレーションを取り入れています」というもの。こうした部分は、新型MINIのデザインコンセプトである“ピュア”を理解するうえでヒントになるだろう。
また、一台ごとに異なるグラデーションを実現するマルチトーンルーフの導入に関しては、「これはチームのなかから出てきたアイデアです。ものすごく単純な疑問があったのです。前のクルマの塗料が機械に残った状態で、次のクルマの塗料を入れて塗装したらどうなるか?」と、その“きっかけ”を説明してくれた。
「この疑問を解決するために、同僚がオックスフォードにあるMINIの工場まで飛び、その塗装設備で実際にやってみました。そして戻ってくると『思っていたよりもずっと素晴らしかった』と。『じゃあ、これが次の大きな出来事になるね!』と全員が非常に興奮しました。でも、その後に本当の仕事が始まったのです。つまり、きちんとした工程をつくらないといけません。毎回同じクオリティーにならないといけませんし、修理もできないといけません。これがとても大変な作業でした。でも最終的には成功して、オックスフォードのスタッフもこれを誇りに思っています。面白いのは、ロボットで生産していても、その時々の温度や湿度によって、一つひとつ違ったデザインになることです。コントロールされた不完全さに、非常な素晴らしさを感じました」
デザイナーを悩ませる過去と未来の綱引き
続いて大きな話題となったのは、MINIという歴史あるブランドをデザインする苦労だ。
「まずMINI というブランドの伝統があり、そしてMINIが視界に入ってきたときに人が抱く感情があります。私はそういうものを大切にしています。一方で、進化することも大事なので、将来に向けてのことも考えないといけません。ここが苦労のしどころですが、チームとして『どこまで行ったらMINIらしくなくなってしまうのか?』を考えながらデザインしています」
「スケッチをつくるときに、『あきらかにこれはMINIである』というデザイン要素をあえて外して、スケッチを描きます。そうすると、そのデザイン要素が本当に外してはいけないものだったのか、そうでないのかがわかります。率直に申し上げますと、常に過去と未来の間で綱引きをしているような感じです」
このように、MINIをデザインすることの難しさを説明するハイルマー氏だが、その一方で「とても難しい綱渡りですが、MINIという強力なブランドで、そのような挑戦ができることは、私にとって幸運だと思います」と、このブランドならではのやりがいも語っていた。
“電気”になってもMINIはMINI
最後に話題となったのが、未来のMINIのデザインについてである。
「われわれのチームは今、次の世代のデザインを始めています。そこでまさに『なにがMINIらしいデザインであるか』を自問自答しています。MINIには絶対に維持しなければならないものがいくつかあります。まずはルーフと、グリーンハウスと呼ぶ窓の部分、そしてボディーからなる“3層構造”。もちろん丸みのあるヘッドライトも重要です。そして、ものすごく遠くから見ても『あっ、MINIだ』とすぐにわかるプロポーションがあります。これらをキープしながら、さらに良くしていくことが大事で、同時に難しいところでもあります。とても大事なのは、いろいろなものをそぎ落としても、やはり見たときに感情をかき立てられるものでなければいけないということです。エモーショナルでなければいけない。加えて、ディテールもとても特別なものである必要があります」と説明する。
ちなみに電動化が進んだときMINIがどう変化するのか? という質問には「お客さまがなぜMINIを買うのかというと、エンジンで買うのではなく、MINIというブランドを本当に好きだから買っていただけていると思うのです。ですから、電動化されたMINIも、あえてそこを強調する必要はないと思います」とのこと。未来のMINIは、仮に電動化されたとしても、“MINIらしさ”はそのままということなのだろう。
アイデンティティーを守りながら、常に新鮮で魅力的でなければならない。MINIのデザイナーに求められるミッションは過酷だ。しかし、だからこそそのデザインには、「このカタチだから買う」というファンができるほどの力が宿るのだろう。MINIが持つブランド力の一端を感じることのできる取材会だった。
(文=鈴木ケンイチ/写真=鈴木ケンイチ、BMW/編集=堀田剛資)

鈴木 ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。