第14回:“プラットフォーマー”への脱皮を目指すフォルクスワーゲンの苦悩(後編)
2021.09.07 カーテク未来招来![]() |
いち完成車メーカーから、他社へビジネスやサービスの土台を提供するプラットフォーム企業への転身をもくろむフォルクスワーゲン(VW)。彼らが取り組む大変革とはどういうものなのか? その中身を掘り下げ、VWが夢に見る“未来の姿”を探った。
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EVプラットフォームは早くも次世代へ
これまで2回にわたり続けてきたVWの戦略解説も、今回が最終回。前回は彼らの研究開発費と設備投資が業界の水準から見て突出していること、それが“自動車メーカー”から“プラットフォーム企業”に脱皮するための投資であることに触れて終わった。最後となる今回は、VWが具体的にどのようにしてプラットフォーム企業になろうとしているのかを見ていきたい。
前回の繰り返しになるが、経営戦略「NEW AUTO−MOBILITY FOR GENERATION TO COME」で説明された事業領域は、次の4つだ。
- 車両の物理的なプラットフォーム
- ソフトウエア
- バッテリーと充電インフラ
- サービス
今回の発表でまず驚かされたのが、EV(電気自動車)プラットフォームが早くも刷新されることだ。EV専用プラットフォーム「MEB」を採用したVW初の量産EV専用車「ID.3」が発売されたのは、2020年9月のこと。2022年にはプレミアム車向けの「PPE」も量産車に導入される。にもかかわらず、その4年後の2026年には、次の世代のプラットフォーム「SSP」の導入が計画されている。
これにより、VWは現在のエンジン車用プラットフォーム「MQB」「MSB」「MLB」と、EV用プラットフォーム「MEB」「PPE」の、合計5種類のプラットフォームが存在する状態から、最終的にはすべての製品のプラットフォームが「SSP」に統合される予定だ。将来的には4000万台以上の車両が、このSSPに基づいて生産されるとVWは予測している。
さらに重要なことは、VWがSSPを他の完成車メーカーにも提供するとしていることだ。MEBも米フォード・モーターに提供される予定だが、SSPは恐らく、より多くの完成車メーカーへの提供を想定しているはずだ。つまりVWは、SSPによって「プラットフォームのプラットフォーマー」のポジションを狙っていることになる。ただ、一口にSSPと言っても、実際には車両セグメントに応じてSSP1、SSP2……というようにいくつかの種類が存在するようで、基本構造を共有しながらスケーラブルな展開ができるように設計されているということだろう。
車載のソフトウエアが巨大なビジネスを生む
ソフトウエアへの取り組みも同様だ。フォルクスワーゲングループの車載ソフトウエア企業であるCARIADは、すべてのグループ企業が利用できる共通の基幹ソフトとして、2025年までにソフトウエアプラットフォームを開発することを目指している。
現在、この組織は3つのソフトウエアプラットフォームの開発に取り組んでいる。EVのID.3などに搭載されている「E3 1.1」では、VW製品として初めてOTA(Over The Air、無線)によるアップデートが可能となった。2023年にアウディやポルシェ向けにリリースされる「プレミアムソフトウエアプラットフォーム1.2(E3 1.2)」は、OTAに加えて新しい統合インフォテインメントシステムの利用が可能になる。そして2025年には、早くも次世代のソフトウエアプラットフォーム「E3 2.0」が登場する。これは主に、SSP採用車向けになるとみられる。2030年までにCARIADの開発するソフトウエアプラットフォームの搭載車種は、やはり4000万台に達すると見込まれている。
この段階ではソフトウエアプラットフォームだけでなく、このソフトウエアを動作させるための電子プラットフォーム(車載電子制御ユニット+車載ネットワーク)も一新され、ドライバーが運転を車両に任せる「レべル4」の自動運転が可能になるのが大きな特徴だ。そしてVWは、こうしたソフトウエアプラットフォームや、その上で動作する自動運転ソフトウエア、さらには車両から集めたさまざまなデータを外販することで、巨大なビジネスを生み出そうとしている。
前々回のリポートでも触れたように、VWは2030年に車載ソフトウエア関連の市場規模が1.2兆ユーロ(1ユーロ=130円換算で156兆円)に成長すると予測している。その「車載ソフトウエア関連」のなかには、ここで紹介したVWのソフトウエアプラットフォームや自動運転ソフトウエア、そして車両から収集するデータなども含まれる。先に紹介したSSPもそうだが、VWはハードウエアやソフトウエアのプラットフォームの開発に投じた巨額の費用を、他社に広く外販して回収し、同時に業界での影響力を高める戦略を描いているのだ。
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バッテリーと充電インフラもプラットフォーム化
EVを普及させるうえで重要なインフラである充電インフラも、VWがプラットフォーム化を狙う分野である。今回の発表のなかでは「電力関連のビジネスは、2030年までにVWグループの中核事業となる」と語られたが、その戦略の2本の柱は「バッテリーセルとシステム」および「充電とエネルギー」だ。
まずバッテリー関連では、バッテリーの標準規格を決めることで2030年までにコストを最大50%削減し、グループ内で最大80%の搭載率を目指す。グループ内での大量採用をテコにコスト削減を図る戦略だ。材料系は低価格車向けの「リン酸系」、量産車種向けの「マンガン系」、そして高性能を要求されるプレミアム車種向けの「高ニッケル系」の3種類。2030年までに欧州内に総生産能力240GWhの6つのギガファクトリーを建設し、バッテリーの安定供給・安定調達を目指すとしている。
一方、充電インフラやエネルギーに関する事業については、発表のなかで「ハードウエアの充電からエネルギー管理サービスまでのワンストップソリューションを顧客に提供する」「最終的には、充電およびエネルギーのエコシステム全体を構築し、顧客にとって利便性の高い充電サービスを確立することで、さらなるビジネスチャンスを開く」「EVは双方向充電によって、電力網に完全に統合可能なモバイル電力貯蔵ユニットとなる。これにより、2030年までに、エネルギー市場への参入から追加の利益を生み出すことができる」といった発言があった。
これは、VWがEVユーザーの充電環境をネットワーク化、言い換えればプラットフォーム化して、仮想の電力貯蔵システムを構築することを目指していることを示す。つまりVWは、自社が販売したEVを活用した電力ビジネスまでも視野に入れていることになる。当然、この充放電プラットフォームには、ゆくゆくは他社のEVも接続可能になるのだろう。
成功するか否かは“仲間づくり”にかかっている
VWが構想するプラットフォームビジネスの最後のピースが、モビリティーサービスだ。VWは2030年までに自動運転シャトルのシステムを開発し、モビリティーサービスとファイナンス関連商品を提供することを目指している。すでにミュンヘンではパイロットプロジェクトを実施しており、現在、最初の自動運転バスをテストしているところだ。今後はドイツの他の都市や、中国、米国でも、同様のプロジェクトを展開するという。
VWは2025年に欧州で最初の自動運転モビリティーサービスを提供し、その後米国にも広げる計画だ。彼らは2030年までに、欧州の5大市場だけで自動運転シャトルを使ったMaaS(Mobility as a Service)の市場規模が700億ドル(1ドル=110円換算で7兆7000億円)に達すると見込んでいる。
しかもVWは、自動運転モビリティーサービスだけでなく、レンタカーやサブスクリプション、カーシェアリング、ライドシェアに至るまで、すべての異なるサービスをカバーするプラットフォームを構築し、便利で稼働率・収益性の高いサービスの実現を目指している。そのために、自動運転ソフトウエア(Digital Driver)や、そのソフトで運行される自動運転車両、自動運転車群(フリート)を管理するシステム、そして自動運転モビリティーサービスを利用するためのアプリケーションといった、サービスの構成要素まで開発を進めている。
このように壮大な構想を掲げるVWだが、本当にプラットフォーム企業への脱皮が成功するかどうかは、ひとえに仲間づくりが成功するかにかかっている。ハードウエアプラットフォームにしてもソフトウエアプラットフォームにしても、社内だけの利用にとどまるなら、膨大な研究開発費+設備投資を正当化できないからだ。しかし、仲間づくりに必要なのは技術力にもまして“お客さま”の要求に徹底的にこたえる姿勢だ。これまで生態系の頂点に君臨してきたVWが果たして低姿勢になり切れるか。これはVWだけでなく、同様にプラットフォーマーを狙うトヨタ自動車にも突きつけられた課題である。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=フォルクスワーゲン/編集=堀田剛資)
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鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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