第13回:“プラットフォーマー”への脱皮を目指すフォルクスワーゲンの苦悩(中編)
2021.08.31 カーテク未来招来![]() |
2030年までに世界の自動車市場が2.5倍になるという、あまりに楽観的な市場予想をもとに将来戦略を立てたフォルクスワーゲン(VW)。彼らはなぜ、誰が見ても不可解に思うようなプランを示したのか? VWがどうしても株主に納得してほしかった「ある数字」とは?
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2025年までの投資額はおよそ20兆円
前回のリポートでは、VWの経営戦略「NEW AUTO−MOBILITY FOR GENERATION TO COME」における、かなり無理のある予測数字について指摘した。この戦略を練った人々は、筆者など及びもつかぬ優れた頭脳の持ち主のはず。それが、筆者のぼんくらな脳みそでも「ちょっとこれ、無理なんでねえの?」と思うような予測を出すのには、それなりの理由があったはずだ。そしてその理由とは、VWが「ある数字」について、株主にどうしても納得してもらわなければならなかったからだと思われる。
今回の戦略発表において、その数字は大げさな形容詞などなしに、実にさりげなく語られた。
「2021年から2025年までに、未来のテクノロジーに対して730億ユーロを投資する予定です。これは総投資額の50%に相当します。電動化とデジタル化への投資割合は、さらに増加します」(ヘルベルト・ディースCEO)。
そのあとすぐに、こう付け加えるのも忘れなかった。
「グループはまた、継続的に業務の効率を高め、今後2年間で固定費を5%削減するプログラムの達成に向けて、その道のりを順調に歩んでいます。また材料費をさらに7%削減し、ICE(内燃エンジン)ビジネスでは車種およびドライブトレインの数を減らし、より優れた価格ミックスを実現しながら最適化することを目標にしています」
今回の戦略発表で、VWは2021~2025年の研究開発投資と設備投資の合計が、1500億ユーロ(1ユーロ=130円換算で19兆5000億円)という途方もない金額になることを明らかにした。このうち未来のテクノロジー、すなわち電動化とデジタル化に充てる730億ユーロ(同9兆4900億円)は、その約半分を占める。一年あたりの総投資額は3兆9000億円で、そのうち電動化+デジタル化の投資が1兆8980億円ということになる。この「電動化+デジタル化投資」が、筆者の言う「ある数字」の正体だ。
ライバルとの比較に見るVWの投資の特異性
これらの数字がいかに途方もないかを知るために、まずは世界販売台数が近いトヨタ自動車と比べてみよう。
トヨタ自動車の2018年以降の研究開発費と設備投資の合計金額を見てみると、だいたい研究開発費が年間1兆円から1兆1000億円程度、設備投資が1兆3000億円~1兆4000億円程度、両者の合計で2兆3000億円~2兆5000億円程度で推移している。一方、営業利益を見ると、コロナ禍に見舞われた2020年の連結決算はVWが対前年比43%減の96億7500万ユーロ(同約1兆2460億円)だったのに対し、トヨタ(2020年度連結決算)は同8.4%減の2兆1977億円を確保した。
グループでの世界販売台数がほぼ等しいVWとトヨタだが、VWはトヨタの半分ちょっとしか利益を上げられていない。それでいて彼らは、そのライバルの1.6倍もの研究開発+設備投資を注ぎ込もうとしているのだ。
2021年はVWの業績は大きく回復し、直近の4~6月期決算では営業利益で65億4600万ユーロ(8509億8000万円)を確保したが、同期間のトヨタは9974億円と、VWを上回る実績を上げている。VWの時価総額は2021年8月13日時点で1333億4800万ユーロ(同17兆3352億円)なのに対し、同時期のトヨタが32兆5200億円と2倍近いのは、そうした差を反映しているといえる。
トヨタとの比較だけでは客観性がないかもしれないので、これまで紹介してきた仏ルノーやステランティスとも比較してみよう。ルノーのEV化戦略では、今後5年間の投資額は100億ユーロ(同1兆3000億円)、ステランティスの場合でも2025年までに300億ユーロ(同3兆9000億円)である。それぞれの世界販売台数(2020年)を考慮にいれて比較すると、単位販売台数あたりでのVWの投資額は、ルノーの2.3倍、ステランティスの1.6倍である。つまり、トヨタだけでなく他の欧州完成車メーカー大手との比較でも、VWの投資額は突出しているわけだ。株主からしたら「現状の利益率がこれなのに、こんな大金を注ぎ込んで本当にもうかるの?」ということになるだろう。
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物量にモノを言わせた途方もない計画
ここまで長々と説明してきて恐縮だが、VWの経営陣の最大関心事はシンプルだ。すなわち、「これだけの巨額の研究開発投資+設備投資をどうしたら正当化できるか?」ということに尽きる。
こう考えれば、2030年の自動車市場の売り上げが現在の2.5倍に拡大するという荒唐無稽な予測数字を出した理由も分かる。つまりVWの説明ロジックは、「今は投資額が多いようにみえるかもしれないけれど、それはこの先の売り上げをケタ違いに増やすための準備なんですよ」ということだ。確かに売り上げが2倍以上に増えれば、業界水準の2倍の巨額投資をしようと「売上高比率」で見て正当化される。実際VWは、売上高に占める「研究開発投資プラス設備投資」の比率は、2021/2022年の13%から2025/2026年には11%に低下するという予測を示している。こういう数字は、売り上げの拡大を見込まなければ出てこない。
もちろん、これだけの風呂敷を広げたからにはVWの経営陣もかなり腹をくくっていることだろう。今回発表された戦略そのものも、単なるEV化の枠を超えたかなり壮大なものになっている。それこそが、前回の冒頭で述べた「VWグループを“自動車メーカー”から“プラットフォーム企業”に脱皮させるための戦略」だ。「VWを再発明(Reinvention)する」というディースCEOの言葉はだてではない。
今回の戦略で説明された事業領域は次の4つだ。
- 車両の物理的なプラットフォーム
- ソフトウエア
- バッテリーと充電インフラ
- サービス
そしてVWの戦略の特徴は、この4つの領域のすべてで「プラットフォーマー」になることを狙っている点にある(後編に続く)。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=フォルクスワーゲン、トヨタ自動車、ルノー、ステランティス/編集=堀田剛資)
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鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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