第729回:ドイツとイタリアでこんなに違う! 欧州におけるEV充電器の最新事情
2021.10.28 マッキナ あらモーダ!フォルクスワーゲンのトップが怒った
本欄第615回では、イタリア国内の電気自動車(EV)事情を記したが、今回はその情報のアップデートを。
2021年8月初旬、『ブルームバーグ』が「フォルクスワーゲン(VW)グループCEO、イタリア旅行中に怒る」と伝えた。
事のてんまつは以下の通りだ。
VWグループのヘルベルト・ディースCEOが夏季休暇のため自社製EV「ID.3」を運転し、イタリアを目指していた。
ところが、まずオーストリアとイタリアを結ぶブレンナー峠で、充電ポイントを探すのにひと苦労した。
さらに、ようやくたどり着いたイタリアの都市トレントの充電ポイントには、トイレやコーヒー(筆者注:バール等の喫茶店のことか)が周囲になかった。つまり、時間をつぶせるような施設のそばになかった。
加えてその充電器は「休止・故障中で悲惨な状態だった」と解説。結果として「プレミアムな充電体験とは程遠いものだった」という内容をソーシャルネットワークのツイッターに投稿したのである。
そのディースCEOが名指しで批判したのは、チャージングサービスのIONITY(アイオニティー)だった。アイオニティーは2016年にVWとダイムラー、BMW、フォードが共同出資で設立したEV用充電インフラ専門ベンチャーである。つまり、自社が関与する充電ネットワークに、鉄拳をくらわせたというわけだ。
この記事を読んだ筆者は、2つの感想を抱いた。
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ドイツとイタリアの圧倒的なインフラ格差
ひとつは、ディース氏がいわば、自ら体験していることへの称賛だ。さまざまな事情から運転が推奨されていない多くの日本の自動車メーカー幹部とは異なり、欧州では自動車ブランドのトップ級が自分で公道を運転するのは珍しいことではない。
しかし、内燃機関車と比べると航続距離に不安を抱えるEVを、ディース氏があえて国境越えを伴うバケーションで試した勇気に好感を抱いた。
いっぽうで、イタリア在住者として「アルプス以南の現状、ご存じなかったのですか?」と言いたくなったのも正直なところだ。
ドイツにおけるEVおよびプラグインハイブリッド車用充電ステーション数は、急速型が7456基、普通型が3万7213基の合計4万4669基である。
いっぽうイタリアでは急速型が1231基、普通型が1万2150基の計1万3381基にとどまる(出典:EAFO 欧州代替燃料調査機関の2020年データ)。つまりドイツの3分の1以下でしかないのだ。
また、第615回でも記したが、イタリアでは故障中だったり、修理されずに放置されていたりという公共充電器を頻繁に目にする。
筆者が住むシエナでは2014年12月、市役所が旧国営系電力会社であるエネルの協力により、一気に43基の充電器を設置した。しかし維持管理が追いつかず、【写真A】のように壊れてしまった個体をたびたび目にする。これはイタリアにおける公共充電器の実態を示す好例である。
実は先日、以前からデザインが気に入っていた「BMW i3」の中古車を地元で発見し、わざわざ見せてもらった。だが、使えない充電設備が多いことを思い出し、購入を断念してしまった。
同様に自治体が積極的に導入したものの、地域の規模・特性からして住民の間では当分使われないであろう場所に設置されてしまった充電器も目にする。
【写真B】は中部ウンブリア州ペルージャ県のベヴァーニャで撮影したものである。人口4900人の村にある未舗装の公共駐車場に、ビーチャージの普通充電器が1基設置されていた。周囲には草が生えてしまっている。筆者の訪問時はほぼ丸一日滞在したが、使われた形跡はなかった。
ちなみにビーチャージの親会社であるビーパワーは、もともと独立系の充電インフラ会社であったが、2021年8月に旧国営系エネルギー企業でアジップなどのブランドも擁するエニの100%子会社となった。
要は地方自治体が一時的な補助金を活用しながらにぎにぎしく充電設備を設置するのだが、十分な維持費用を確保していなかったり、実際の需要や充電待ち時間の利便性を十分に考慮していなかったりするため、こうしたことが発生する。
したがって、たとえアイオニティーでなくても、バカンス中のディース会長が怒るようなシチュエーションは十分に想像できるのである。
珍しくチャージ中と思ったら……
ところで筆者が住むシエナでは、たとえ付設されている充電器が故障していたとしても、内燃機関車のドライバーがEV専用駐車場を占領しているのをほとんど見ない。背景には、公共駐車場でそのような行為をすると、日数により87ユーロ~345ユーロ(約1万1500円~4万5600円)の反則金が科せられるということがある。
しかし、中世以来の旧市街には、日本の都市部とは桁違いに駐車スペースが少ない。「ほとんど使われないEV専用スペースが空きのままになっているのは理解できない」という不満が市民の間から時折漏れる。
いずれにせよ、他の公共駐車スペースは満車なのに、充電器付きのEV用駐車スペースはいつも空きという状態だ。
ところが2021年夏から、旧市街のEV用スペースにクルマが止まっているのを見かけるようになった。そうしたEVはドイツのナンバープレートを付けているものが多かった。【写真C】および【写真D】を見ればイメージしていただけるだろう。
いくつかのデータを参照すると、その理由がわかってくる。
ひとつはドイツ人観光客が占める割合だ。2021年夏はイタリアの観光業界にとって、新型コロナウイルスの影響から立ち直る好機となった。そうしたなかで、外国人観光客に占めるドイツ人客の割合は33.6%を記録。2位フランス人の14.9%を大きく引き離して1位となった(データ出典:ENIT)。3人に1人はドイツからだったわけだ。
その数字と直接結びつけられないことを承知で別のデータを示せば、人口1000人あたりのEV保有率においてドイツは、ノルウェー、アイスランド、スウェーデンといった北欧諸国に次ぐ4位(8.5台)である。10位イタリア(1.7台)の5倍の保有率ということになる(データ出典:Statista 2020年)。ここからEV≒ドイツから来たクルマであった理由がうかがえる。
そうしたなか、ディースCEOと同様、一般のドイツ人観光客も充電場所を探し回っていたのではないかと思われる光景に、ある日シエナで出くわした。
イタリアではまだ見かけることがめったにないID.3に、限られたエリアで何度もすれ違ったのだ。同一のクルマ、かつ運転していたドライバーは明らかに緊張した面持ちだったことからして、バッテリー切れ間近だった可能性は高い。
“しまむら”に高級EV用駐車場?
前述のエネルギー企業による充電網とは別に、近年はドイツに本拠を構えるチェーン系流通業が独自に充電設備を設置するようになってきた。いわゆるエコフレンドリーな企業であることを示すのに格好のツールなのである。
例としてディスカウントスーパーマーケットのリデルは、2018年から新規店舗の駐車場に、出力AC 22kWの充電器を設置している。
ただし、たたずまいが控えめであることから、EV専用駐車場と認識されないことがままあるようだ。また、公共駐車場と違って反則金がないことから、故意に利用してしまう内燃機関車のドライバーもいるとみた。したがって【写真E】のようなシーンがままある。
【写真F】および【写真G】のファッション雑貨店キックは、アウディとコラボレーションしてアスファルト上に「e-tron」の文字まで記している。そもそも、日本に例えるなら、キックは「ファッションセンターしまむら」のような低価格訴求型量販店である。その駐車場に1000万円級モデルの名前が記されているのは、かなりミスマッチだ。さらにウォール型充電器が黒く地味であることが災いしてか、完全に無視されている。
もちろんドイツのドライバー向けというわけではない。だが、ドイツから来た電欠気味のEVユーザーにとって、自国で見慣れたチェーン店に充電器があるのは、灼熱(しゃくねつ)の砂漠で水を見つけたような心境に違いない。
とにもかくにも現時点でイタリアのEV用充電器には、図らずも「ドイツ企業によるドイツ人のための設備」という印象がある。日本で想像すると欧州が一丸となっているように映るかもしれないEVのインフラだが、実はバナキュラーな風景が存在するのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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