第743回:ついに日本再進出! ヒュンダイ改めヒョンデは第2の「ギャラクシー」になる予感
2022.02.10 マッキナ あらモーダ!もはや“韓国車”ではない
韓国ヒョンデ モーターの2022年日本市場再進出が発表された。
かつて同社は2001年に日本での展開を開始したが、販売不振により2009年末に撤退。しかし2021年中ごろから再上陸に意欲を示す本国の幹部発言がメディアでたびたび見られるようになった。それを予告するかのごとく、ブランドの概念を説明するモダンなデザインの日本語ウェブサイトも先に公開されていた。
そこで今回は、筆者が在住するイタリアを中心に、欧州におけるヒョンデの最新事情について記そう。
ヨーロッパ市場におけるヒョンデにとって、2021年は大躍進の年であった。同社発表の資料によると、51万5886台を域内で販売。対前年比では21.6%増となった。とりわけ電動化車両は77%増と大きな伸びを示し、販売した車両の3台に1台を占めた。さらにゼロエミッション車は全台数のうちの14.1%にも上った。
市場占有率でもヒョンデは域内で4.4%を確保した。各国市場におけるシェアを見ても、ドイツ(4.1%)、スペイン(6.7%)、イタリア(3.1%)、そして英国(4.2%)のそれは、いずれも過去最高の記録であったという。
イタリアにいる筆者の肌感覚でも、2021年ごろからヒョンデのスタイリッシュな最新モデルを見かける回数が増えた。わが家のレジデンスの地下ガレージでも1、2台の新型ヒョンデ車が見られるようになって久しい。
付け加えれば、2021年にヨーロッパで販売されたヒョンデ車の72%はトルコ、もしくはチェコ工場製だ。もはや“韓国車”ではないのである。
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20年前のオーナー像
ヒョンデといえば、筆者がイタリアに住み始めた1990年末、そのイメージは今日とはかなり異なっていた。
ご近所の夫婦はリタイア後の足として「ポニー」を愛用していた。同様に、高齢者がお買い得なブランドとして購入するケースをたびたび見たものだ。
セグメントAのシティーカー「アトス」は、郊外で複数台所有するイタリア人家庭の、セカンドカーやサードカー需要が多かった。3ドアで、当時デビューから15年以上を経ていた初代「フィアット・パンダ」に対し、アトスは同程度の価格で5ドアであることが一定の訴求力を発揮していた。同車は歴史的旧市街の住人にも評判がよかった。全長3.5mで全幅1.5m以下という寸法が、昔の馬小屋を流用していることが多い旧市街の狭い車庫に最適だったのだ。
いっぽうで一部モデルは「提携先の三菱車よりも安い」ことも、ユーザーの間で静かな人気を博していた。例えば「ギャロッパー」は初代「三菱パジェロ」のライセンス生産版であった。知人の60代男性は、当時人気があったパジェロとほぼ同じと認識。「プジョー405ブレーク」を下取りにギャロッパーを購入することを真剣に考えていた。
別の知人で2003年当時は美術教師の任にあったアルベルトの家族車は「サンタモ」だった。こちらは2代目「三菱シャリオ」の姉妹車であった。3人の子育て真っ盛りだった彼は、夫婦と義母、そして家政婦を乗せるための最適解としてサンタモを選んだのだった。
いっぽう、セダン系ヒョンデ車は、イタリア国家警察における覆面パトロールカーに採用されていた。交通取り締まり用ではなくいわゆる捜査車両用途であった。あまりに大量導入されたものだから一般向けよりも警察車のほうが目立つといった状況が発生した。日本の警察における「シルバーのスカイライン」のような立ち位置だったといってよい。そのうえ、警察車特有の長いアンテナが付いていたので、クルマに関心があるイタリア人なら、すぐに“面パト”と分かってしまったものである。
当時、わが街シエナのヒョンデ販売店は、まだコープ(生協)横にある民家の1階を借りたものだった。道を挟んだ反対側に、辛うじて数台が置ける展示スペースがあったのを記憶している。
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油断できないリコール
今日の話に戻れば、市場占有率のところで説明したとおり、イタリアでもヒョンデ車の販売は好調だ。より詳しく知るために業界団体UNRAEの2021年新車登録台数を参照すると、セグメントAのカテゴリーでシティーカー「i10」は、トヨタの欧州専用車「アイゴ」に肉薄する1万3510台を販売し、年間ランキング5位に入っている。セグメントCでもSUVの「トゥーソン」が1万4789台を記録。「トヨタC-HR」を抜き、「フォルクスワーゲン・ゴルフ」に次ぐ9位にランクインした。
念のため、リコールについても調べてみた。2021年の欧州におけるリコール件数を集計している「Car-recalls.eu」によると、ヒョンデ車は10車種・10件で、全ブランド中12位だ。2020年の20位より、かなりランクを上げてしまっている。
当然のことながら、リコール制度を論じるとき、過去の自動車業界で発生したさまざまな実例と同様に、それをどう捉えるかはデータを参照する者の判断に委ねられるところが大きい。しかし1位であるメルセデス・ベンツの67件、2位のフォルクスワーゲンの25件と比較すると、数字のうえではかなり低いのも事実だ。
デザイン的観点からすると、ドイツのリュッセルスハイムに開発センターを置くヒョンデのデザインは、過去数年で長足の進歩を遂げたと筆者は観察する。
SUV「トゥーソン」のフロントグリルは、ワイルドであるものの下品に陥ってはいない。
「アイオニック5」は初めて実車を目にしたとき、まず想像よりも大柄で狼狽(ろうばい)したのも事実だ。しかし、過度なエモーションに支配されたカーデザインが跋扈(ばっこ)するなか、そのクリーンな面構成は清潔かつ唯一無二、つまりオリジナリティーが極めて高い。仮に筆者が2台ガレージに収めてよいと言われたら、たとえ予算無制限であってもランボルギーニやブガッティではなく、現状では「テスラ・サイバートラック」とアイオニック5を選びたい。
2021年に発表された「スターリア」は、世界のミニバンのなかで個人的には最良のフォルムだと思っている。日本でも都市景観のため、こうしたデザインのミニバンが普及してほしいものだ。
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販売最前線の人に聞く
販売最前線に立つ人の話も聞いてみよう。トスカーナ州内の2県でヒョンデのショールームを展開するディーラー、スーペルアウトのマッシモ・ラッツェーリ社長に質問してみた。同店は1986年にマルチブランドの店として創業、その後1989年にヒョンデの地区販売代理権を取得した。2006年にはマツダを、後年にはホンダも併売するようになって今日に至っている。
Q.あなたの販売店では、マツダも販売しています。ヒョンデ車とマツダ車との販売比率は?
「過去2年間はヒョンデが3、マツダが1程度の割合で推移しています」
Q.あなたの店で1989年に取り扱いを開始したころのヒョンデと比較して、車両価格は全体的に上昇しています。初期のお客さんをつなぎ留めておくことは可能なのでしょうか?
「ヒョンデは1990年代初頭と比べると、イタリアでのブランド知名度が明らかに向上しています。今日では有名メーカーと比較しても遜色のない品質で、走行距離無制限の5年保証も付いています。もはやローコスト車ではないのです。さらに市場で評価されるべきだと信じています」
「当時のヒョンデの業界シェアは0.5%でした。このブランドに賭けてみる人がほとんどいなかった時代に、そのよさを理解してくださったお客さまを今も誇りに思っています。そして引き続きヒョンデに信頼を寄せてくださるお客さまがたくさんいらっしゃいます」
Q.BEVは今もって割高感が拭えず、かつ競合他車がひしめいています。ヒョンデ製EVにかける期待は?
「今日では各メーカーが、少なくとも1モデル以上でEVの提案をしています。各ブランドはCO2排出量の基準値を超えることによる欧州連合の制裁金を回避するために苦心しています」
「ヒョンデは、あらゆる新しいモビリティー技術を信じ、多額の投資を行っているブランドです。『コナ』のように性能と効率性、航行距離で最先端を行き、優れた価格品質比を持つBEVがあります。アイオニック5は、最初からEVとして開発されたためにテスラの各車や「アウディe-tron」「ポルシェ・タイカン」に技術水準で十分対抗でき、かつ価格がはるかに安い最も先進的な商品です」
「加えてヒョンデは数年前から水素を利用した燃料電池車も生産しています。その最初は『iX35』で、現在は『ネッソ』を生産しています。残念ながら(イタリアでは)水素の流通網が整備されていないため、登録は数台にとどまっているのが現状ですが、この分野ではマーケットの先駆者です」
かつてヒョンデはAおよびBセグメント車において価格を武器にシェアと知名度を拡大した。ラッツァーリ社長の話からは、そのバリューフォーマネー戦略が、電動車でも継承されているのがうかがえる。
これからは、そこに2000年代初頭とは異なるデザインやWRCでの活躍といった付加価値が加わってゆくだろう。
そこで参考になるのはスマートフォンの世界だ。市場参入当初は価格第一指向だったサムスンの「ギャラクシー」はフォールディング式や世界初の5G対応を実現しつつも、引き続き機能対価格比でアピールできる商品を投入し、世界1、2位のシェアに君臨した。
サムスンと同じ、もしくは似た現象をヒョンデは引き起こすかもしれない。
ヘリテージまで語り始めた
今日イタリアではファン組織「ヒョンデクラブ」までもが存在し、定期的なミーティングが開催されている。インターネット上における彼らのフォーラムを訪問すると、すでに2万9000件以上のディスカッションが立ち上げられている。
最後に2021年11月にヒョンデからリリースされた面白いコンセプトカーを紹介しよう。1986年に発表された最高級車、初代「グレンジャー」が誕生35周年を迎えたのを記念して製作されたものだ。
1980年代のスタイリングエレメントを残しつつ、パワートレインはBEVとした。デザイナーたちはレトロフューチャーなムードに変身させることで、未来への新たなインスピレーションを見いだしたという。前後の灯火類には、アイオニック5にも使用したパラメトリックピクセルLEDが採用されている。
冒頭の写真からお察しいただけるとおり、初代グレンジャーは「三菱デボネアV」の姉妹車であった。今回のリリースではそのベース車に関して、まったく触れられていないことが残念だ。
しかしながら、単なるレストアではなく80年代ムードを増幅・再解釈するという試みは一定の評価に値する。
実はヒョンデは2021年春にも、かつてジョルジェット・ジウジアーロがデザインした1974年の初代ポニーを基に電動化したコンセプトカーを発表している。そして、これからもヘリテージシリーズの試みを続けてゆくと明らかにしている。
従来ヨーロッパにおいて、日本ブランドでは語られても韓国ブランドで語られないものといえば「歴史」だった。今回はブランド主導だが、韓国車でもそれが始まる兆しがある。
個人的には、販売面での躍進以上にヒョンデが面白くなってきた。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ヒョンデ モーター/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。