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第227回:ゴミの中でもさすがの気品

2022.03.07 カーマニア人間国宝への道 清水 草一

史上最も狭い後席

数年前から、中古フェラーリ専門店コーナーストーンズに、気になるクルマが置いてある。

といってもフェラーリではない。ランボルギーニでもない。しかも、従業員用駐車場……というか、敷地内のとても狭い空間にいつも置かれている。

その名は「アストンマーティン・シグネット」。トヨタの「iQ」をベースにつくられた、アストン史上最小のクルマである。

ベース車となったiQが登場したのは、リーマンショックさなかの2008年。「トヨタがリーマンショックに対応して、車体をウルトラ切り詰めた!!」というわけではなく、「トヨタが欧州におけるマイクロカー需要の高まりに対応して、気合を込めて開発した!!」というクルマである。

全長は3078mm。軽自動車の3400mmより320mm以上も短いが、その超寸詰まりボディーに後席が付いていたことが最大の特徴だ。この後席、私が知る限り、史上最も狭い後席である。学生時代、先輩の初代「サバンナRX-7」の後席に座り、「足が入らない……」と焦って以来、初めてアレを更新する後席に出合った。

シグネットは、iQをベースに、アストンマーティンがアストンマーティンらしく仕上げたモデルである。そんなことは皆さまご存じでしょうが、なにせパワートレインはiQと同じ。iQは、当初の1リッターモデルなら132万円から買えた。その後1.3リッターモデルが追加されたけど、それでもレザーパッケージで183万円とかそれくらい。なのにシグネットは、約500万円だったのだ。内外装のお化粧で3倍はねぇだろうと、当時私は軽く憤慨したものです。違うのは内外装だけなので、試乗したいとも思いませんでした。

英アストンマーティンの高級コンパクトカー「シグネット」。2011年10月に日本への導入がアナウンスされた。「トヨタiQ」をベースにつくられたアストン史上最小のクルマであるが、内外装の化粧直しでiQの約3倍という当時の価格設定に、実は軽く憤慨したものだった。
英アストンマーティンの高級コンパクトカー「シグネット」。2011年10月に日本への導入がアナウンスされた。「トヨタiQ」をベースにつくられたアストン史上最小のクルマであるが、内外装の化粧直しでiQの約3倍という当時の価格設定に、実は軽く憤慨したものだった。拡大
上質なレザーやステッチなど、インテリアの見える部分は確かにアストンマーティン。英国ゲイドンの本社ファクトリーで、実に150時間かけてアストン化された内装が「シグネット」のハイライトである。
上質なレザーやステッチなど、インテリアの見える部分は確かにアストンマーティン。英国ゲイドンの本社ファクトリーで、実に150時間かけてアストン化された内装が「シグネット」のハイライトである。拡大
ボディーサイズは全長×全幅×全高=3078×1680×1500mmで、ホイールベースは2000mm。軽自動車よりも短いボディーながら実は4人乗り。もちろん後席に大人が座るのはかなり大変で、私は史上最も狭い後席のクルマと認定している。
ボディーサイズは全長×全幅×全高=3078×1680×1500mmで、ホイールベースは2000mm。軽自動車よりも短いボディーながら実は4人乗り。もちろん後席に大人が座るのはかなり大変で、私は史上最も狭い後席のクルマと認定している。拡大
トヨタ iQ の中古車

ATセレクトレバーにゴミ袋

あれから10年以上。iQとシグネットのことは、とっくに忘却の川に流したつもりだったが、コーナーストーンズにシグネットが出現して以来、実はずっと気になっていた。

(そういえばiQとシグネットって、中古相場どうなってんのかな~)

ふとそう思い、ネットを検索して仰天した。

iQは順調に値下がりして平均価格約40万円。一方シグネットは……。

は、はっぴゃく万円~~~~~っ!?

高騰しているのは、フェラーリや「スカイラインGT-R」だけじゃなかった。シグネットも値上がりしていたんですねっ! つーか、アストンってだいたい値下がりしてるので、値上がりしてるのはシグネットくらい! シグネットすげえ!

シグネットのオーナーが誰なのかは知っていた。コーナーストーンズ従業員のスギウラ君である。

私は彼にお願いした。「ちょっと運転させてくれない?」と。

スギウラ君は「えっ、車内汚いっすけど、いいっすか?」と快諾してくれた。

確かに車内はモノだかゴミだかわからないものであふれかえっていて、軽いゴミ屋敷状態だった。最も衝撃的だったのは、ATセレクトレバーにレジ袋(ゴミ袋)が引っかけられていたことだ。アストンのATにレジ袋。それはまさかの光景であった。

しかしこのクルマは、スギウラ君の通勤用。パーフェクトに通勤用として使われているアストンも、かなりまさかの存在である。

いよいよ試乗だ。シグネットはウルトラ小回りを利かせつつ公道に乗り出した。まさか登場から10年ちょいを経て、シグネットに初試乗することになるとは……。

今回試乗させてもらった「シグネット」のオーナーは、中古フェラーリ専門店コーナーストーンズ従業員のスギウラ君。従業員用駐車場の狭い空間にいつも置かれていて、前々から気になっていたのだ。
今回試乗させてもらった「シグネット」のオーナーは、中古フェラーリ専門店コーナーストーンズ従業員のスギウラ君。従業員用駐車場の狭い空間にいつも置かれていて、前々から気になっていたのだ。拡大
メーターは「シグネット」専用デザイン。甲虫類のスカラベをモチーフとした、アストンマーティンのウイングエンブレムがまぶしい。日本で製造した「iQ」を英国に運び、ゲイドンの工場でいったんバラして内外装をシグネットにするという面倒な作業を1台ずつ手作業で行っていた。そりゃ時間もかかるはずである。
メーターは「シグネット」専用デザイン。甲虫類のスカラベをモチーフとした、アストンマーティンのウイングエンブレムがまぶしい。日本で製造した「iQ」を英国に運び、ゲイドンの工場でいったんバラして内外装をシグネットにするという面倒な作業を1台ずつ手作業で行っていた。そりゃ時間もかかるはずである。拡大
スギウラ君の愛車「シグネット」のATセレクトレバーには、ゴミ袋代わりとなるコンビニのレジ袋が引っかけられていた。アストンにレジ袋。この光景はかなりインパクトがあった。普段は通勤用に使用しているとのことなので、こうした状態になってしまうのも納得である。
スギウラ君の愛車「シグネット」のATセレクトレバーには、ゴミ袋代わりとなるコンビニのレジ袋が引っかけられていた。アストンにレジ袋。この光景はかなりインパクトがあった。普段は通勤用に使用しているとのことなので、こうした状態になってしまうのも納得である。拡大

iQからシグネットに買い替えた!?

第一印象は、「足まわりがしなやかだなぁ」ということだった。iQ(ほぼ新車時)はもっとサスが固かった印象があるが、さすがアストンなのか、それともさすが走行12万kmなのか、乗り心地はまさにアストン的である。パワートレインはiQそのものだが、接地感は満点で、実にしっかりした乗り味だ。

そして内装が超絶! ゴミ屋敷でもさすがの気品だ。アストンの気品がゴミに勝ったというべきか。ゴミの中でもエレガンス漂うシグネットは、さすがアストンと言うしかない。

試乗を終えて店に戻り、元の位置に止めたつもりだったが、降りて見たらまだ後方に1mも空間があった。かなりギリまで下がったつもりだったのだが……。アストンじゃなかったシグネットは、空間認識を狂わせるほど短かった。

オレ:スギウラ君、シグネット、乗り心地いいね!
スギウラ:そうですか? もうかなりヘタってきてますけどねぇ。買ったときはもっとよかったんですよ。僕、シグネットの前はiQに乗ってましたけど、それと比べたら断然よかったです。
オレ:えっ、この前はiQだったっけ?
スギウラ:そうでした。通勤用に便利だったんで、3年くらい前にシグネットに買い替えたんです。iQより車高が落ちてて(データ上は同じ)、乗り味はだいぶ違いました。
オレ:お値段もだいぶ違ったよね。
スギウラ:ええ。iQは100万円くらいで買えましたけど、シグネットは350万円しました。

それがまさか800万円になるとは……。

いや、さすがに12万km走ったシグネットに800万円はつかないでしょうが、通勤で12万kmまで使われて、車内がゴミ屋敷になってもまったく気品を失っていないのは、さすがアストンと言うしかない。iQの3倍しただけのことはあるんだネ! 土下座。

(文と写真=清水草一/編集=櫻井健一)

スギウラ君の「シグネット」は、すでに12万kmも走行している。乗り心地がアストン的だったのは各部がヘタってきているせいだろうか。
スギウラ君の「シグネット」は、すでに12万kmも走行している。乗り心地がアストン的だったのは各部がヘタってきているせいだろうか。拡大
試乗を終えてコナストに戻り、元の位置に止めたつもりだったが、降りて見たらまだ後方に1mも空間があった。シグネットは、空間認識を狂わせるほど全長が短いのだ。
試乗を終えてコナストに戻り、元の位置に止めたつもりだったが、降りて見たらまだ後方に1mも空間があった。シグネットは、空間認識を狂わせるほど全長が短いのだ。拡大
スギウラ君の「シグネット」は、センターコンソールがこんな状態になっていた。これを見てアストンマーティンであるとわかる人はそう多くはいまい。世界一実用的に乗られているアストンマーティンかもしれない。
スギウラ君の「シグネット」は、センターコンソールがこんな状態になっていた。これを見てアストンマーティンであるとわかる人はそう多くはいまい。世界一実用的に乗られているアストンマーティンかもしれない。拡大
通勤で12万kmまで使われ、車内がゴミ屋敷になってもまったく気品を失っていないスギウラ君の「シグネット」を見て、やっぱりアストンマーティンはすごいと再認識した。
通勤で12万kmまで使われ、車内がゴミ屋敷になってもまったく気品を失っていないスギウラ君の「シグネット」を見て、やっぱりアストンマーティンはすごいと再認識した。拡大
清水 草一

清水 草一

お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。

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トヨタ iQ の中古車
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