目指すは新しい価値の創造 ホンダとソニーのトップが語ったEV事業提携の意義
2022.03.18 デイリーコラム最初のモデルが登場するのは2025年
ソニーとホンダが電気自動車(EV)の事業で提携――この衝撃のニュースがメディアをにぎわせたのは2022年3月4日のことだった。発表日の「2・3・4」という数字の並びがいかにも「It’s a SONY」だと思ったし、「1・2・3、ダー!」の掛け声で市場投入された初代「プレイステーション」が思い起こされたのは、私が昭和生まれだからだろう。
昔話はさておき、まずはくだんの発表内容を確認しておきたい。両社は2021年夏ごろから協議を開始し、このほど①合弁会社設立、②高付加価値EVの共同開発・販売、③モビリティー向けサービスの提供で合意に至った。今後は2022年中に新会社を設立し、同社より2025年に最初のモデルをリリースすることを目指すとしている。
上記の①~③のうち、②はホンダの実績が生かされる領域であり、③についてはソニーが得意とするところで、それぞれの強みを融合させ、事業化していく場が①の合弁会社となる。プレスリリースでもソニーが「イメージング・センシング、通信、ネットワーク、各種エンターテインメント技術の開発・運営の実績」を、ホンダが「モビリティーの開発力、車体製造の技術やアフターサービス運営の実績」を、それぞれ持ち寄るとしている。
パートナー選びにみる両社の思惑
ホンダの国内向けEVは、現状では2020年夏発売の「ホンダe」のみだが、北米では数年内にラインナップが充実しそうだ。三部敏宏社長の就任から2カ月後の2021年6月、ホンダは北米向け量販EVの第1弾であるSUV「プロローグ」を、2024年初めに発売すると発表した。あわせて、同年内にアキュラブランドからもSUV型EVを発表すること、2020年代後半に新EVプラットフォームを採用したモデルを投入することなど、同マーケットにおけるEV関連情報をまとめて発信。2021年10月には、中国における新型EVの投入計画も明らかにした(参照1、参照2)。
EVプラットフォームの開発は以前からゼネラルモーターズ(GM)と取り組んでおり(参照)、北米向けの大型EVではGMが頼もしいパートナーとなりそうだ。また2021年9月には、車載のコネクテッドサービスについてGoogleと協力していくと発表。こちらも北米向け車両への搭載を予定しているという。
今回のソニーとの提携発表では、こうした既存の取り組みがどうなるのかも気になるところだったが、答えはシンプルだった。新しい取り組みとは別に、GMやGoogleとの協業もこれまでどおり進めていくとのことだ。すなわち、ソニーとの提携は、ホンダにとってあくまでEV事業の一部ということなのだ。
一方、ソニーのこれまでの動向をみると、以前よりEVコンセプトの「SC-1」や「VISION-S」などを発表しており、自らモビリティー事業進出を明言することはなかったものの、その都度「自動車産業参入か!?」と注目を集めてきた。それが、2022年1月のCESでついに「今春に事業会社ソニーモビリティを設立し、EV事業参入の検討を開始する」と表明。いよいよソニー製のクルマが走るのかと、感慨深く思った人も多いだろう。
このときは具体的な計画は語られなかったが、もしソニーが独自のEVを市場投入するとしたら、車両開発や生産の実績を有するパートナー企業が必要と思われた(参照)。どの企業と組むのか? 形式は共同開発なのか生産委託なのか? さまざまな選択肢があるなかで、ソニーはホンダと合弁会社設立を発表。前項で紹介したような“分業”のかたちで、EV事業に参入する道を選んだ。
意外だったのは、ソニーがソニーモビリティとは別に、ホンダとの新会社をつくると決めたことだ。今のところ、ソニーモビリティ自体も詳細な事業内容は明らかになっていないが、両社がどのような体制のもとにEV事業を進めていくのか、気になるところだ。
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「1+1=2」では新しい価値になり得ない
話を3月4日の発表内容に戻すと、センシングやエンタメに強みのあるソニーと、車両開発や生産に実績のあるホンダの協業だが、それが単なる足し算を意図したものかといえば、そうではない。ホンダが目指すのは「自ら主体的に変革を起こし、新しい時代のモビリティーの進化をリードする存在」だ。つまり、単に「移動中にソニーのゲームで遊べるEVをつくること」が目的なのではなく、日本のものづくりをけん引してきた両社が膝を突き合わせるからこそ可能となる、新しい価値の創出が狙いなのだ。
新しい価値の本質がなにかは、フタを開けてみなければわからない。しかし、それはホンダが「スーパーカブ」で二輪車の新たな扉を開いたように、ソニーが「ウォークマン」で若者のライフスタイルを変えたように、後々の製品開発や社会生活に広く影響を及ぼすようなものであるはずで、そうならなければ両社が協業する意味がない。
ソニーグループCEOの吉田憲一郎氏は提携のキーワードとして「セーフティー、エンターテインメント、アダプタビリティー」を挙げる。セーフティーは車両制御だけでなく、決済など多種多様なサービスを実現するためにも欠かせないテーマである。エンターテインメントはソニーが最も得意とする領域だが、モビリティー向けのエンタメ市場はまだ立ち上がっていないも同然。ソニーの本格参入で市場の覇権争いは激化しそうだ。そして、アダプタビリティーは適応や順応といった意味で、目まぐるしく変化する市場への適応、変わり続ける人々の価値観への順応といったところか。
果たして、ソニーとホンダの合弁会社から2025年に発売されるモデルは、“新しい価値”と呼べるものになっているのか。あるいは、両社が価値創出につながると手応えを感じられるものになっているのか。記者会見にて「台数や売り上げなどの“数”を追わない」ことを強調していた両社にとって、そこが提携の成否を分かつことになるだろう。
(文=林 愛子/写真=webCG、ソニー、本田技研工業/編集=堀田剛資)

林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。