第40回:LiDARの使い方が違う! 日産の次世代自動運転技術にみる独創のアプローチ
2022.05.03 カーテク未来招来![]() |
日本の自動車メーカーのなかでも、高度な運転支援技術の導入に積極的に取り組んできた日産自動車。その彼らが、事故回避性能を大幅に高める新しい予防安全システムを発表した。独自の姿勢で“自動運転”の実用化へとアプローチする日産の、最新の施策をリポートする。
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日産があえて「自動運転」と呼んでいた理由
前回のASSB(全固体電池)に続き、日産の未来へ向けた取り組みについて紹介したい。今回、次回と2回にわたり取り上げるのは次世代自動運転技術だ。日産は2016年に、日本で最初の自動運転技術「プロパイロット1.0」をミニバンの「セレナ」に搭載して発売した、この分野ではパイオニア的なメーカーなのだ。
……いま、筆者はあえて“自動運転技術”と書いたのだが、それは日産がプロパイロットの商品化時にそう呼んでいたからである(参照:発売時のニュースリリース)。筆者はこれを勝手に「ゴーンの呪縛」と言っているのだが、要はカルロス・ゴーン氏がまだ社長だった2014年に、本来なら“運転支援技術”とすべきだったものを「自動運転技術の開発スケジュール」として発表してしまったのが理由ではないかとみているのだ。
つまり、当時のゴーン社長が「自動運転技術」として発表したために、日産はプロパイロットの発表時にそう呼ばざるを得なくなった、というのが筆者の勝手な臆測である。ただ傍証として、日産はゴーン氏が去ってから、プロパイロットを運転支援技術と呼び始めたから(参照:「プロパイロット2.0」の発表ニュースリリース)、筆者の臆測もそんなに的外れではなかったのでは? と勝手に思っている。
いずれにせよ、高速道路でアクセルペダルやブレーキペダル、ステアリングをドライバーが操作せずとも、単一車線を走行し続けられるシステムを早期に実用化したのが日産であることは事実。その意味で日産は、自動運転技術の商業化におけるパイオニアの一社と言っていい。
揺らぐパイオニアの地位
その日産における最新のシステムは、国内メーカーとしては初めて高速道路での“手放し運転”を可能にしたプロパイロット2.0であり、2019年に「スカイライン」に搭載され、商品化された。
しかし最近では、ホンダが世界初となる「レベル3」の自動運転システム「Honda SENSING Elite」を「レジェンド」に搭載して発売したり、トヨタ自動車もハードウエア的にはレベル3に対応していると言われる運転支援システム「アドバンストドライブ」を「レクサスLS」や燃料電池車の「ミライ」に採用したりと、日産の優位性が薄らいでいる。
さらに米ゼネラルモーターズは、2023年に一般道での手放し運転を可能にする運転支援システム「ウルトラクルーズ」を実用化すると発表(参照)。各社が見せる新たな取り組みに対し、日産の自動運転技術における“次なる一手”がどのようなものになるか、筆者も注目していた。
そうしたなかで日産は、報道関係者向けに最新の自動運転技術の開発状況を説明するセミナーを開催。そこで明らかにされたのは、他社とは大きく異なる自動運転へのアプローチだった。
「自動運転レベル」を開発目標にすることはない
そもそも自動運転技術の進化に関しては、一般的に「自動運転レベル3、レベル4」と、運転主体のシステムへの移行度合いや、自動運転が可能な走行領域の拡大がひとつの指標とされるケースが多い。筆者自身、自動運転の進歩とは自動化のレベルが上がっていくことと考えていたし、レベルの数字が多いほど技術のレベルも高いと、疑いもなく考えていた。
しかし、日産で自動運転技術の開発を指揮する同社電子技術・システム技術開発本部AD/ADAS先行技術開発部戦略企画グループ部長の飯島徹也氏は、「自動運転のレベルを開発目標にすることはない」ときっぱり語る。ではなにを目指すのか? それは複雑な運転シーンでの事故回避である。
リアルワールドにおける運転シーンのほとんどは、前を走るクルマが止まったから止まる、横断歩道を渡っている歩行者がいるから止まるといった、単純な状況とそれへの対応の繰り返しである。しかしときどき、見通しの利かない交差点でクルマが飛び出してくる、道路に面した駐車場からクルマがバックで出てくるといったような、予測が難しい「複雑な運転シーン」に出くわす。そしてごくまれにだが、側道から出てきたクルマを避けたらその先で歩行者が飛び出してきた、というような、対応が難しい「高度に複雑な運転シーン」が出現する。
飯島氏によれば、世のなかのほとんどの自動運転システムは、「複雑な運転シーン」までしか対応しておらず、その上の「高度に複雑なシーン」には対応できていない、あるいは想定していないという。しかし、リアルワールドで安心して使える自動運転の実現には、こうした「高度に複雑な運転シーン」でも事故を回避できるようにする必要があるというのが日産の考え方だ。逆に言えば、こうした高度に複雑な運転シーンに対応できるようになれば、おのずとレベル3、あるいはレベル4にも到達できるようになるはずだ。飯島氏が「自動運転レベルを目標にはしない」と語った意図はそこにある。
他社と異なる“LiDARを使う意味”
ホンダやトヨタの最新の運転支援システムは、LiDAR(Light Detection and Ranging)と呼ばれるセンサーを使うのが特徴だ。LiDARは、レーザー光線を使って高い精度で物体の形状や物体との距離を測定できるセンサーである。この2社に限らず、世のなかの多くの運転支援システムはカメラとミリ波レーダーをメインのセンサーとして使っており、ごく最近のシステムでLiDARの採用が始まった段階だ。
そして、各社がLiDARを採用する理由は「冗長性の確保」にある。分かりやすく言うと、システムを2重系、場合によっては3重系にし、ひとつの系統に不具合があっても最低限の安全性が保(たも)てるようにしているのだ。例えばホンダのシステムでは、センサーにカメラとレーダーを組み合わせた1系統と、カメラとLiDARを組み合わせた1系統の、合計2つの系統を用意。センサーからの信号を処理するECU(電子制御ユニット)も2つ搭載している。
ところが今回のセミナーで日産が公開した安全技術「Ground truth perception(グラウンド トゥルース パーセプション)技術」は、LiDARをまったく異なる理由で採用していた。それは、突発的に起こった事象に対する素早い対応である。
例えば今回、同乗試乗体験ができたデモに次のようなシーンがあった。クルマが走行していると、道路左脇の駐車場からいきなりクルマがバックで飛び出してくる。それを避けるために右にステアリングを切ると、その先で今度は道路右脇から歩行者が右から飛び出してくる……というものだ。日産の試作車は無事に歩行者の手前で停止することができたのだが、こうした複合的なシーンに対しては、これまでの自動運転システムでは対応が難しかったという。次回は日産がLiDARをどのように活用し、高度な安全性能を実現したのかを検証する。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=日産自動車/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。