第761回:VW系の新ブランド“クプラ”にみる「草食時代のマーケティング」
2022.06.16 マッキナ あらモーダ!デザイン祭りだ、わっしょい
デザインをテーマにした世界最大級のイベント「ミラノ・デザインウイーク」が2022年6月6日から13日まで催された。新型コロナウイルス対策で2020年はデジタル版、2021年9月は縮小版リアル開催となったが、今回は2019年以来となる待望のフルスケール版である。
ウェブサイト『フォーリサローネ・プント・イット』のリストに並んだ出展者は、1061にも及んだ。市内各所では、自社のデザインフィロソフィー解説や新製品の発表、そしてトークショーなどが、例年同様盛んに展開された。
主要自動車ブランドでは、もはや通算13年目の出展となったレクサスをはじめ、アウディ、ポルシェ、BMW、MINIなどが、それぞれ特設会場を借り切るかたちでデザイン関連イベントを繰り広げていた。
筆者が訪れた日の最高気温は32度。例年の開催月であった4月と比べると、とてつもなく暑い。
ようやくその猛暑が収まった夕方、ブレラ地区をぶらついてみた。街区は伝統的な美術学院にちなんで、2009年から「デザイン・ディストリクト」の名のもと、官民挙げてキャラクターづくりを推進してきた。デザインウイークにぴったりのエリアである。
加えて今回は、イタリアの新型コロナ規制の大半が解除されたという高揚感が功を奏したようだ。デザインのファンも、そうでない人も「祭りだ、わっしょい」感覚である。カフェやリストランテの屋外席は、夕食前のアペリティーヴォ(食前酒)の時間帯から満席状態だった。デザインウイークは十数年前から取材しているが、街がここまで盛り上がった回は初めてである。
街区の北にあるガリバルディ駅周辺は、かつて筆者が住むシエナからの長距離バスが発着するような寂しい場所だった。しかし、2015年のミラノ万博を機に高層ビルが立ち並ぶように。それに従い、ブレラ地区から駅に続くコモ通りも、活況を呈するようになった。
その街路でのこと。ひときわ大音量を響かせているショールームがあった。記憶では、少し前までフィレンツェを本拠とするバッグのブランド、ガブスが入っていたところだ。シックな黒いテントに記された文字を読んで驚いた。
クプラがミラノに降臨
クプラではないか。フォルクスワーゲン(VW)グループのスペイン法人、セアトによる新興ブランドである。2018年、当時セアトのCEOを務めていたルカ・デメオ氏(現ルノーCEO)が、従来はセアトのスポーツ仕様の名称であった「Cupra」を“昇格”させるかたちで生まれた。いわばブランド・イン・ブランドである。セアトとクプラについては、第635回でも触れているので参照いただきたい。
当初は既存のセアト車のバッジなど、細部を差し替えたモデルからスタート。続いて2020年に初の独自モデルであるクロスオーバー車「フォーメンター」を追加した。これは「MQB Evo」プラットフォームを活用したセグメントCクロスオーバーで、ガソリン/ディーゼル/プラグインハイブリッドがある。
話をデザインウイークに戻そう。「クプラ・ガレージ・ミラノ」と名づけられたショールームは角地にあって、いずれのドアも広く開放されていた。筆者が入ると例の音楽をかけているDJが真正面で迎えてくれた。店内は満員で、大半は若者である。その日1日かけて市内各所のデザインウイーク協賛企業の会場を巡ったが、ここまで若者の密集率が高い会場は数少ない。よく見ると、一角ではクプラのエンブレム入りプラスチック製グラスでプロセッコが振る舞われている。これが呼び水だったのか。
プロセッコの次に来場者が注目していたのは残念ながらクルマではなかった。クプラが公式自動車パートナーを務める「VR46ライダーズアカデミー」のマシンやレーシングスーツである。ネーミングから想像できるように、MotoGPチャンピオンのヴァレンティーノ・ロッシ選手が後進育成のためにスタートしたプログラムおよびアパレルブランドを指す。そして肝心の自動車ディスプレイはというと……?
クルマの話が場違いなムード
たった1台、「クプラ・ボルン」であった。ブランド初の電気自動車(BEV)である。参考までにボルンとは、スペイン・バルセロナの歴史地区の名称「El Born」に由来する。
そこにはクルマの話をするのは場違いとさえいえるムードが漂っていた。実際、注目度は前述のVR46コーナーのほうが明らかに高い。観察していると、クルマをじっくり見ているのは、比較的年齢が高い人たちである。
それでもクルマの脇にいたスタッフ氏は、丁寧に説明してくれた。
「ボルンはVWの『MEB』プラットフォームを使用した『ID.3』の姉妹車です」。共通ボディーパネルの多さからもそれは明らかだ。さらに筆者が補足するとID.3同様、ドイツ・ツヴィッカウにあるVWグループの最新鋭工場で生産されている。ツヴィッカウといえば、ベルリンの壁崩壊までは、東ドイツを代表するクルマ「トラバント」ゆかりの地……とうんちくを披露したくなったが、これまた雰囲気とあまりに違いすぎるので、ぐっとこらえた。
「オーロラブルー」と名づけられたボディーカラーとともに、筆者がボルンからインパクトを受けたのはダッシュボードだった。昨今のBEVにおける室内の意匠を分析すれば、2代目「日産リーフ」のように、内燃機関車との違いを極力感じさせないようにしたものと、大型、もしくは横長ワイドのディスプレイでハイテクノロジー感を強調したものとに大別できる。ボルンのそれは、そのどちらにも偏っていない。ID.3にも見られるが、特にメーターナセルをあえて小さくすることで、あたかもビデオゲームコンソールのような印象を見る者に与えている。マットゴールドの差し色も、欧州で依然人気が高い「カシオG-SHOCK」の一部モデルのようでクールの一言に尽きる。同時に、力を入れすぎたダッシュボードの造形に対して、なぜかシートのデザインが追いついていないEVが少なくないが、ボルンのそれはダッシュボードと釣り合っている。
コンテナの中では
スタッフの説明はクプラ・ガレージにも及んだ。
「ここは世界6拠点に開設されるクプラ・ガレージのひとつとして、2021年9月に開設されました」
開設の順番としてはメキシコシティ、モナコに次ぐ3番目で、イタリアでは初という。「Garage」とはいうものの、都市型のブランド発信拠点であり、サービス施設は併設されていない。それでも、他のデザインウイーク参加自動車ブランドとは違い、常設であることは大きな強みだろう。実際、彼は「会期終了後にいらっしゃれば、さらにゆっくりクルマをご覧になれますよ」と勧めてくれた。
実はデザインウイーク期間中、クプラはもうひとつアトラクションを用意していた。道を挟んだ反対側に置かれた、長さ12mの大型コンテナだ。「Shared Impulse(共有された衝動)」と名づけられたインタラクティブ型体験施設である。
実は、こちらを先に体験してからクプラ・ガレージへようこそ、というシナリオだったようだ。だが、ほとんどの人々は、音楽が響いて人だかりができているクプラ・ガレージに気をとられ、スキップしてしまっていた。
Shared Impulseの内部ではコンテナ内上部に設けられたモーションセンサーが「上げる」「下げる」「うずまきを描く」といった来場者の手のアクションを読み取り、それからイメージを即座に生成して、ディスプレイに表示する。英伊スタートアップ企業「リアリティー_イズ」とのコラボレーションによって実現したインタラクティブ体験である。
十数分の待ち時間に値するかどうか、筆者としては今ひとつ疑問であったが、前後のビジターはそれほど失望感を示していなかったので、これでいいのかもしれない。
たとえ「いい人」で終わっても
その晩、コンテナを通り抜け、グラスを傾けた若者たちのなかで、クプラの名前を覚えたのは、ひと握りにすぎないだろう。それでも、これから顧客を自動車と遭遇させるには、さりげないものでないといけない。
幸い前述のフォーメンターの2020~2021年欧州域累計販売台数は5万6118台を記録した(参照:カーセールスベース・ドット・コム)。2022年5月には前年同月比で2.2倍の7534台を記録している。クプラブランド全体の浸透度を体感で記せば、筆者が住むイタリアの地方都市周辺でも2022年春から、多い日だと1日に2~3回目撃するようになった。新興ブランドとしては健闘の部類だ。
思えば日本では昭和時代、飛び込み訪問は当たり前。トップセールスにもなると、ガレージに駐車しているクルマを勝手に査定して、その結果をワイパーに挟んでまで顧客の関心を引こうとした。恋愛で言えば「いやよいやよも好きのうち」を狙っていたのである。肉食系だ。
いっぽうクプラのプロモーションは、それとは明らかに異次元である。人に例えれば「スパークリングワインをごちそうしてくれたいい人」で終わってしまうかもしれない。だが、その先を期待しなければ、草食時代のユーザーにはラブコールできないことを、ミラノのショールームは無言のうちに示していたのであった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、クプラ/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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