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可能性は無限大! トヨタとルノーの次世代ハイブリッドに見るトランスミッションの新世界

2022.08.12 デイリーコラム 堀田 剛資

ここにきて登場した2つの新しいハイブリッド

読者諸兄姉の皆さまは、深遠にして奇々怪々な自動車の構成要素の、どこに最も引きつけられるだろう。エンジン? 足まわり? 筆者のココロをくすぐるのは動力伝達系、すなわちギアとクラッチである。

目覚めはトヨタの「THS」で、近年ではダイハツの「デュアルモードCVT」に最上の神秘を感じていたのだが、ここにきて2つのニューフェイスにもいたく感動した。ひとつはトヨタの「1モーターハイブリッドトランスミッション」、もうひとつはルノーの「電子制御ドッグクラッチマルチモードAT」だ。名前を聞いただけでは「なんのこっちゃ?」かもしれないが、前者は新型「トヨタ・クラウン」「レクサスRX」の「デュアルブーストハイブリッド」を、後者は「ルノー・アルカナルーテシア」の「E-TECHハイブリッド」を構成するものと言えば、「ああ、あれね」と分かってもらえるだろう。

このひと月で、立て続けに2つのギアボックスの中身を学ぶ機会に恵まれたので、(需要があるかは知りませんが)忘れる前にここに記しておこうと思う。webCG読者のなかでも精鋭中の精鋭、われこそは機械オタクと号する者よ、であえであえ。……ここまでで、何人の読者が脱落したでしょうね(笑)。

さっそく1モーターハイブリッドトランスミッションから話を始めるのだが、既報のとおり(参照)、これは走行用のモーターを発進用/エンジン切り離し用の2つの湿式多板クラッチで挟み、トランスミッションとセットにしたものだ。動力伝達の経路を文字で表すと「エンジン-エンジン切り離しクラッチ-モーター-発進クラッチ-トランスミッション-デファレンシャル」といった感じ。クラッチは発進用が5枚、エンジン切り離し用が4枚のプレートで構成され、トランスミッションにはプラネタリーギア式の6段ATが組み合わされる。

新しいハイブリッドシステム「デュアルブーストハイブリッド」を搭載した新型「トヨタ・クラウン クロスオーバーRS」のパワートレイン。今回は、高度なパワートレインを支える縁の下の力持ち、トランスミッションのお話である。
新しいハイブリッドシステム「デュアルブーストハイブリッド」を搭載した新型「トヨタ・クラウン クロスオーバーRS」のパワートレイン。今回は、高度なパワートレインを支える縁の下の力持ち、トランスミッションのお話である。拡大
筆者の大好きなダイハツの「デュアルモードCVT」。ベルト式CVTにプラネタリーギアを組み合わせることで、変速比の大幅な拡大と伝達効率の改善を実現している。
筆者の大好きなダイハツの「デュアルモードCVT」。ベルト式CVTにプラネタリーギアを組み合わせることで、変速比の大幅な拡大と伝達効率の改善を実現している。拡大
「1モーターハイブリッドトランスミッション」のカット模型。2つのクラッチを介して、エンジンとトランスミッションの間にモーターを搭載する構造となっている。
「1モーターハイブリッドトランスミッション」のカット模型。2つのクラッチを介して、エンジンとトランスミッションの間にモーターを搭載する構造となっている。拡大
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熱対策とレイアウトの工夫でコンパクト化を追求

これが1モーターハイブリッドトランスミッションのあらましだが、ちょいと詳しい人なら「少し前のドイツの高級車や、『日産フーガ/スカイライン』のハイブリッド車(HV)に使われていたのと同じやんけ」と興ざめするかもしれない。しかしより詳しい人なら、「それをよくFFプラットフォームに押し込んだな!」と感嘆することでしょう。

前述のとおり、このシステムはひところのドイツ製高級HVや、日産フーガ/スカイラインのHV、最近だと「マツダCX-60」のPHEVと機構が似ている。違うところは、それらがいずれもエンジン縦置きのプラットフォームを採用しているのに対し、こちらはパワートレインの長さに制約のある、エンジン横置きのプラットフォームにシステムを収めている点だ。

もちろん、コンパクト化の施策は徹底している。モーターは中央部に穴の開いた円形で、コイルの構造を変えて溶接点数を減らしたり、組み立て方法を変えたりして薄型化を追求。さらにはその“穴”の部分に2つのクラッチを押し込むことで、軸方向のサイズ拡大を防いでいる。先ほどは「モーターを2つのクラッチで挟み~」と述べたが、構造的にはクラッチのほうがモーターの中にあるのだ! 「どうなってるの?」と思う方は、カット模型の写真をご覧いただきたい。……まあ、つぶさに見ても筆者にはちんぷんかんぷんでしたが。

それはさておき、これだけ狭い場所にいろんなものを押し込むとなると、気になるのが熱害だ。そこでモーター内のクラッチについては、プレートの板厚を上げてヒート耐性を向上させたほか、より耐熱性に優れた摩擦材を導入。高電圧電動オイルポンプの採用により、冷却能力も強化したという。

ちなみに、トランスミッションにプラネタリーギア式の6段ATを使ったのも、コンパクト化(とコスト低減)のため。「DCTで高トルクに対応しようとするとどんどんデカくなる」というのは開発者の弁だ。また当記事の趣旨からは離れてしまうが、トランスミッションの直上にインバーターを配置するシステムのレイアウトも、サプライヤーとしては搭載性を高めるための“久々の採用”だったそうだ。こうした技術と工夫の積み重ねで、1モーターハイブリッドトランスミッションは、大型高級車が発生する大トルクを許容しつつ、コンベンショナルなATと置き換えられる良好な搭載性を実現したわけだ。

ちなみにですが、サプライヤー開催の説明会にて筆者が「なんで既存のTHSじゃダメなの?」と尋ねたところ、開発関係者は「従来とは異なる走りを実現したいというメーカーの要望に応えるため、こちらから提案した」とのことだった。氏の言うTHSとは違う走りがどんなものか、早く体験してみたいものである。

2022年6月をもって販売終了となった「日産フーガ ハイブリッド」のパワートレイン。モーター/トランスミッション部分の長さに注目。
2022年6月をもって販売終了となった「日産フーガ ハイブリッド」のパワートレイン。モーター/トランスミッション部分の長さに注目。拡大
「デュアルブーストハイブリッド」を搭載する新型「レクサスRX500h」のパワートレイン。「日産フーガ」のパワートレインとは形状がまったく異なっている。
「デュアルブーストハイブリッド」を搭載する新型「レクサスRX500h」のパワートレイン。「日産フーガ」のパワートレインとは形状がまったく異なっている。拡大
モーターおよびクラッチの断面図。動力伝達の経路的には、2つのクラッチの間にモーターがある仕組みなのだが、実際にはモーターの内部に2つのクラッチが収まっている。
モーターおよびクラッチの断面図。動力伝達の経路的には、2つのクラッチの間にモーターがある仕組みなのだが、実際にはモーターの内部に2つのクラッチが収まっている。拡大
トランスミッションには、サイズやコスト、性能などを考慮してプラネタリーギア式の6段ATを採用。ギア比はかなり高めに設定されているようで、「ハイギア側のギア比は8段ATのそれに相当する」との説明があった。高負荷領域での走行については、低回転から大トルクを発生させられるモーターの特性に頼る考えなのだ。
トランスミッションには、サイズやコスト、性能などを考慮してプラネタリーギア式の6段ATを採用。ギア比はかなり高めに設定されているようで、「ハイギア側のギア比は8段ATのそれに相当する」との説明があった。高負荷領域での走行については、低回転から大トルクを発生させられるモーターの特性に頼る考えなのだ。拡大
オンライン説明会にて話をうかがった開発関係者。上段左からBluE Nexusの森村剛士氏と表 賢司氏、下段左からアイシンの佐藤真吾氏と前塚慎吾氏、デンソーの大村伸治氏。
オンライン説明会にて話をうかがった開発関係者。上段左からBluE Nexusの森村剛士氏と表 賢司氏、下段左からアイシンの佐藤真吾氏と前塚慎吾氏、デンソーの大村伸治氏。拡大

ハイブリッドにドッグクラッチを使うというアイデア

かように運転するのが楽しみなトヨタの新ハイブリッドに対し、実際に運転して「こりゃすげえ」となったのが、ルノーのE-TECHハイブリッドだ。このシステムは、エンジンとメイン/サブの2つのモーターを組み合わせた2モーターハイブリッドで、シリーズハイブリッド走行もパラレルハイブリッド走行もEV走行もエンジン走行もできる、いわゆるフルハイブリッドだ。その中にあって動力のやり取りに活躍するのが、電子制御ドッグクラッチマルチモードATである。

このトランスミッションは、エンジン用の4段ATとメインモーター用の2段ATがセットになったもので、名前にも表れているとおり、その両方にドッグクラッチを採用している。

中身をのぞいてみると、メインモーター用の2段ATは1軸式。エンジン用の4段ATは2軸式で、一方のシャフトには1速と3速、もう一方のシャフトには2速と4速のギアをセット。都合3本のシャフト上にあって、各2枚のギアの間を行ったり来たりしている……クラッチおよびセレクターギアの役割を果たしているのが、ドッグクラッチだ。

その働きをクルマの走行状態に照らして考えると、発進時のE-TECHハイブリッドはEV走行(あるいはシリーズハイブリッド走行)なので、エンジン用4段ATのドッグクラッチは2つともニュートラル。メインモーター用2段ATのドッグクラッチだけが、1速のギアとつながっている。逆に高速巡航などでのエンジン走行時は、エンジン用4段ATのドッグクラッチがギアとつながり、モーター用ATのドッグクラッチはニュートラル状態だ。エンジン用ATとモーター用ATがともにギアを選んでいれば、クルマはパラレルハイブリッド走行中。3つのドッグクラッチがすべてニュートラルの状態なら、完全なコースティング走行……となる理屈だが、ルノーの関係者によると「その制御パターンはない」(≒空走はしない)とのことだった。

ちなみに、ここまで一切話題に上がってこなかったサブモーター(正式名称は「ハイボルテージスターター&ジェネレーター」)は、このATとは離れた場所でエンジンの始動と回転合わせ、シリーズ走行時の発電を担当。減速時にはメインモーターとサブモーターの両方がブレーキエネルギーを回生する。カタログ燃費はアルカナで22.8km/リッター、ルーテシアで25.2km/リッターだ(WLTCモード)。

「E-TECHハイブリッド」はルノーが独自に開発した2モーター方式のハイブリッドシステム。SUVの「アルカナ」、コンパクトカーの「ルーテシア」と、導入が進んでいる。(写真:花村英典)
「E-TECHハイブリッド」はルノーが独自に開発した2モーター方式のハイブリッドシステム。SUVの「アルカナ」、コンパクトカーの「ルーテシア」と、導入が進んでいる。(写真:花村英典)拡大
「E-TECHハイブリッド」に使用される「電子制御ドッグクラッチマルチモードAT」。エンジン用の2軸式4段ATとメインモーター用の1軸式2段ATを組み合わせたものだ。
「E-TECHハイブリッド」に使用される「電子制御ドッグクラッチマルチモードAT」。エンジン用の2軸式4段ATとメインモーター用の1軸式2段ATを組み合わせたものだ。拡大
「電子制御ドッグクラッチマルチモードAT」の模式図(webCGほった作)。ギアの選択と動力の伝達に、ドッグクラッチを使っている点が特徴だ。ギアの組み合わせは全15パターンで、そのうちの12パターンを実際に使用している。
「電子制御ドッグクラッチマルチモードAT」の模式図(webCGほった作)。ギアの選択と動力の伝達に、ドッグクラッチを使っている点が特徴だ。ギアの組み合わせは全15パターンで、そのうちの12パターンを実際に使用している。拡大
ドッグクラッチとは、側面(軸方向)に歯の付いたドッグギアで動力を伝達するクラッチのこと。シャフト上をドッグギアがスライドし、その歯が隣のギアの側面に施されたダボ(凹凸や歯、穴など)とかみ合うことで、動力が伝達される。
ドッグクラッチとは、側面(軸方向)に歯の付いたドッグギアで動力を伝達するクラッチのこと。シャフト上をドッグギアがスライドし、その歯が隣のギアの側面に施されたダボ(凹凸や歯、穴など)とかみ合うことで、動力が伝達される。拡大

歯車と摩擦板にはまだまだ可能性がある

このシステムのすごいところは、構造をシンプルにすることでコンパクトさと伝達効率の高さを同時に実現している点だ。前項をつぶさに読めば分かるとおり、電子制御ドッグクラッチマルチモードATには、動力を伝達したりやりすごしたり、摩擦によって回転合わせをしたりするための多板クラッチや流体継ぎ手がない。動力の遮断はドッグクラッチを抜けばいいだけだし、(ベテランのライダーやレーシングカー乗りならご存じだろうが)回転数が合っていれば、ドグミッションの操作にクラッチは不要なのだ。そしてE-TECHハイブリッドでは、サブモーターが完璧にエンジンの回転合わせをしてくれる。

もろもろの世話をギアとサブモーターに任せたことで、かさばるうえに伝達ロスにもなるクラッチやシンクロナイザーを省略。複雑で幅広い制御を可能にするストロングハイブリッドを、Bセグメントコンパクトのエンジンベイに収めてみせたのである。

走ってみてもユニークで、どこかのギアが常にかみ合っているATは、ダイレクト感がありながらもトルク抜けや変速ショックがなく、ライバルのHVにも負けないくらいスムーズ。しかも燃費も上々で、E-TECHハイブリッドを積んだルーテシアの実燃費は、よほどひどい運転をしない限りは20km/リッターをくだらないと思われた。過去の取材の記録&記憶と照らし合わせると、「トヨタ・アクア」には一歩ゆずるが、「ホンダ・フィット」に対しては同等かちょっと優位。「日産ノート」よりは確実に上……というのが筆者の実感である。あまたのメーカーが小型大衆車用ハイブリッドの自主開発から手を引くなかで、ドッグクラッチを使ってまったく新しいシステムをつくり上げるとは。ルノーのアイデア力と、歯車の未知なる可能性に感服した次第である。

……いかがだっただろう? 後半はギアとクラッチが反目し合う仲となってしまったが、ここまでの3500文字で、筆者が恐れおののいた動力伝達機構の神秘を皆さんと共有できたなら幸いである。

いずれにせよ、ここまで読み進んだアナタはえりすぐりのwebCG読者。機械オタクのなかの機械オタク。誇っていいです。「エンジンこそ自動車の魅力の源」という人も、「電動車の御代に変速機もクラッチもいるか!」という人も、こよいだけは歯車と摩擦板の織り成す深淵(しんえん)に心奪われてほしい。自動車工学の世界は宇宙だ。

(文=webCGほった<webCG“Happy”Hotta>/写真=トヨタ自動車、BluE Nexus、ルノー、本田技研工業、BMW、花村英典、向後一宏、webCG/編集=堀田剛資)

「ルノー・ルーテシアE-TECHハイブリッド」のエンジンルーム。1.6リッターエンジンとモーター、ギアボックス、コントロールユニットがギュウギュウに詰まっている。(写真:向後一宏)
「ルノー・ルーテシアE-TECHハイブリッド」のエンジンルーム。1.6リッターエンジンとモーター、ギアボックス、コントロールユニットがギュウギュウに詰まっている。(写真:向後一宏)拡大
構造がシンプルで素早い変速が可能な反面、変速ショックが大きなドッグクラッチは、バイクやレーシングカーのトランスミッションに採用されることが多かった。
構造がシンプルで素早い変速が可能な反面、変速ショックが大きなドッグクラッチは、バイクやレーシングカーのトランスミッションに採用されることが多かった。拡大
余談だが、ルノーの技術者はレゴで遊んでいてこのシステムの機構を思いついたのだとか。ホンマかいな?
余談だが、ルノーの技術者はレゴで遊んでいてこのシステムの機構を思いついたのだとか。ホンマかいな?拡大
独自のアイデアのもと、まったく新しいハイブリッドシステムをつくり上げたルノーの開発力に脱帽。ギアとクラッチの組み合わせであらゆる制御を可能にするトランスミッションの可能性は無限だ。
独自のアイデアのもと、まったく新しいハイブリッドシステムをつくり上げたルノーの開発力に脱帽。ギアとクラッチの組み合わせであらゆる制御を可能にするトランスミッションの可能性は無限だ。拡大
堀田 剛資

堀田 剛資

猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。

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