スズキ・スペーシア ベースXF(FF/CVT)
アイデアの勝利 2022.11.08 試乗記 「スズキ・スペーシア ベース」は軽乗用車のシャシーをベースとした新しいコンセプトの軽商用車だ。乗ってよし、積んでよし、寝てもまたよし。スペースなどに制限があるなかで実現した三拍子そろった“働くクルマ”には、ニッポンの軽ならではの知恵と工夫が詰まっている。大きく変わる軽商用セクター
軽トラや軽バンといえば、狭い日本でのお仕事各種にとって欠くことのできないコンパクトツールであるとともに、近ごろはキャブコンやバンコンなど、キャンピングカーのベースとしても注目を浴びている。
そんな軽商用車、法人車両の定期更新などが活発化する3月の販売台数を見ると、2022年の場合で4万3720台。日産と三菱(「ミニキャブ ミーブ」を除く)、マツダはスズキから、トヨタとスバルはダイハツからOEM供給を受けており、実質はスズキとダイハツが約9割を寡占、残りの約1割をホンダが「N-VAN」で奮闘しているというかたちだ。
が、この数年で、軽商用セクターを巡る環境は大きく変わりそうだ。直近では2022年10月27日から、軽乗用車の貨物輸送利用が認可された。黒い事業用ナンバーの取得は必須だが、これによって宅配などの小口配送を担う車両の選択肢は大きく広がることになった。そして2023年にはスズキ・ダイハツ・トヨタの連合で、2024年にはホンダが単独で軽商用電気自動車の市場投入をもくろんでいるほか、日本のベンチャー、ASFが設計した佐川急便向けに納入予定の軽規格バンが、一般市場でも展開されるのではという情報も出てくるなど、向こう何年かでパワートレインの代替が進むことは確実視される。
荷室の価値を最大化
これらの状況を勘案すると、従来の軽商用のニーズがシュリンクすることは必定で、それを供給するスズキとダイハツの間をトヨタが取り持てば、従来の軽トラや軽バンがアーキテクチャー共用の協調領域へと移行する可能性もうかがえるのでは――というのが軽商用セクターを取り巻く近未来図ではないかと思う。
そんななか、登場したのが「スペーシア」をベースとした軽商用車、その名もズバリのスペーシア ベースだ。いわゆるスーパーハイトワゴンの4ナンバー化という成り立ちは先行するN-VANに類似しているが、中身のコンセプトは独自色を打ち出している。
その最大のポイントは、荷室部に備えられたマルチボードだ。これを荷室側面に刻まれた3段の溝にはめ込む、もしくは後席と荷室の間に立て掛けることで、都合4パターンのユーティリティーを生み出す。運転席以外のスペースを徹底的に更地化したことで生まれた空間がさまざまな用途とミートするN-VANに対すれば、スペーシア ベースは前2座の平等性は保ちつつ、一枚の板によって乗員のために荷室価値を最大化する、そういう趣旨といえるだろう。
テーブルにもベッドにも
コロナ禍でリモートワークが普及したのはいいけれど、そもそもそんなつもりでマンション買ってないもんだから、俺がテレカンやる部屋がないんだよね……という話は、僕の周りでも何人かから聞く。あるいは家に居すぎるから家族の機嫌が悪いとか、家にこもってばかりで気がめいるとか、そういうボヤキネタもこのところは随分と耳にしてきた。
そんなオジさんたちの目をくぎ付けにしたのが、スペーシア ベースの荷室だ。マルチボードを上段に設置し、畳んだ後席の背部を座面にすれば、広々としたデスクスペースが出来上がる。実際に設営してみると着座姿勢的には事務机&椅子とちゃぶ台&座椅子の間という感じで、一日とは言わずとも半日程度の机仕事なら十分こなせそうな空間が出来上がった。ちなみにこのモードのみ、法規的に走行時にネットでマルチボードを固定する必要があるが、なんならマルチボードを一段低いところに収めるのも慣れてしまえばあっという間だ。ただし重量は5.5kgと、細腕の女性にはちょっと荷が重いのが玉にきずだろうか。
その中段モードは荷室の高さ方向の有効活用や趣味の作業も行えるフラットテーブルとして、下段モードは倒した前席とつなげて車中泊にも対応するフルフラットスペースに、そして後席部と荷室部を分割するモードはペットケージを荷物と分けて載せられる……と、さまざまな使い方がカタログやウェブサイトで紹介されている。
軽さが効いている
加えてスペーシア ベースの美点を挙げるなら、軽商用にして前席の2人にとってはうれしい快適性の高さだろう。最大積載量を2人乗車時200kgに抑える前提で(軽バンは350kg)、サスもタイヤも前席も軽乗用のスペーシアと同じものを用いつつ、負荷対応に最小限のチューニングを加えている。ゆえに乗り心地は4ナンバーとは思えないほどしっとりしており、エンジンのうなりや風切りなどの透過音も小さく抑えられるなど、長距離のドライブでも疲れは小さそうだ。ただし後席は軽商用の法規的制約もあって、1マイル送迎的な緊急用途にしか適さない。基本は1~2人乗りと、そのあたりはかっちり割り切っている。
コーナリングも高重心の割には自然なロールに仕上げられていて、感動もないが不満もない。足まわりの設定もさることながら、なによりライバルよりひと回り軽いという地力が生きている。ゆえにハイブリッドではないつるしの自然吸気エンジンでもそれなりに走ってくれるわけだが、この走りの質感を知るにつけ、多くのユーザーが望むのはやはりストレスフリーなターボユニットの搭載だろう。
そういう意味でも4ナンバーでありながら、ビジネスより個人的需要をより深くくみ取ろうというのがスペーシア ベースであって、この立ち位置であればN-VANとガチで当たることはないだろう。それにしても妄想してしまうのは、前述の軽商用を取り巻く状況いかんでは、このスペーシア ベースやN-VANのように、民生側にアイデアを寄せた4ナンバーがいち勢力化する可能性だ。1980年代のボンネットバンブームの終焉(しゅうえん)以降はコモディティー化をまい進したかにみえるセクターが再び活性化すれば、軽全体の成り立ちにも面白い効果をもたらすかもしれない。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
スズキ・スペーシア ベースXF
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1800mm
ホイールベース:2460mm
車重:870kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:52PS(38kW)/6500rpm
最大トルク:60N・m(6.1kgf・m)/4000rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:21.2km/リッター(WLTCモード)
価格:154万7700円/テスト車=188万8315円
オプション装備:全方位モニター用カメラパッケージ(4万6200円) ※以下、販売店オプション フロアマット<ジュータン・ノーブル>(1万4465円)/スタンダードプラス8インチナビ<パナソニック>(17万1105円)/オーディオ交換ガーニッシュ(4400円)/アンテナセット(1万4080円)/カメラコントロールキット(2万7115円)/ナビ電源ハーネス(4400円)/ETC車載器<ビルトインタイプ>(2万1120円)/ドライブレコーダー(3万7730円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:1107km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:233.0km
使用燃料:11.3リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:20.6km/リッター(満タン法)/19.8km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
BYDシーライオン6(FF)【試乗記】 2026.2.23 「BYDシーライオン6」は満タン・満充電からの航続可能距離が1200kmにも達するというプラグインハイブリッド車だ。そして国内に導入されるBYD車の例に漏れず、装備が山盛りでありながら圧倒的な安さを誇る。300km余りのドライブで燃費性能等をチェックした。
-
アルファ・ロメオ・トナーレ ハイブリッド インテンサ(FF/7AT)【試乗記】 2026.2.22 2025年の大幅改良に、新バリエーション「インテンサ」の設定と、ここにきてさまざまな話題が飛び交っている「アルファ・ロメオ・トナーレ」。ブランドの中軸を担うコンパクトSUVの、今時点の実力とは? 定番の1.5リッターマイルドハイブリッド車で確かめた。
-
トライアンフ・トライデント800(6MT)【海外試乗記】 2026.2.20 英国の名門トライアンフから、800ccクラスの新型モーターサイクル「トライデント800」が登場。「走る・曲がる・止まる」のすべてでゆとりを感じさせる上級のロードスターは、オールラウンダーという言葉では足りない、懐の深いマシンに仕上がっていた。
-
マセラティMCプーラ チェロ(MR/8AT)【試乗記】 2026.2.18 かつて「マセラティの新時代の幕開け」として大々的にデビューした「MC20」がマイナーチェンジで「MCプーラ」へと生まれ変わった。名前まで変えてきたのは、また次の新時代を見据えてのことに違いない。オープントップの「MCプーラ チェロ」にサーキットで乗った。
-
アルファ・ロメオ・ジュリア クアドリフォリオ エストレマ(FR/8AT)【試乗記】 2026.2.17 「アルファ・ロメオ・ジュリア」に設定された台数46台の限定車「クアドリフォリオ エストレマ」に試乗。アクラポビッチ製エキゾーストシステムの採用により最高出力を520PSにアップした、イタリア語で「究極」の名を持つFRハイパフォーマンスモデルの走りを報告する。
-
NEW
右も左もスライドドアばかり ヒンジドアの軽自動車ならではのメリットはあるのか?
2026.2.25デイリーコラム軽自動車の売れ筋が「ホンダN-BOX」のようなスーパーハイトワゴンであるのはご承知のとおりだが、かつての主流だった「スズキ・ワゴンR」のような車型に復権の余地はないか。ヒンジドアのメリットなど、(やや強引ながら)優れている点を探ってみた。 -
NEW
第950回:小林彰太郎氏の霊言アゲイン あの世から業界を憂う
2026.2.25マッキナ あらモーダ!かつて『SUPER CG』の編集者だった大矢アキオが、『CAR GRAPHIC』初代編集長である小林彰太郎との交霊に挑戦! 日本の自動車ジャーナリズムの草分けでもある天国の上司に、昨今の日本の、世界の自動車業界事情を報告する。 -
NEW
ルノー・グランカングー クルール(FF/7AT)【試乗記】
2026.2.25試乗記「ルノー・グランカングー」がついに日本上陸。長さ5m近くに達するロングボディーには3列目シートが追加され、7人乗車が可能に。さらに2・3列目のシートは1脚ずつ取り外しができるなど、極めて使いでのあるMPVだ。ドライブとシートアレンジをじっくり楽しんでみた。 -
NEW
第862回:北極圏の氷上コースでマクラーレンの走りを堪能 「Pure McLaren Arctic Experience」に参加して
2026.2.25エディターから一言マクラーレンがフィンランド北部で「Pure McLaren Arctic Experience」を開催。ほかでは得られない、北極圏のドライビングエクスペリエンスならではの特別な体験とは? 氷上の広大な特設コースで、スーパースポーツ「アルトゥーラ」の秘めた実力に触れた。 -
ボルボEX30クロスカントリー ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(4WD)【試乗記】
2026.2.24試乗記ボルボの電気自動車「EX30クロスカントリー」に冬の新潟・妙高高原で試乗。アウトドアテイストが盛り込まれたエクステリアデザインとツインモーターからなる四輪駆動パワートレイン、そして引き上げられた車高が織りなす走りを報告する。 -
エンジニアが「車検・点検時に注意すべき」と思う点は?
2026.2.24あの多田哲哉のクルマQ&Aすっかりディーラー任せにしている車検・点検について、ユーザーが自ら意識し、注視しておくべきチェックポイントはあるだろうか? 長年トヨタで車両開発を取りまとめてきた多田哲哉さんに意見を聞いた。
















































