第263回:激走! ジャンプ! 還暦トムが世界を救う
『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
2023.07.20
読んでますカー、観てますカー
バイクで1200メートル下にダイブ
この間、海辺を散歩していて岩場で足を滑らせた。その時に無理な体勢でこらえたことがアダとなり、ギックリ腰が再発してうまく歩けないでいる。年を重ねれば体に不調が生じるのは仕方がないことだが、自分よりわずか2歳下の男が今も全力でアクションシーンを演じているのを見ると情けなくなった。
トム・クルーズは今年61歳。シリーズ第7作となる『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』で、これまで以上の危険なスタントを見せている。コロナ禍で公開が遅れたから、撮影していた時はギリギリ還暦前だったはずだ。それにしても、超人的である。同じ1962年生まれというと、石塚英彦、六角精児、軽部真一といった面々なのだ。
予告編やCMで繰り返し流されているバイクで崖から飛び降りるシーンも、スタントマンは使っていない。トム自身がイーサン・ハントとして「ホンダCRF250」にまたがり、1200メートル下の谷に向かってダイブするのだ。パラシュートが開くのは、地上150メートルである。完璧を期すために7回繰り返したという。しかも、その前に別の場所に特設コースを作り、シミュレーションを行っていた。15カ月かけて536回ジャンプしたそうだ。迫力ある映像の裏には、地道な努力が隠されている。
いつもならアバンタイトルでこのような目玉のアクションがあったが、このシーンが登場するのは終盤である。冒頭で映し出されるのは、ベーリング海でテストを行うロシアの潜水艦セヴァストポリ。ステルス機能があり、隠密行動を得意とする。姿を隠すため、最後に確認された位置情報のみを使って航路を計算している。航海用語でデッドレコニングと言う。推測航法だ。
電子機器を無効化する“エンティティー”
セヴァストポリは敵艦が近づいていることに気づく。見えないはずなのに、魚雷を撃ってきた。命中を覚悟した瞬間、魚雷の姿はモニターから消滅。安心したのもつかの間、セヴァストポリは爆発して沈没した。潜水艦の探知システムに何らかの異常が発生していたらしい。
アムステルダムでは、イーサン・ハントが新たな指令を受け取っていた。例のごとく、テープの音声である。聞き終わると煙が出て自動的に破壊される。テクノロジーが進んでも、この儀式に変わりはない。ハントは勇躍イエメン国境の砂漠に飛ぶ。そこにいたのは、イルサ・ファウスト(レベッカ・ファーガソン)。『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』で初登場した女スパイだ。5000万ドルの賞金がかけられているから、バウンティハンターが襲ってくる。2人でなんとか撃退し、彼女から鍵を受け取った。
それは、“エンティティー”なるデバイスに関連しているものらしい。entityとは、存在、実在、実体といった意味で、哲学用語としても使われる。要するに、なんだかよくわからないものということだ。マクガフィンなのだろう。字幕では苦しまぎれに“それ”という訳語になっていた。音声ではエンティティーと言っているのに、“それ”と書いてあるから戸惑う。1979年の『サンゲリア』で人々が「ゾンビだ!」と叫ぶと“サング”と字幕で表示されたのを思い出した。
エンティティーはスーパーハッキングツールで、インターネットに接続されているあらゆるコンピューターシステムに入り込んで暗号を解読し、侵入したサーバーからデータを迅速に吸収して自身の痕跡を削除する。画像やビデオを改ざんし、閲覧者をだましてそこに存在しない画像を見せるのは得意技だ。実在の人間になりすまして、テキストや音声通信を通じてその行動を模倣することもできる。
ChatGPTなどの生成AIが問題になっている現在、タイムリーな設定ともいえる。映画が撮影されたのはコロナがまん延していた2020年だから、まだChatGPTは公開されていない時期だ。とにかく、これで電子機器に頼った戦いはできなくなる。これまではベンジー・ダン(サイモン・ペッグ)やルーサー・スティッケル(ヴィング・レイムス)のハッキングテクニックに助けられてきたが、それが不可能になるのだ。昔ながらのカンや度胸で戦うしかない。
ローマ市街で500 vs ハマー
それは、『ミッション:インポッシブル』という作品にとっては喜ばしいことでもある。電脳空間で勝負が決まってしまうようでは面白くない。“肉体派”のトム・クルーズにとっては、生身の体で戦うことが望ましい展開である。もちろん、カーチェイスでもトムがステアリングを握っている。ローマ市街を封鎖して撮影した。「BMW 540i」のハイスピードドリフトもいいが、今回の見どころはEVの「フィアット500」である。といっても、日本でも手に入れることができる現行モデルの「500e」ではない。『ルパン三世カリオストロの城』にも登場する「ヌオーバ・チンクエチェント」をコンバートEVに仕立てているのだ。
小回りがきくからローマ市街では有利な面もある。しかし、追っ手が乗っているのは軍用「ハマー」なのだ。パワーでガンガン迫ってくるから逃げるのは簡単ではない。バックで階段下りするというスゴ技を見せるが、ハマーはそのへんのクルマをボコボコにしながら追跡をやめない。そういう派手な場面ばかりの大味な映画なのかというと、実は小技も凝っている。スリ映画という側面もあるのだ。鍵があっちに行ったりこっちに戻ったり、手先の器用さが重要な意味を持つ。
スパイと泥棒が活躍するから、だましだまされの世界でもある。仁義なき戦いなのだが、映画を通じて訴えられているのは驚くことに正義と真実の大切さなのだ。「義を見てせざるは勇なきなり」「過ちては改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」「徳は孤ならず必ず隣あり」といった孔子の言葉が思い浮かぶ。トムが『論語』を読んでいるとは思えないが、この映画を通じて「君たちはどう生きるか」と問いかけているように感じた。
PART ONEとされていることでわかるように、来年には続編が公開される。還暦超えのトムだが、アクションを代役に譲る気持ちはないようだ。無事を祈りたい。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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