第269回:911の7段MT
2023.10.16 カーマニア人間国宝への道大トロよりもアジの干物が食べたい
「近々『ポルシェ911カレラT』にお乗りになりますか。加えて、『ランボルギーニ・ウラカン テクニカ』と『BMW XM』にも試乗できそうです。どれになさいますか」
サクライ君からのメールに、私は即返信した。「もちろん911カレラT!」と。
ウラカン テクニカはウラカンの最終兵器、XMはBMWのスーパーSUVだが、そういった大トロみたいなクルマより、サッパリしたアジの干物が食べたい年頃なのである。
実を言えば、新しい911カレラTがどういうクルマか詳しく知らなかったが、「T」とつくのはアジの干物のはず。後からPCで検索し、2シーターの軽量バージョンだと知って「思ったより脂っこいな」と感じたが、パワーはカレラそのままで軽量化を果たし、しかもMTが標準というのだから、3台のご馳走(ちそう)のなかからカレラTを選んだのは正解だった。
いつものように夜8時、サクライ君が自宅にやってきた。911カレラTの運転席に座ってシフトレバーに触る前にひとこと。
オレ:これ、7速?
サクライ:7速です。
うおおおお、ポルシェ911の7段MT。触るのはいったい何年ぶりだろう。
記憶にあるのは、先代(991型)の登場間もない頃、つまり10年ちょっと前に箱根ターンパイクで「カレラ」に試乗したときのみだ。2回目がやってくるなんて、カーマニアとしてまさかのシアワセ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
なにもかもが最高だ!
杉並区の住宅街を走りだしてすぐ、私は深い感銘に打たれた。
オレ:サクライ君、これ、いいね!
サクライ:いいですよね。
オレ:このクルマには、昔のままのポルシェが生きている。「930」の香りがする! それってすごいことだよ! だっていまのフェラーリには、「328」の味わいなんてカケラも残っていないもん!
サクライ:確かにカケラもありませんね。
オレ:328なんて荷車にエンジン載せただけみたいなクルマだけど、いまのフェラーリは全部宇宙ロケットになっちゃってるからさ! ところがポルシェはいまでも荷車の匂いを残してる。素晴らしいことだよ!
サクライ:素晴らしいと思います。
930の残り香は、MTゆえに濃厚に感じ取れる。しかも7速。MTの段数が多いということは、そのぶんめんどくさいわけで、カーマニア的には善である。4段だった「930ターボ」に対する郷愁はない。MTの段数は多ければ多いほどいい。
MTの4速くらいまでを使いながら一般道を走って、首都高に乗り入れた。エンジンは水平対向6気筒の3リッターターボで385PSである。
オレ:ほとんどターボを感じさせないね!
サクライ:NAみたいですよね。
オレ:パワーも過剰じゃないし、乗り心地もイイ。動きもイイ。なにもかもが最高だ!
サクライ:最高です。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
なぜポルシェを買わなかったのか?
30年とちょっと前、私は大乗フェラーリ教を開くにあたって、「ポルシェはハイエースの仲間」と言い切った。どっちも“働くクルマ”であるという意味だ。
ポルシェには、速く走るというお仕事がある。その目的のために働く。しかしフェラーリは速く走れない。まったく役に立たない。そこには世俗的な目的はない。神に似ている。そう規定したのである。
しかし現在、ポジションはまるで変わった。フェラーリが観光用宇宙ロケットになったのに対して、ポルシェは古き良きスポーツカーの香りを残している。昔のフェラーリのようなクルマはもう存在しないが、私は観光用宇宙ロケットよりも、古き良きスポーツカーのほうに心を引かれる。中高年ですから!
オレ:でもさ、これだったら、991カレラ前期型の7MTのほうがもっとよかったなぁ。
サクライ:NAでしたからね。
オレ:値段だって、いまじゃ信じられないくらい安かったし(1117万円)。あれは俺が知る限り最高のポルシェだった。「カレラS」よりカレラのほうが乗り味がしっとりしなやかで、本当に最高だったよ!
サクライ:清水さんはなぜ一度もポルシェを買ってないんですか?
オレ:そんなの無理だよ! オレには寄り道はできなかった。だいたいさ「フェラーリも好きだけどポルシェも最高」なんて言ったら、普通のカーマニアじゃん!
サクライ:確かに普通ですね。
自分はフェラーリ崇拝を極めることで、自らのポジションをはっきりさせる必要があったのである。しかしそれでも、いまはしみじみ思う。素の911のマニュアル、いいなぁと。
(文=清水草一/写真=清水草一、webCG/編集=櫻井健一)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第319回:かわいい奥さんを泣かせるな 2025.9.22 清水草一の話題の連載。夜の首都高で「BMW M235 xDriveグランクーペ」に試乗した。ビシッと安定したその走りは、いかにもな“BMWらしさ”に満ちていた。これはひょっとするとカーマニア憧れの「R32 GT-R」を超えている?
-
第318回:種の多様性 2025.9.8 清水草一の話題の連載。ステランティスが激推しするマイルドハイブリッドパワートレインが、フレンチクーペSUV「プジョー408」にも搭載された。夜の首都高で筋金入りのカーマニアは、イタフラ系MHEVの増殖に何を感じたのか。
-
第317回:「いつかはクラウン」はいつか 2025.8.25 清水草一の話題の連載。1955年に「トヨペット・クラウン」が誕生してから2025年で70周年を迎えた。16代目となる最新モデルはグローバルカーとなり、4タイプが出そろう。そんな日本を代表するモデルをカーマニアはどうみる?
-
第316回:本国より100万円安いんです 2025.8.11 清水草一の話題の連載。夜の首都高にマイルドハイブリッドシステムを搭載した「アルファ・ロメオ・ジュニア」で出撃した。かつて「155」と「147」を所有したカーマニアは、最新のイタリアンコンパクトSUVになにを感じた?
-
第315回:北極と南極 2025.7.28 清水草一の話題の連載。10年半ぶりにフルモデルチェンジした新型「ダイハツ・ムーヴ」で首都高に出撃。「フェラーリ328GTS」と「ダイハツ・タント」という自動車界の対極に位置する2台をガレージに並べるベテランカーマニアの印象は?
-
NEW
第846回:氷上性能にさらなる磨きをかけた横浜ゴムの最新スタッドレスタイヤ「アイスガード8」を試す
2025.10.1エディターから一言横浜ゴムが2025年9月に発売した新型スタッドレスタイヤ「アイスガード8」は、冬用タイヤの新技術コンセプト「冬テック」を用いた氷上性能の向上が注目のポイント。革新的と紹介されるその実力を、ひと足先に冬の北海道で確かめた。 -
NEW
メルセデス・ベンツGLE450d 4MATICスポーツ コア(ISG)(4WD/9AT)【試乗記】
2025.10.1試乗記「メルセデス・ベンツGLE」の3リッターディーゼルモデルに、仕様を吟味して価格を抑えた新グレード「GLE450d 4MATICスポーツ コア」が登場。お値段1379万円の“お値打ち仕様”に納得感はあるか? 実車に触れ、他のグレードと比較して考えた。 -
NEW
第86回:激論! IAAモビリティー(前編) ―メルセデス・ベンツとBMWが示した未来のカーデザインに物申す―
2025.10.1カーデザイン曼荼羅ドイツで開催された、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。そこで示された未来の自動車のカタチを、壇上を飾るニューモデルやコンセプトカーの数々を、私たちはどう受け止めればいいのか? 有識者と、欧州カーデザインの今とこれからを考えた。 -
NEW
18年の「日産GT-R」はまだひよっこ!? ご長寿のスポーツカーを考える
2025.10.1デイリーコラム2025年夏に最後の一台が工場出荷された「日産GT-R」。モデルライフが18年と聞くと驚くが、実はスポーツカーの世界にはにわかには信じられないほどご長寿のモデルが多数存在している。それらを紹介するとともに、長寿になった理由を検証する。 -
NEW
数字が車名になっているクルマ特集
2025.10.1日刊!名車列伝過去のクルマを振り返ると、しゃれたペットネームではなく、数字を車名に採用しているモデルがたくさんあります。今月は、さまざまなメーカー/ブランドの“数字車名車”を日替わりで紹介します。 -
カタログ燃費と実燃費に差が出てしまうのはなぜか?
2025.9.30あの多田哲哉のクルマQ&Aカタログに記載されているクルマの燃費と、実際に公道を運転した際の燃費とでは、前者のほうが“いい値”になることが多い。このような差は、どうして生じてしまうのか? 元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。