ミニバン開発にはどんな難しさがあるのか?

2023.11.14 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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ボルボが、ブランド初の電動ミニバン「EM90」を発表しました。とはいえミニバンについては、近年ありとあらゆるメーカーがラインナップに加えているSUVほど、開発が盛んという印象はありません。はやりもあるのでしょうが、ミニバンづくりに難しい点があるとすれば、どんなところでしょうか。

従来のミニバン開発で特に難しい点を挙げるとすれば、ひとつは「エンジンの搭載位置」。あとは「衝突安全性の確保」です。

トヨタのミニバンの歴史を振り返ってみますと、ミニバンブームの初期に出た初代「エスティマ」は、天才タマゴとうたったように、運転席の下にエンジンを積むという独特なパッケージを採用することで、実用性とその人気を高めました。

それが後にエンジンの搭載位置をオーソドックスなフロントに移していった最も大きな要因は、衝突安全でした。正面からぶつかったときに、(エンジン本体はつぶれにくいものの)エンジンルームを含むクラッシャブルゾーンを確保することを重視したわけです。

SUVがこれほどまでに広まった理由のひとつは、言ってしまえば「どのメーカーでも既存のセダンの背を高くしただけでつくれてしまうから」です。その意味ではミニバンもセダンの応用でつくれないわけではないですが、SUVに比べるとハードルは高い。先に挙げたエンジンの位置や衝突安全対策のほか、フロアの低床・フラット化、そしてガソリンタンクのレイアウトなども考慮しなければなりませんし、デザインもブランドのアイデンティティーを表現しつつつくり直す必要があるなど、さまざまな工夫が要求されます。“ありもの”でチョイチョイと……などというわけにはいかないのです。

こうした技術的なことだけでなく、経営戦略的にもメーカーがミニバン開発に二の足を踏むところはあると思います。全世代に支持されるSUVに比べたら、ミニバンは「子育てが終わったらそれまで」という、マーケットが小さいイメージがありますし……。ただ、ボルボEM90や「レクサスLM」に代表される高級ミニバンのような潜在的マーケットもありますから、メーカーにとって、決して魅力のないカテゴリーではありません。プレミアムなEVミニバンは特にアジアの富裕層の需要が高く、トレンドのひとつになる可能性もあります。

いまの時代、エンジンの位置がどうあれ安全性を高められるだけの技術はあります。そしてフル電動の時代ともなれば、ボルボの例に見られるとおり、ほかにEVを手がけた実績があれば、そのミニバンバージョンも比較的容易に開発されるようになるでしょう。

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。