ヤマハ・トレーサー9 GT+ ABS(6MT)
ハイテクの権化 2023.11.20 試乗記 ヤマハの高性能スポーツツアラー「トレーサー9 GT」に、ハイテクを満載した上級モデル「トレーサー9 GT+」が登場! 自慢のアダプティブクルーズコントロールや、世界初のレーダー式ブレーキアシスト機能「レーダー連携UBS」の仕上がりを確かめた。緊急時のブレーキ操作をアシスト
クローズドスペースで、ヤマハのスポーツツーリング「トレーサー9GT+ ABS」に乗って前走車を追いかける。クルマからはバーが横に伸ばされ、反射板の役割を果たす三角のボードが貼られている。
50km/h前後でボードに近づき、事前にスタッフの人から指示されたとおり、リアブレーキをABSが利くほどに強く踏む、と……オオッ! 目の前のディスプレイにオレンジ色の警告表示が瞬き、バイク全体が上から押さえられたかのように減速する。ブレーキレバーを握らなかったにもかかわらず自動でフロントブレーキも作動し、前後合わせた制動力は思いのほか強力だ。すぐに遠ざかっていく前走車。
一定の速度で走るクルマに向かって、何度も速度やブレーキを踏むタイミングを変えながらトライする。最初のおっかなビックリから次第に自信を深めて、「あわや接触!?」という距離まで詰めても、GT+は懐深く落ち着いて速度を殺してくれる。
ヤマハの最新モデルに搭載されたレーダー連携UBS(Unified Brake System)、素晴らしいですね! 危なげなくライダーの緊急ブレーキをアシストしてくれる。もちろん、実際にはライダー自身が前後同時にブレーキをかけるはずだが、それでも想定される理想の制動力に届かない場合に、バイク側がさらにブレーキを追加する。レーダー連携UBSは、つまり高機能な前後連携ブレーキというわけだ。
テストコースで試した限り、ライディングスキル的に凡庸なライダー(←ワタシです)にとっても十分に実用的。ロングツーリングの帰路など、知らないうちに疲労が蓄積してボンヤリ走っている時など、「付いててヨカッタ!」と感謝する場面が出てくるんじゃないでしょうか。安全第一。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
多岐にわたるベースモデルからの変更点
今回、ヤマハのラインナップに新たに加わったトレーサー9GT+ ABSは、排気量888ccの直列3気筒(最高出力:120PS、最大トルク:93N・m)を搭載したツーリングモデル「トレーサー9GT ABS」(149万6000円)の、いわば上位版である。無印トレーサーより33万円高い182万6000円のプライスタグを付ける。
ユーザーの目につきやすい変更点は、ノーマルGTが3.5インチフルカラーTFTメーターをダブルで装備するのに対し、GT+ではディスプレイが7インチの大型液晶ひとつにまとめられたこと。最新モデルらしく、Bluetoothを介してスマートフォンをつなげられるのもうれしい。
「走り」の面では、ヤマハ初となるレーダーユニットの採用が最大のトピック。組み合わされるブレーキやサスペンションの電子制御も進化させ、高速道路などで前を行くクルマとの車間距離を一定に保って巡行する「ACC(アダプティブクルーズコントロール)」機能や、先に紹介したレーダー連携UBSを実装した。
また、これまでエンジンやトラクションコントロールなど、各制御の設定を個別にセットしていたライドコントロールに、「スポーツ」「ストリート」「レイン」とデフォルトのセットメニューが導入されたのも新しい(制御を個別に設定できる「カスタム」モードも用意される)。元来トレーサー9 GTが「凝り性のベテランライダー向け」と見なされていたので、設定されていなかったのだとか。GT+で値段は上がったが、間口は広がった!?
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
退屈な高速巡航もこれなら快適
さて、ユニファイドブレーキ以上にお世話になるであろうACCも、周回コースで体験できた。ざっくり言うと四輪車でおなじみのそれを踏襲したもの。メインスイッチで機能をスタンバイして、セットスイッチで起動。続いて巡航速度を設定。先行車との車間距離(ヤマハは「車間時間」と呼ぶ)は4段階で調整可能だ。コーナリング中は加速を抑制したり、追い越し時にはウインカー操作に連動して加速力を高めたり、といった機能も備わっている。
テスト走行ではギアを5速または6速に入れ、前車に追従する。トレーサーは速度変化にも従順に対応し、加減速は穏やか。安心感が高く、乗り手はほぼのんびりとシートに座っていられる。エンジンのアウトプットに余裕があるトレーサーと自動で速度を調整するACC機能とは相性がいい。自車が追い越し車線に出て前がいなくなった際の加速は活発で、割り込みされた場合の減速もしっかりしている。後者の例では、公道ではライダーがブレーキをかける状況も発生するだろうが、いざとなればレーダー連携UBSが手助けしてくれるはずだ。
考えてみれば、というか、別に考えなくとも四輪車と比較して二輪車の速度制御、特に減速方向のコントロールは難しい。なにはともあれ強いブレーキをかけて停止方向に持っていけばなんとかなる四輪車とは異なり、バイクの場合は下手にストッピングパワーを上げると転倒したり、ライダーが前方に放り出されたりする事態になる。
ヤマハ・トレーサー9 GT+では、レーダーで距離を測って制動力の立ち上げ方を調整するだけでなく、サスペンションも統合制御して姿勢を崩さず、つまり車体が過度に前傾することなく、適当かつ強力な制動を実現している。それがすごい。モータースポーツでの車体&姿勢制御技術が生かされている……というのは、ハナシを広げすぎか。
一般的に退屈な高速道路はACCの力を借りて疲労を抑え、いざ目的地に到着したら、存分にトレーサーの走りを堪能する。そんなぜいたくな使い方をヤマハのスタッフは想定している。なるほど、うらやましいぞ。
(文=青木禎之/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2175×885×1430mm
ホイールベース:1500mm
シート高:820/835mm(調整式)
重量:223kg
エンジン:888cc 水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ(1気筒あたり)
最高出力:120PS/1万0000rpm
最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:20.2km/リッター(WMTCモード)/30.5km/リッター(国土交通省届出値)
価格:182万6000円

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
-
アウディSQ6 e-tron(4WD)【試乗記】 2025.9.17 最高出力517PSの、電気で走るハイパフォーマンスSUV「アウディSQ6 e-tron」に試乗。電気自動車(BEV)版のアウディSモデルは、どのようなマシンに仕上がっており、また既存のSとはどう違うのか? 電動時代の高性能スポーツモデルの在り方に思いをはせた。
-
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】 2025.9.16 人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。
-
BMW M235 xDriveグランクーペ(4WD/7AT)【試乗記】 2025.9.15 フルモデルチェンジによってF74の開発コードを得た新型「BMW 2シリーズ グランクーペ」。ラインナップのなかでハイパフォーマンスモデルに位置づけられる「M235 xDrive」を郊外に連れ出し、アップデートされた第2世代の仕上がりと、その走りを確かめた。
-
スズキ・アルト ハイブリッドX(FF/CVT)【試乗記】 2025.9.13 「スズキ・アルト」のマイナーチェンジモデルが登場。前後のバンパーデザインなどの目に見える部分はもちろんのこと、見えないところも大きく変えてくるのが最新のスズキ流アップデートだ。最上級グレード「ハイブリッドX」の仕上がりをリポートする。
-
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”【試乗記】 2025.9.12 レースやラリーで鍛えられた4WDスポーツ「トヨタGRヤリス」が、2025年モデルに進化。強化されたシャシーや新しいパワートレイン制御、新設定のエアロパーツは、その走りにどのような変化をもたらしたのか? クローズドコースで遠慮なく確かめた。
-
NEW
メルセデス・マイバッハS680エディションノーザンライツ
2025.9.19画像・写真2025年9月19日に国内での受注が始まった「メルセデス・マイバッハS680エディションノーザンライツ」は、販売台数5台限定、価格は5700万円という高級サルーン。その特別仕立ての外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
「マツダEZ-6」に「トヨタbZ3X」「日産N7」…… メイド・イン・チャイナの日本車は日本に来るのか?
2025.9.19デイリーコラム中国でふたたび攻勢に出る日本の自動車メーカーだが、「マツダEZ-6」に「トヨタbZ3X」「日産N7」と、その主役は開発、部品調達、製造のすべてが中国で行われる車種だ。驚きのコストパフォーマンスを誇るこれらのモデルが、日本に来ることはあるのだろうか? -
NEW
プジョー408 GTハイブリッド(FF/6AT)【試乗記】
2025.9.19試乗記プジョーのクーペSUV「408」に1.2リッター直3ターボエンジンを核とするマイルドハイブリッド車(MHEV)が追加された。ステランティスが搭載を推進する最新のパワーユニットと、スタイリッシュなフレンチクロスオーバーが織りなす走りを確かめた。 -
ロレンツォ視点の「IAAモビリティー2025」 ―未来と不安、ふたつミュンヘンにあり―
2025.9.18画像・写真欧州在住のコラムニスト、大矢アキオが、ドイツの自動車ショー「IAAモビリティー」を写真でリポート。注目の展示車両や盛況な会場内はもちろんのこと、会場の外にも、欧州の今を感じさせる興味深い景色が広がっていた。 -
第845回:「ノイエクラッセ」を名乗るだけある 新型「iX3」はBMWの歴史的転換点だ
2025.9.18エディターから一言BMWがドイツ国際モーターショー(IAA)で新型「iX3」を披露した。ざっくりといえば新型のSUVタイプの電気自動車だが、豪華なブースをしつらえたほか、関係者の鼻息も妙に荒い。BMWにとっての「ノイエクラッセ」の重要度とはいかほどのものなのだろうか。 -
建て替えから一転 ホンダの東京・八重洲への本社移転で旧・青山本社ビル跡地はどうなる?
2025.9.18デイリーコラム本田技研工業は東京・青山一丁目の本社ビル建て替え計画を変更し、東京・八重洲への本社移転を発表した。計画変更に至った背景と理由、そして多くのファンに親しまれた「Hondaウエルカムプラザ青山」の今後を考えてみた。