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ヤマハ・トレーサー9 GT ABS(6MT)

ライバルを突き放せ 2021.08.01 試乗記 河野 正士 ロングツーリングもスポーティーな走りも楽しめる、ヤマハのツアラーバイクがモデルチェンジ。名前も新たに「トレーサー9 GT」となった新型は、エンジン、車体、電子制御と、バイクを構成する全要素を刷新することで、従来モデルからの劇的な進化を果たしていた。

その変更は「MT-09」に準じたものだが……

今回のヤマハ・トレーサーのモデルチェンジは、またしてもアドベンチャーツアラーというカテゴリーを刺激することだろう。試乗してそう感じた。それほどまでにトレーサー9 GTの進化は大きく、その効果を強く感じることができたのだ。

2015年に「MT-09トレーサー」の名前でデビューした初代トレーサーは、ヤマハの新しいスタンダードモデルとして開発された「MT-09」のプラットフォームに、アドベンチャーモデルのスタイリングを架装した新しいツアラーだった。2018年に、ベース車のマイナーチェンジと時を同じくしてモデル名を「トレーサー900」に変更。スタイリングをアップデートするとともに、走行安定性を高める方向に少しだけ手が加えられた。そしてこのたび、MT-09のフルモデルチェンジに合わせてこちらも全面刷新。モデル名もトレーサー9 GTとなった。

フルモデルチェンジの主なメニューは、排気量をアップした新エンジンと、新設計のフレームの採用、新開発の6軸IMUや、そのセンシング技術を生かした電子制御サスペンションの搭載だ。このうち、電子制御サスペンションはトレーサー9 GTのみの装備だが、それ以外の進化についてはMT-09に準じたものとなっている。

しかし、開発陣から詳細な話を聞き、そして新しいトレーサー9 GTを走らせてみると、このバージョンアップメニューとその効能は、むしろトレーサー9 GTに主眼を置いたものではないかと感じられた。

まずはエンジンである。これについては、セッティングを含めてMT-09と共通だと説明を受けたが、そちらで体感したものより(参照)さらにマイルドさが増した印象だ。恐らくは30kg重いトレーサー9 GTの車重や、より長いスイングアームも影響しているのだろうが、この“マイルド指向”はMT-09よりトレーサー9 GTのキャラクターに合っていると感じられた。

「トレーサー9 GT」はネイキッドスポーツ「MT-09」と主要コンポーネンツを共有するツアラーモデルである。2021年6月のフルモデルチェンジで、現在の車名となった。
「トレーサー9 GT」はネイキッドスポーツ「MT-09」と主要コンポーネンツを共有するツアラーモデルである。2021年6月のフルモデルチェンジで、現在の車名となった。拡大
従来型よりスマートなイメージとなった顔まわり。切れ長な上部のレンズには、コーナリング時に進行方向を照らすコーナリングランプとLEDポジションランプが内蔵されており、一見フォグランプに見える下部の2灯が、LEDヘッドランプとなっている。
従来型よりスマートなイメージとなった顔まわり。切れ長な上部のレンズには、コーナリング時に進行方向を照らすコーナリングランプとLEDポジションランプが内蔵されており、一見フォグランプに見える下部の2灯が、LEDヘッドランプとなっている。拡大
モデルチェンジの内容は兄弟車の「MT-09」に準じたもの。足元には同車と同じく、新工法の「SPINFORGED WHEEL」技術を用いた軽量ホイールが採用されている。
モデルチェンジの内容は兄弟車の「MT-09」に準じたもの。足元には同車と同じく、新工法の「SPINFORGED WHEEL」技術を用いた軽量ホイールが採用されている。拡大
「MT-09」より60mm長いリアアーム。ホイールベースは同車より70mm長い1500mmとなっており、ツアラーらしい、高い走行安定性を実現している。
「MT-09」より60mm長いリアアーム。ホイールベースは同車より70mm長い1500mmとなっており、ツアラーらしい、高い走行安定性を実現している。拡大

上質な走りを支える電子装備の進化

構成パーツのほとんどを新設計とし、単体で約1.7kgも軽量化したというこのエンジンだが、排気量は888ccとストロークアップによって41cc増大。慣性モーメントもアップしている。このストロークアップ・排気量拡大・慣性モーメントの増加というメニューは、エンジンレスポンスの鋭さよりもマイルドな出力特性を求めるときに用いられものだ。試乗すれば、そうした開発陣の狙いをしっかりと感じとれる。環境の整った今回のサーキット試乗でもそうだったのだから、より条件が悪く、刻々とコンディションが変化する一般公道の走行では、より強くその恩恵を感じることができるだろう。

加えて新採用の6軸IMUにより、出力特性を変更できる「D-MODE」や、それと連動する電子制御スロットル、トラクションコントロールなどの電子制御デバイスをより緻密に制御できるようになったこと、KYBと共同開発した電子制御サスペンション「KADS(KYB ACTIMATIC DAMPER SYSTEM)」により、路面に応じて常に最適なサスペンション特性が得られるようになったことにより、走りの質は大幅にアップしている。

ただ、KADSの制御についてはモードごとのセッティングをもっと大きく振ったほうがいいと感じた。ドライ路面でのスポーティーな走りに軸足を置きつつ、ウエットにも対応したスポーツモード「A-1」と、荒れた舗装路や石畳など、悪条件下での快適な乗り心地を狙ったコンフォートモード「A-2」の2種類が用意されているのだが、個人的にはその違いが明確には感じられなかったのだ。ただ、今回はあくまでも舗装のきれいなサーキットでの試乗である。開発陣が想定した石畳など、より路面条件が厳しい場所を走れば、その違いは明瞭となるのかもしれないが……。

一方で、4段階の制御を備えたD-MODEで最もアグレッシブな「1」を選ぶと、トレーサー9 GTのパフォーマンスは、はっきりとツーリング寄りからからスポーツ寄りに移る。スーパースポーツと一緒にワインディングロードを楽しめるスポーツ性は、この新型でも健在だ。

カラーリングは試乗車に用いられていたシルバー(写真)と、マットグレー、ソリッドレッドの3種類。シルバーの場合のみホイールがブルーとなる。
カラーリングは試乗車に用いられていたシルバー(写真)と、マットグレー、ソリッドレッドの3種類。シルバーの場合のみホイールがブルーとなる。拡大
エンジンは従来モデルから排気量を拡大するとともに、ピストンやコンロッドなど多くのパーツを再設計。燃料噴射系の設計も変更しており、出力向上と軽量化、燃費改善が同時に図られている。
エンジンは従来モデルから排気量を拡大するとともに、ピストンやコンロッドなど多くのパーツを再設計。燃料噴射系の設計も変更しており、出力向上と軽量化、燃費改善が同時に図られている。拡大
トランスミッションは、ロングツーリング時の負担を抑えるべくクラッチの操作荷重を低減。従来モデルではシフトアップのみに対応していたクイックシフターは、新型ではシフトダウンにも使えるようになった。
トランスミッションは、ロングツーリング時の負担を抑えるべくクラッチの操作荷重を低減。従来モデルではシフトアップのみに対応していたクイックシフターは、新型ではシフトダウンにも使えるようになった。拡大
足まわりにはKYBと共同開発した電子制御サスペンションを装備。減衰力の調整機構にはソレノイドバルブを用いており、より素早く、大きく減衰力を変化させることができる。
足まわりにはKYBと共同開発した電子制御サスペンションを装備。減衰力の調整機構にはソレノイドバルブを用いており、より素早く、大きく減衰力を変化させることができる。拡大

トレンドに反する“横剛性アップ”の狙い

もうひとつ、従来型から大きく変化したのがフレームだ。素材、レイアウトともに新しくなったメインフレームそのものはMT-09と共通だが、左右のフレームをステアリングヘッド手前でつなぐステーと、シリンダーヘッドとフレームを連結する車体左右のブラケットはトレーサー9 GT専用とし、MT-09とは異なる剛性バランスをつくり上げている。また、シートレールもトレーサー9 GT専用に製作。タンデムや、専用開発のパニアケースとトップケースの装着に備えた。

ただ、個人的には技術説明資料に書かれていた「新型フレームは従来比で横剛性を50%アップ」というフレーズが気になった。今日におけるスポーツバイクのトレンドは、フレームの横剛性を落とし、車体全体で路面やエンジンからの入力を吸収、コーナーでの高いパフォーマンスや乗りやすさにつなげることだ。トレーサー9 GTの横剛性アップは、そのトレンドに反している。

それについて開発陣に話を聞くと、横剛性アップの主な目的は「両サイドのパニアケースに加えてトップケースを装着する、“3バッグ”の装着のため」とのことだった。体格の大きな欧州人ライダーとパッセンジャーが、荷物の詰まった3つのバッグを車体に装着し、スピードレンジの高い高速道路やワインディングロードを走行することを想定したのだ。そうした状態でも高い走行安全性を確保するためには、シートレールの剛性強化とともに、それを受け止めるメインフレームの横剛性も高める必要があったのだという。

そのため、トレーサー9 GTでは従来型のフレームからステアリングヘッドの位置を30mm下げ、スイングアームをフレームの内側に入れて締結すると同時に、リアまわりのフレームのマウント位置を変更するなどして、剛性の強化を図っている。

ツーリングモデルならではの大型のフロントスクリーン。5mm単位、10段階で高さを調整できる。
ツーリングモデルならではの大型のフロントスクリーン。5mm単位、10段階で高さを調整できる。拡大
特徴的な3.5インチTFT液晶のダブルメーター。左側が速度計や燃料計、エンジン回転計などからなるメインメーターで、右側の画面には、燃費や走行距離、外気温など12の項目から、4つの項目を表示させることができる。
特徴的な3.5インチTFT液晶のダブルメーター。左側が速度計や燃料計、エンジン回転計などからなるメインメーターで、右側の画面には、燃費や走行距離、外気温など12の項目から、4つの項目を表示させることができる。拡大
シート高は810mmと825mmの2段階で調整可能。タンデムシートの後方にはパニアケースを固定するスチールフレームが、左右の下部には制振ダンパーを備えたサイドケース用のステーが備わる。
シート高は810mmと825mmの2段階で調整可能。タンデムシートの後方にはパニアケースを固定するスチールフレームが、左右の下部には制振ダンパーを備えたサイドケース用のステーが備わる。拡大
シート高に加え、フットレストやハンドルバーも2段階でポジションを調整可能。さまざまな体形のライダーに適切なライディングポジションを提供できる。
シート高に加え、フットレストやハンドルバーも2段階でポジションを調整可能。さまざまな体形のライダーに適切なライディングポジションを提供できる。拡大
「トレーサー9 GT」は、スポーツモデルのように車体を傾けてコーナーを楽しむことも可能。そうした状態でも、車両の安定性は高い。
「トレーサー9 GT」は、スポーツモデルのように車体を傾けてコーナーを楽しむことも可能。そうした状態でも、車両の安定性は高い。拡大
タイヤには同車専用にチューニングされた「ブリヂストン・バトラックス スポーツツーリングT32」を採用。ドライ/ウエット両方の路面において、走行安定性の高さを追求したものだ。
タイヤには同車専用にチューニングされた「ブリヂストン・バトラックス スポーツツーリングT32」を採用。ドライ/ウエット両方の路面において、走行安定性の高さを追求したものだ。拡大
燃料タンクの容量は18リッター。20.4km/リッター(WMTCモード)という燃費性能とも相まって、十分な“足の長さ”を確保している。
燃料タンクの容量は18リッター。20.4km/リッター(WMTCモード)という燃費性能とも相まって、十分な“足の長さ”を確保している。拡大
オンロード特化型のツアラーモデルとして、より完成度を高めてきた「トレーサー9 GT」。その進化は、大いにライバルたちを刺激することだろう。
オンロード特化型のツアラーモデルとして、より完成度を高めてきた「トレーサー9 GT」。その進化は、大いにライバルたちを刺激することだろう。拡大

パイオニアは前進し続ける

今回の試乗では、3バッグに荷物を詰めた状態で走ることはできなかったが、それでもコーナリングなどで、横剛性のアップをしっかりと感じることができた。トレーサー9 GTは、カラダをコーナーの内側に傾けるリーンインのライディングフォームをとらずとも、ステップが路面に触れるほど車体を傾けられるのだが、そのような状態でも安定感が非常に高い。先述したKADSによるところも大きいのだろうが、そのフレキシブルなサスペンションセッティングも、高いフレームの剛性があってこそだ。

2015年にトレーサーがデビューしてから、ツーリングモデルはバイクのカタチも勢力図も大きく変わった。当時は、ツアラーといえば大排気量エンジンに大きなカウルを装着した大型客船のようなモデルが中心であり、そのなかで“進化したアドベンチャーモデル”が勢力を伸ばしつつあるタイミングだった。トレーサーもまた進化したアドベンチャーの一台であり、排気量を1リッター以下として車体をコンパクトに抑えただけでなく、走りのフィールドをオンロードに絞り、高いツーリング性能とスポーツ性能を両立させたのだ。その試みは市場で大いに受け入れられ、“ロードアドベンチャー”ともいうべき新しいカテゴリーをつくり上げ、その主役となった。……というのが、このジャンルに関する個人的な見解だ。

今日では、このカテゴリーにもさまざまなモデルが存在するが、今回のトレーサー9 GTの進化は、台頭してきたライバルたちを再び突き放すほどのものだった。これは、バイクファンならぜひとも味わうべきだ。

(文=河野正士/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)

ヤマハ・トレーサー9 GT ABS
ヤマハ・トレーサー9 GT ABS拡大

【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2175×885×1430mm
ホイールベース:1500mm
シート高:810/825mm(調整式)
重量:220kg
エンジン:888cc 水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ(1気筒あたり)
最高出力:120PS(88kW)/1万rpm
最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:20.4km/リッター(WMTCモード)/30.5km/リッター(国土交通省届出値)
価格145万2000円

河野 正士

河野 正士

フリーランスライター。二輪専門誌の編集部において編集スタッフとして従事した後、フリーランスに。ファッション誌や情報誌などで編集者およびライターとして記事製作を行いながら、さまざまな二輪専門誌にも記事製作および契約編集スタッフとして携わる。海外モーターサイクルショーやカスタムバイク取材にも出掛け、世界の二輪市場もウオッチしている。

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