第15回:ホンダ・プレリュード コンセプト(前編)
2024.02.28 カーデザイン曼荼羅クルマ好きにとって天国だったあのころ
ホンダが「ジャパンモビリティショー2023」で発表した2ドアクーペ「プレリュード コンセプト」。古参のクルマ好きならグっとくる一台だが、その姿は、“記憶のなかのプレリュード”とはちょっと違っていた。違和感の理由を、元カーデザイナーとともに探ってみよう。
webCGほった(以下、ほった):今回のお題は、ホンダ・プレリュード コンセプトです。コンセプトカーではあるのですが、まぁ反響がスゴいんで取り上げてみました。
渕野健太郎(以下、渕野):このクルマはジャパンモビリティショーに出ていましたけど、ショー会場ということでクルマを見る環境に制約があって、屋外や“引き”ではちゃんと見られていないんです。
清水草一(以下、清水):ですよね。私もです。
渕野:写真を見ても全体的にプロポーションを見切れないので、まずはプレリュードの振り返り的なことから始めましょう。これは歴代プレリュードの写真です。印象深いのはやはり2代目、3代目ですが、これは1980年代ですよね。スペシャリティーカーって言われてましたけど、スポーツカーとなにが違うんでしたっけ?
ほった:単純に言ったら、まあ……。
清水:とにかくカッコです!
渕野:カッコだけっていう感じなんですか?
ほった:だけってことでもないけど、カッコですね(笑)。
清水:だけじゃないのもあったけど、だけでもよかったんです。
ほった:元祖の初代「フォード・マスタング」なんか、完全にカッコだけでしたから。中身はまんま実用コンパクトの「ファルコン」で、ステロイドを打ち始めたのは、後々になってからです。
渕野:なるほどなるほど。
清水:私が乗ってた初代「日産ガゼール」もカッコだけでした。
渕野:ガゼールか~。その時代からスペシャリティーカーはあったわけですね。
清水:1979年登場なので、結構先駆けじゃないかな。
渕野:プレリュードの3代目が出るころには「S13シルビア」や「セリカ」も出てましたし、クルマ好きにしてみれば天国みたいな時代だったんじゃないですか? シルビアはFR、セリカは4WD、プレリュードはカタチ優先で。
清水:プレリュードはカタチ優先だけど、ホンダだし、本物寄りなイメージでしたよ。
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今の時代に「プレリュード」が成功する難しさ
渕野:2代目プレリュードが出たとき、私はまだ6歳ぐらいだったんですけど、CMがすごく印象に残ってます。ボレロが流れてて、ばぁーっとこうクルマが登場して、子供心にどーんってきました。カッコいいなって。
ほった:6歳児も感じるカッコよさだったんですね。
清水:青年にとってもすごくカッコよかったですよ。
渕野:3代目は4WS(全輪操舵)をフィーチャーしたCMでしたよね。さっき調べたら『地下室のメロディー』っていう映画のテーマ曲を使ってたみたいで。この3代目もすごくカッコいいなと思います。この世代にはヘッドライトがリトラじゃないタイプのやつもあったんですよね。
清水:そんなんありましたっけ!?
渕野:「プレリュード インクス」だっけな?
清水:……見たことないかもしれない。ほとんど売れなかったんじゃないですか?
ほった:デートカー世代も知らない(笑)。
清水:とにかく2代目、3代目のころは、ホンダが今のトヨタみたいにイケイケで乗りまくってて、なにをやっても当たるっていう感じでした。3代目なんか、フェラーリよりもボンネットを低くしてやろうって言ってつくったんだから。フロントのサスペンションストロークなんかいらない! って。
渕野:確かにすごいですよね。このボンネットの薄さ。いや、すごいな~。プレリュードといったら、皆さんもこの2代目、3代目ですよね。
清水:僕らぐらいの世代がど真ん中ですよ。これがほんとにモテたんだから!
ほった:クルマでモテるとか、今では考えらんないですね。
渕野:今とまったく違う世界ですよね。
清水:だからこそ“プレリュード復活”っていうのは、ものすごく難しいと思うんですよ。
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名前は後からついてきた
渕野:自分もプレリュードっていう名前から連想するのは、やっぱり2代目、3代目なんですよ。今回のプレリュードはそれとは全然違う形だけども、これ、名前は最後につけたんじゃないかな?
清水:開発してるうちに「これはプレリュードだ!」ってことになったそうですよ(参照)。
渕野:新型車をつくるにあたっては、「名前をどうするか?」っていうのは最後まで決まらないんですよ。自分の前いた会社もそうでした。だからバッジのデザインが最後まで残るんです。で、担当が「まだ決まんねえのかよ!」ってなる(笑)。
ほった:それじゃまあ、先にこのカタチのクーペがあって、後から名前がついてきたと。……それにしても、なんでこのタイミングでクーペなんでしょ?
清水:アメリカでは、えーと「シビック クーペ」があるわけですよね?
渕野:それがちょっと前になくなりました。結局はそこを補完する、北米メインのクルマかな? というとこですね。
清水:一応、北米にはまだこういう市場はあるということかな?
渕野:いやー、でも……。
ほった:昔はセクレタリーカーなんて言われてましたけど、スポーツカーでもマッスルカーでもない2ドアクーペの市場は、とうの昔に死滅してますよ。
渕野:確か、年に数千台のレベルだったと思います。競合車を探しても見当たらないですよね。だからまず「おお、こんな状況でコレ出すのか」って感じました。
スリークな顔にマッシブな体
ほった:デザイン的にはどうですか?
渕野:例えばサイドビューを見ると、この写真だとフロントが短く見えていますが、実際は結構長い印象でしたね。もうちょっと遠目で見ないと、本当のイメージがつかめない感じではあるんですが……。あえて言えば、これがプレリュードと聞いて、ちょっと違和感を覚える方は多いんじゃないですか?
ほった:みんなそう言ってますね。
渕野:2代目、3代目プレリュードはスリークで低く長い印象でした。でもこのクルマは豊かな面でフェンダーの強さなどを出しているので、どちらかというとマッシブな印象を感じました。そういうところも、アメリカ市場を考えているのかなと。ただ顔だけはとんがっている造形でスリークな印象もあります。ボディーと少しイメージが違う印象を持ったのですが、皆さんどうですか?
ほった:うーん。……申し訳ないですが、そんなに強い印象がないというのが本音です。
清水:全体にはキレイな形だと思いましたよ。ただ、スーッとしてて後を引かない。例えば「プジョー406クーペ」みたいな、上品なクーペ系じゃないかな。でも、今そういうクルマを欲しがる人って、ものすごくマニアックですよね。
求む「プレリュード タイプR」
渕野:ファーストインプレッションとしては、フロントの軸が高いと思いました。シルエットを見ると高いところにピークがあって、やや下すぼまりに見える。
清水:下すぼまりですか?
渕野:通常の、低く見せるスポーツカーとは違って見えたんです。例えば「アウディTT」は、末広がりの台形シルエットですよね。このほうが安定感が出るんですよ。だけどプレリュードはその逆で、しかも結構オーバーハングが長い。スポーツカーとしは、どう評価していいのかムズカシイです。
清水:走りメインのクルマじゃないよ、っていうメッセージかな?
渕野:もうひとつは、その下すぼまりのシルエットの、上のほうにランプがついてるように見えたんですよ。タイヤハウスの頂点とヘッドランプの位置を比較してみると、BMWの「4シリーズ」やメルセデス・ベンツの「CLE」と比べて、プレリュードはランプの位置が高めなんです。
ほった:確かに顔が上のほうについてる感じしますね。
清水:アゴ、持ち上げてるね。
渕野:このフロントまわりのグラフィックが、オーバーハングをより強調するかたちになっています。それに対して、ほかのところはすごくまとまりがいいです。特にリアから見た印象はカッコいいですね! サイドシルエットを見ると、ルーフのピーク位置が結構前にきています。これもシルエットに勢いを出す手法としていいと思いますね。
清水:斜め後ろから見るとカッコいいですよ。でも今どきこういうクルマは、よっぽど高性能じゃないと成立が難しいんじゃないか。
ほった:「タイプR」専用車にしたほうがいいですね。
渕野:そう思います。
清水:タイプRなら食いつきますよ、少なくとも日本のマニアは。初めてですからね、「プレリュード タイプR」は。
ほった:話がデザインと関係ないところに……(笑)。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=本田技研工業、アウディ、ステランティス、BMW、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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