第860回:「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ」 テールランプ観賞の楽しみ
2024.05.23 マッキナ あらモーダ!後ろ姿は大切
2024年4月に発表されたアルファ・ロメオのCセグメントSUV「ジュニア」。大きな「Alfa Romeo」のバッジが貼られたリア部分には、横長のテールランプが走る。新型「トヨタ・プリウス」などにも見られるブーメラン型だ。今回はテールランプの話を少々。
LED/OLEDの普及と、それに伴うランプケースの小型化で、テールランプのデザインにおける自由度は、近年格段に増している。同時に、シーケンシャルウインカーを採用した車種を見る機会も増えた。
以前、ある医師から聞いた話だが、患者の状態が最もよく把握できるのは、実は「彼らが帰る際の後ろ姿」だという。クルマも、リアのデザインがその印象を左右することが少なくない。その出来に大きく影響する構成要素がテールランプである。
筆者が思い出すのは、1990年の3代目「日産プレジデント」(JG50型)だ。新車発表会の席上、後部のデザインは「見送る人の心が和やかになるようなデザイン」と解説された。「インフィニティQ45」をベースとしながら、レンズユニットを別物にしてまで、それを表現したかったのかと感心したものだ。さすがショーファードリブンである。ちなみに日本以外では、「お客が見えなくなるまで見送る」という習慣は、筆者が知る限り存在しない。どんなに親しい人物でも、高級ホテルでも、こちらがクルマに乗れば、みんな建物内に引っ込んでしまう。したがって、プレジデントのエクステリアを担当したデザイナーの気遣いは、かぎりなく日本的だ。
「wowエフェクト」を感じるクルマ
ここからは筆者が評価したいテールランプと、逆にちょっと残念なテールランプを記す。実は少量生産車や超高価格車には、より取り上げるべきものがあるのだが、今回は量産車に絞ることにする。
2010年「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ」のものは、ひらがなでいうなら「の」の字のように見える。生産終了から4年が経過した今日でも、十分に個性的だ。
2018年以降の「MINI」に採用されているユニオンジャック型は、誰もが実現しそうでしなかった意匠である。
日本ブランドでは、マツダの「CX-3」「CX-5」、そして「CX-8」のテールランプも点灯状態で特色がある。凝ったブーメラン型が跋扈(ばっこ)するなかで、逆にアイデンティティーが鮮明である。
いずれも、デザイナーいうところの「wowエフェクト」がある。各社の灯火類担当デザイナーをたたえたい。
いっぽうで「フォード・マスタング マッハE」や4代目以降の「マスタング」のものは、初代マスタングの意匠を反映したものである。
現行プジョーもしかり。その3連並行四辺形デザインは、当時ジル・ヴィダルが率いていたプジョー・デザインセンターが1968年「504クーペ/カブリオレ」のテールランプをもとに取り入れたものである。
どちらも1970年代の日本の流行語を引用するなら、「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ」と思わずつぶやいてしまうが、玄人好みであるところが逆にうれしい。
アイデア賞を贈呈したいのは「シトロエン・アミ100%エレクトリック」である。このマイクロカーでは、左右ドアが同一であるばかりか、前後パネルも同一という大胆な手法を試みている。それにしたがい、フロントでは前照灯が収まる部分に、リアではブレーキおよびポジショニングランプを収めている。
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残念なデザインも
いっぽう今思い出しても残念なのは、1988年の3代目「日産マキシマ」である。前面・側面とも、日本ブランド車離れした端正な造形だった。特にグリーンハウスの広いガラス上下面積は、一般的な高価格セダンとは一線を画したモダンさを醸し出していた。全体的には歴代日産車のなかで、トップ10に入る名車だと信じている。
しかし後部のテールランプ形状は天地が必要以上に広く、大味だった。米国市場で受け入れられるテイストを狙ったのに違いないが、筆者個人としては惜しいのひとことだった。
メルセデス・ベンツにも複雑な心境を抱いている。長年のアイコンだった凸凹付きテールランプが、フェードアウトしようとしているからだ。たしかに、カタログで長所としてアピールされていた「汚れたときの視認性」を発揮するような悪路は少なくなっている。しかし、他社の少量生産モデルにも流用されるほどだっただけに、何かしらのかたちで残しておいてほしかった。
策士なのはルノー系のブランド、ダチアである。2018年のクロスオーバーSUV「ダスター」のテールランプは、2015年「ジープ・レネゲード」を意識したものと考えられる。さらに、2021年のコンパクトMPV「ジョガー」は、ある程度自動車に関心がある人でも、一瞬ボルボと見間違うレベルである。
筆者は夜間に運転するのは好きではない。イタリアでは日本以上に都市と都市の間が離れていて、周囲の夜景を楽しめないからだ。しかしテールランプのデザインについて、「あのデザインは秀逸だ」「いや疑問だ」とか、ひとりでブツブツ解説していると、退屈さも紛れてくるのである。
自由さと引き換えに失うもの
2024年4月のミラノ・デザインウイークで、アウディは「Q6 e-tron」の実車を世界で初めて一般公開するとともに、灯火類の技術を紹介した。
「アウディOLEDテクノロジー2.0」は、多様な表示能力により、将来は危険な状況を察知して必要に応じてハザードの三角マークを表示することも技術的に可能だ。テールランプは“car to X”コミュニケーションの一端を担うことになる。例えば、クラウドから配信される渋滞・危険情報を後続車に伝えたりするようになるだろう。
そういえば、出張先でブレーキ灯の片方が切れたときがあった。あまりに田舎すぎて、周囲にすぐに電球が入手できるDIYセンターやカー用品店のようなものはなかった。宿の主に相談すると、村に1軒の修理工場を紹介してくれた。
工場に行くと、気のいい工場主は即座に交換を始めてくれた。筆者はクルマに乗ったままだった。代金5ユーロの支払いもクルマを降りる必要はなかった。まさにピットストップである。LEDのテールランプでは、こうはいくまい。高い視認性や耐久性、そしてデザインの自由度と引き換えに、自動車ユーザーはこうした気軽さを失っていくのかもしれない。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里 Mari OYA、Akio Lorenzo OYA、ステランティス、日産自動車、マツダ、フォード/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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