第55回:スズキ・ジムニー ノマド(前編) ―5ドア・ロングのジムニーが得たものと失ったもの―
2025.01.30 カーデザイン曼荼羅![]() |
スズキが世界に誇る小型・本格クロスカントリーモデル「ジムニー」シリーズに、5ドアの「ノマド」が登場。+340mmのボディー伸長と追加された2枚のドアは、完璧だったジムニーのデザインをどう変えたのか? その仕上がりを元カーデザイナーと語り合う。
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ボディーのロング化でバランスが崩れた?
webCGほった(以下、ほった):……今回のお題はですね、日本が誇る希代の名車「スズキ・ジムニー」です。この1月30日に5ドアのジムニー ノマドが出ましたよね。これを機に、われわれは尊崇する世界最小オフローダーの美と、あらためて向き合うべきなんじゃないか? と、そう思って発議した次第です。さっそくですがジムニー ノマド、皆さん第一印象はどうでしたか?
渕野健太郎(以下、渕野):自分は、ジムニーっていう拡張性があるクルマにこういうものが出てきたのは、すごくいいなと思ってます。
清水草一(以下、清水):確かにジムニーの5ドアは、多くの人が待望してましたよね。で、基本的には期待どおりのものが出たんだけど、3ドアのデザインがあまりにも完璧だったので、それと比べると「あれ?」っていう印象があるかな。ホイールベースが少し長すぎる。あるいはルーフが少し低すぎるのかもしれない。真ん中でボキッと折れそうに見えないこともない。
渕野:確かに、清水さんの言うとおり、ダックスフントみたいな感じにはなっちゃってるんですけど、でも「これはジムニーだから」ってことで、ダメっていう感じではまったくないです。そこら辺は、マツダの「CX-8」や「CX-80」なんかと違って、完璧な美を求めるクルマがホイールベースを長くしたのとは違う感覚があるんですよ。
清水:いやー、ジムニーには完璧を求めたい(全員笑)。だって3ドアは完璧じゃないですか!
渕野:まぁ強いて言うんだったら、リアオーバーハングですかね。ホイールベースは長くなったのに、リアオーバーハングが3ドアそのまんまなんですよ。リアバンパーとかもそのまんまで。おかげでリアが寸詰まりに感じられて、余計ダックスフントみたいに見えるんだと思います。例えばこれぐらい伸ばしてやると(加工画像を見せる)、ちょっと違う(全員笑)。
清水:もう一度元に戻してくれます? あー、うーん、なるほど(笑)。
そもそも“完璧な美”を求めるようなクルマだったか?
渕野:ほったさんの写真をもとにこんな画像もつくってみました。派生車種として、完全に荷物を載せる用のバンとか(リアクオーターウィンドウをパネルで埋めた画像を見せる)、あるいはジムニーにも「グラディエーター」みたいなピックアップトラック版を出してもいい(またも加工画像・全員笑)。
ほった:こういうカスタムカー、いつかのオートサロンにもありましたね(笑)。一応、読者諸氏に説明しますと、グラディエーターってのは「ジープ・ラングラー」のピックアップ版です。
渕野:なんかいろいろ想像が広がるクルマだなぁと思っていたので、5ドアに対しても全然違和感はなかったですよ。
ほった:そういや、ジムニーの5ドアって今回が初めてなんですよね。これについては、ずっと不思議に思ってたんですよ。海外での使われ方を考えると、とうの昔にあってもよさそうなものだったんで。あと実車に関しては、ファンのひいき目もありますけど、インド仕様を写真で見たときより、実物のほうが違和感はなかったです。
清水:俺はまだ実車を見てないからね。
ほった:ワタシ的には、あまりに完成しすぎていた3ドアのほうがしっくりきてなかったので、その反動もあるのかもしれません(笑)。自分は、ジムニーってまず道具……というか、機械としてあるべきというイメージを持っているんですよ。旋盤とか、業務用ミシンみたいなね。それからすると「シエラ」のデザインの完璧さは、なんかちょっと違うよなと。カッコよすぎたし、世間でもまずデザインでウケたでしょう? 「ジムニーってそういうクルマだったっけ?」って思いがずっとあった。
清水:現行のジムニー3ドアは、突如として完璧なものが降臨した。それは確かだよ。
ほった:だからノマドを見て、このぐらい外してる、ほのかに「コレジャナイ感」があるくらいのほうがいいなって感じたんですよ。ノマドの登場以前もそういう感覚はあって、確かにオバフェンが付いてるシエラのほうが、頭でっかちな軽ジムニーよりカッコいいけど、ワタシは軽ジムニーのほうが好きだったりしたんです。そういう風な、非常に面倒くさいこじらせ方をしたカーマニアからしたら、ノマドは断然、アリですね。
渕野:それに、ジープ・ラングラーの5ドアも、かなり胴が長いんですよね(写真を見せる)。ノマドの長さも許容の範疇(はんちゅう)で収まってますよ。
清水:……うーん。
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自分でイジるのも大いにアリ
ほった:どうですか? アンチノマド派としては(笑)。
清水:なんかプレハブ住宅にタイヤ付けたみたいに見えるんだよね。走る感じが弱い。
ほった:はい、はい。
清水:ルーフラインに、ちょっと段をつけたりするだけでも違うんじゃないかなぁ。後ろを少し高くするとか。もうちょっとクルマ感が欲しい。
渕野:ルーフの段は、ジープ・ラングラーにもないですけど。
清水:渕野さんのおっしゃるように、リアオーバーハングを伸ばせればかなり違って見えるけど……。あるいはタイヤ外径をもっとデカくすれば。
渕野:それはそうですね。タイヤがデカくなれば全然雰囲気が違ってくる。でもその辺は、スズキはユーザーに委ねてる気もします。とにかく、ベースとしてすごく面白いなと思いました。
ほった:オートサロンにもいろいろ出てましたもんね。並行輸入の5ドアベースのドレスアップ車なんかも。
渕野:カスタムのベース車としての期待も大きいかな。
ほった:でしょうねぇ。個人的には本家のスズキも、コンセプトカーとでも偽って東京オートサロンにそれっぽいクルマを出せばよかったのにと思いますよ。“モリゾウ号”なんて展示してないで(笑)。発表前にあんまり話題が高まりすぎるのも、考えものなのかな?
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ちょっと気になるキラキラのグリル
ほった:純正のアクセサリーの話もすると、ノマド専用のアイテムが用意されるのはもちろんですが、3ドアと共通部分のものについては、基本的に全部ノマドでも選べるようですよ。……だから、ノマド専用のこのグリルも、ちまたで人気の「SUZUKI」ロゴのグリルに替えられます。
渕野:そうそう。それ言おうと思ってたんですけど、ノマドってグリルだけメッキじゃないですか。ここだけはクルマの狙いと違う気がしました。
ほった:やっぱり(笑)。
清水:俺もあのメッキグリルはないって思ってた(笑)。
渕野:グリルについては、こんなにキラキラしてなくてもいいのにって思ってましたけど、そこは3ドアと差別化したいところなんでしょう。
ほった:先ほども申しましたとおり、そこは他のデザインに変えられますんでご安心を。ワタシの大好きな鉄チンホイールも用意されてます。ノマドは上級仕様のみのモノグレード構成なので、お金払ってアクセサリーでグレードダウンするって感じになっちゃいますけど。
渕野:そうなんですね。
ほった:ノマドはインドからの輸入車になるんですけど(生産はグルガオン工場)、向こうではジムニー5ドアは、「NEXA(ネクサ)」っていうスズキの高級チャンネルのクルマになるんですよ。なので、あんまり地味な外装にするのは、難しかったんじゃないかな。
渕野:インドでは高級販売店で扱われるんですか。それは知りませんでした。
ほった:スズキのエンジニアさんに聞いた話を総合すると、ノマドはジムニー一族のなかでも、上質感や上級感を意識したモデルって位置づけで、ボディーカラーなんかもそこを意識してるみたいです。あと車体については、フロントのドア長を3ドアに対して10cm縮めてます。
渕野:3ドアを5ドア化するにあたって、それはどうしても必要だったでしょう……。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=スズキ、JLR、向後一宏、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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