初代「クラウン」があったから今がある 誕生70周年を迎えた純国産乗用車が残したもの
2025.02.26 デイリーコラム純国産にこだわったトヨタ
先日、「1975年の自動車世界地図」として今年誕生50周年を迎える各国のモデルを紹介したが、去る1月には日本車史上において非常に重要なモデルがアニバーサリーを迎えた。それが何かといえば「クラウン」。1955年1月に初代「トヨペット・クラウン」(型式名:RS)が誕生してから満70年になるのだ。ちなみに「トヨペット」とは、日産の「ダットサン」のように、かつてトヨタが用いていた小型車用のペットネーム(ブランド)である。
日本車の長寿名称としては同門の「ランドクルーザー」(1954年に命名)には及ばぬものの、乗用車としてはナンバーワン。自他共に認める日本を代表する高級車であり、「日本車の歴史はクラウンの歴史」とまでいわれることもある存在である。なかでも純国産乗用車のパイオニアと呼ばれる初代は、いったいどんなクルマだったのか?
もちろん、初代クラウンの誕生以前から国産乗用車は存在していた。日産は戦前からダットサンを量産して小型乗用車の代名詞的存在となっていたし、トヨタも1936年の「AA型」に始まり乗用車をつくってはいた。だが敗戦後、がれきのなかから再出発を余儀なくされた国産メーカーのつくる乗用車はもっぱら営業車(タクシー)向けで、「トヨペットSA型」などの例外を除けばトラックとシャシーを共有する旧態依然たる成り立ちだった。
戦中・戦後の技術的空白を手っ取り早く埋めるため、新時代の乗用車生産を目指すメーカー各社は欧州メーカーとの提携を選択した。日産はイギリスのオースチン(BMC)、いすゞは同じくイギリスのルーツグループ、そして日野はフランスのルノーをパートナーに選び、それぞれ「オースチンA40サマーセット」「ヒルマン・ミンクスMk IV」「ルノー4CV」のノックダウン生産をそろって1953年に開始した。そして徐々に国産化を進め、その過程から乗用車づくりを学ぼうとしたのだ。
それに対して、トヨタはあくまで自社開発による純国産乗用車にこだわった。そのぶん、上記3社のライセンス生産開始に後れはとったものの、1955年にクラウンの発売にこぎ着けたのである。
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タクシー専用モデルと同時にデビュー
トラックとの共通シャシーと決別し、乗用車専用設計となった初代クラウン(RS)。別体式のラダーフレームを持ち、サスペンションはフロントがダブルウイッシュボーン/コイルの独立、リアが半楕円(だえん)リーフでつる固定軸という、国際レベルでみればオーソドックスな車体設計だった。他社がライセンス生産したオースチン、ヒルマンやルノーはすでにモノコックボディーを採用していたが、トヨタは未舗装路が多かった当時の劣悪な道路事情における信頼性、耐久性を重視して、未経験のモノコックではなく別体式フレームを選択したのではないだろうか。ちなみに別体式フレーム構造はその後長らくクラウンの特徴となり、1991年に登場した9代目まで使われた。
オーソドックスな設計とはいったものの、トラックとの共通シャシーが常識だった当時の国内市場では、独立式のフロントサスペンションは画期的な新機軸だった。ロードホールディング、乗り心地ともに固定軸より優れているのは明らかだが、前述したような道路事情では主な需要だったタクシーとして酷使された場合の耐久性に不安を唱える声も少なくないであろうことが予想された。
果敢に純国産乗用車づくりに挑戦したいっぽうで、「石橋をたたいて壊す」といわれたほどの慎重さも持ち合わせていたトヨタは、そうした事態に対応すべく頑丈な前後リジッドアクスルを備えたタクシーキャブ専用車の「トヨペット・マスター」(RR)をクラウンと同時に発売した。自家用はクラウン、営業用はマスターと明確に分けた2方面作戦をとったのだった。
特徴的な観音開きのドアを持つ初代クラウンのボディーサイズは、全長×全幅×全高=4285×1680×1525mm、ホイールベース=2530mm、車重=1210kg。全高を除けば現行「カローラ アクシオ」よりコンパクトだが、これは当時の小型自動車(5ナンバー)規格が全長4.3m、全幅1.68m、全高2m以下だったためである。
ほぼすべてが新規開発だった初代クラウンだが、パワーユニットだけは1953年に前身となる「トヨペット・スーパー」(RH)に積まれて登場していたR型を引き続き使った。トヨタの直4エンジンとしては初めてOHVを採用しており、1453ccから最高出力48PS/4000rpm、最大トルク10kgf・m/2400rpm(グロス、以下すべて)を発生。コラムシフト式の1速がノンシンクロの3段MTを介しての最高速は100km/hと発表された。エンジン排気量も現行カローラ アクシオより小さいが、これまた小型車規格の上限が1.5リッターだったからだ。
発売当初は「スタンダード」相当のモノグレードで、価格は101万5000円。大卒初任給が1万円前後だった時代だから、現在ならば2000万円くらいの感覚だろうか。
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クラウンが道筋をつけた純国産乗用車
いざ発売されたクラウンはその完成度の高さが評価され、世間をにぎわせていた「国産車育成か外国車依存か」という論争に終止符を打った。今では信じられない話だが、クラウン登場前の1953年の時点では乗用車市場における輸入車(ノックダウン生産車含む)の比率は7割に近く、「国産車育成など無駄、乗用車は外国から輸入すればいい」という説が政府高官レベルの間でも根強かったのだ。それだけ日本の自動車産業が弱体だったわけだが、クラウンの登場はそうした空気を変え、自動車行政を国産車有利に進める契機となった。
言い方を換えれば、もしクラウンが登場しなかったら、あるいはクラウンの出来が悪かったら、日本の自動車産業は異なる方向に進んでいたかもしれないのだ。そうした意味で、クラウンを独力で開発したトヨタのチャレンジ精神は、世界の自動車産業に影響を与えた「THS(トヨタハイブリッドシステム)」にも通じるような気がする、というのは筆者の勝手な思い込みだろうか。
それはさておき、発売後のクラウンの動きはというと、約1年後の1955年12月に初のバリエーションとして「クラウン デラックス」(RSD)が追加設定された。フロントウィンドウを淡いブルーの1枚ガラスに変更し、クロームのモールなどで外装を高級化。内装もシートがビニールからモケット張りとなり、フロアにはカーペットが敷かれた。アクセサリー類もラジオ、ヒーター、時計、フォグランプ、ホワイトウォールタイヤなどが標準装備され、高級車と呼ぶにふさわしいいでたちとなった。
それと前後して、1955年11月にはマスターをベースに商用ライトバンとピックアップに仕立てた「トヨペット・マスターライン」が登場する。翌1956年11月には、発売から2年近くを経てクラウンの前輪独立懸架の耐久性に関する懸念が払拭(ふっしょく)され、タクシー業界からもクラウンを望む声が強まったためマスターを生産終了。営業車向けもクラウンに統一された。
クラウンの改良も進められ、R型エンジンは55PS、58PSと年々パワーアップ。1958年10月には初のマイナーチェンジを迎えてスタンダード(RS20)と「デラックス」(RS21)の2グレードとなった。ボディーは前後フェンダーが直線的になり、スタンダードのフロントウィンドウも1枚ガラスに、リアウィンドウは全車3分割式から1枚ガラスに変更。機構的にはデラックスの3段MTに電気式のオーバードライブが装備されるようになった。
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ATそしてディーゼルも
翌1959年3月には商用車のマスターラインもフルモデルチェンジしてクラウンベースとなるが、引き続きマスターラインを名乗った。新型マスターラインには、「トヨグライド」と称する2ペダルの2段自動変速機(厳密には半自動式)がオプション設定された。
トヨタ初にして、国産車ではオフィス家具で知られる岡村製作所(現:オカムラ)が少量生産した「ミカサ」しか先例がなかった自動変速機(AT)が、なぜ乗用車であるクラウンではなく商用車のマスターラインに用意されたのか? 多分に実験的な要素があったために、あえて需要が少ないであろう側を選んだのだろうか。その意図はともかく、イージードライブ時代の到来という未来予測からATの自社開発に乗り出したトヨタの読みが正しかったことは、日本が世界一のAT大国となった後年の歴史が証明している。
実験的な意味合いといえば、同年の10月には1.5リッター直4のC型ディーゼルエンジンを積んだ国産初のディーゼル乗用車となる「クラウン ディーゼル」(CS20)も追加設定。少数が生産されたといわれている。
いっぽうクラウンを取り巻く5ナンバーフルサイズ級市場の動向はというと、誕生からしばらくはクラウンの独壇場だったが、1957年には「プリンス・スカイライン」、1960年には「日産セドリック」といった競合車種が登場していた。
トヨタより先に1.5リッター直4 OHVエンジンを開発していたプリンスは、それを積んだ「プリンス・セダン」を1952年にリリース。これはラダーフレームに前後リジッドアクスルだったが、その後継としてデビューした初代スカイラインはリアサスペンションにド・ディオンアクスルを採用した本格的な乗用車だった。
オースチンの国産化から学んだノウハウをベースに開発された、日産初の5ナンバーフルサイズセダンがセドリック。日産そして国産同級車では初となるモノコックボディーを採用。パワーユニットは1.5リッター直4 OHVで、最高出力はクラストップの71PSを発生した。
こうしたライバルを迎え撃つことになったクラウンだが、先行して培った信頼性と耐久性を武器に市場では優位を保っていた。
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初代クラウンの功績
初代クラウン誕生から5年以上を経た1960年9月には、小型車規格(5ナンバー)が改定。車体寸法は全長4.7m、全幅1.7m、全高2m以下に、エンジン排気量は2リッター以下に拡大された。これを受けて、同年10月には内外装をマイナーチェンジするとともに1.9リッターに拡大して90PSを発生する3R型エンジンを積んだ「クラウン1900デラックス」(RS31)を追加設定。同時に従来の1.5リッターのR型エンジンを積むデラックス(RS21)とスタンダード(RS20)にも同様のフェイスリフトが施された。また、ここに至って1900/1500デラックスではトヨグライドが選択可能になり、ようやく国産最高級乗用車であるクラウンにもクラス初となるAT車が用意されたのだった。
翌1961年4月には3R型を80PSにデチューンした3R-B型を積んだ「クラウン1900スタンダード」(RS30)、同年7月にはそれをベースにした「マスターライン1900」シリーズも登場。これをもって初代クラウンは変遷にピリオドを打つ。最終型の価格はベーシックな1500スタンダードで77万円。当時は車種を問わず量産効果が出るに従って価格が下がる傾向があり、初代クラウンは現在とは逆にデビュー当初が最も高価で、徐々に価格が下がっていった。1955年に出た1500スタンダード相当のRS型は101万5000円だったから、世間の物価は上昇していたにもかかわらず、およそ6年の間に約25%も値下がりしたわけだ。そして翌1962年9月には初のフルモデルチェンジを迎え、初代の面影をまったく残さないほど劇的な変貌を遂げた2代目(RS40系)が登場するのである。
8年弱に及んだ初代クラウンの国内販売台数は、クラウンベースのマスターラインを含み22万台弱。現代の基準からみれば多くはないが、それでも当時の5ナンバーフルサイズ車としてはベストセラーであり、初代クラウンの成功によってトヨタは国内市場における地盤を固めたのだった。また前輪独立懸架をはじめ自動変速機やディーゼル車など、技術的に先鞭(せんべん)をつけたことも評価すべきだろう。
そして何よりの功績は、繰り返すことになるがわが国の自動車産業の方向性に多分に影響を与えたことであろう。結果論ではあるが、いうなれば初代クラウンは正しいときに正しい姿で登場したのである。
(文=沼田 亨/写真=トヨタ自動車、日産自動車、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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