第69回:トヨタ・クラウン エステート(前編) ―ついに出そろった新生「クラウン」4兄弟を総括する―
2025.05.14 カーデザイン曼荼羅![]() |
トヨタが満を持して世に問うた、新生「クラウン」シリーズ。その大トリを飾る「エステート」が、いよいよデビューした。スゴいことをしている割に淡泊なその造形は、アリや? ナシや? カーデザインの識者とともに、ついに出そろったクラウン4兄弟を語り尽くす。
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普通に見えて、全然普通じゃない
webCGほった(以下、ほった):今回のテーマは、この2025年3月に発売されたクラウン エステートです。自分はちょっと取材からハブられちゃったんで(笑)、近所のショールームで実車を拝んだんですけど、皆さんはもうご覧になりました?
渕野健太郎(以下、渕野):ちょっとだけですけど見ました。ようやくクラウンも勢ぞろいしましたね。
ほった:ホントにようやくですよ。新生クラウン第1号の「クロスオーバー」が2022年9月の発売ですから、4車種のラインナップが出そろうのに、実に2年半。
渕野:そのラインナップをこうして見比べてみると、それぞれ違うデザインになってるのがすごいですよね。大きく分けると2つの方向かなと思うんですけど。
ほった:といいますと?
渕野:クロスオーバーと「スポーツ」は、最近トヨタがよくやっている手法ですよね。フロントのボリュームとリアのボリュームを分けて、リアドアの中心付近で嵌合(かんごう)させるようなやり方です。これをやると、プラン(俯瞰)から見たときにコークボトル的な抑揚がつくんですよ。フロントフェンダーを立体として独立させず、その流れがそのままリアドアまで続いていく。フロントタイヤからリアにいくにつれて次第にすぼまっていくような感じで。で、そこから後ろのリアフェンダーまわりは、また別の立体でボリュームをつけるわけです。
いっぽうで、セダンは“普通のクルマのつくり方”で、プランで見るとタル型の一般面に、フロントフェンダー、リアフェンダーがくっついてるようなタイプです。今回のエステートも基本的にはこっち側なんですけど……同時にかなり、普通はあまりやらないような手法も取り入れてるんですよ。
ボディーサイドのデザインにみる特異性
渕野:これ、セダンとエステートのサイドビューなんですけど、エステートはフロントフェンダーにもリアフェンダーにもかなりボリュームをとっていて、逆にドアの一般面って、フロントドアの後ろあたりからリアドアの真ん中ぐらいまでしかないでしょ?
清水草一(以下、清水):その前に、さっきから出てきてますけど、“一般面”というのはなんですか?
渕野:フェンダーのふくらみがついてない、素のボディー面のことです。セダンのほうは、フロントフェンダーの後ろからリアドアの後半まで、一般面が広く見えるんですけど、エステートはほとんどないに等しい。こういうデザインを取り入れているクルマって割と珍しくて、特に上級車種では、クルマの軸をリフレクションでしっかり見せるのが主流なわけです。クラウン セダンも、リフレクションが前から後ろまで平行にどーんとつながってるじゃないですか。だけど今回のエステートは、いま言ったような面の構成もあって、リフレクションが“揺れてる”んですよ、かなり。
言ってみれば高級車のセオリーからは外れたデザインなんですけど、それでもこうして成立させてるあたり、トヨタはやっぱスゴい。クラウン エステートでは、まずはそういう驚きがありました。
清水:ふーむ、そうか。前後ドアの境目近くまで、フロント/リアフェンダーのふくらみがきてるんですね。
渕野:Bセグメントのコンパクトカーとかならまだしも、高級車や全長の長いクルマでは、なかなかこういう構成にはしません。要は、普通はこういうクルマに使わないようなモチーフを、積極的に投入してるんです。その点では、クロスオーバーやスポーツ同様、すごく挑戦的だなと思います。
ほった:ふむふむ。
クラウンらしい車格感が表現されている
渕野:加えて、今回のエステートは大人なイメージもあるんですね。スポーツとかクロスオーバーみたいに、はっちゃけてない(笑)。あくまで、かつてのクラウンの価値を継承しつつ、新しいことをやっている。それがまた非常にいいなと思うんですけど、どうですか?
ほった:ええと……。自分はショールームの中でしかブツを見てないからスケール感を把握しきれてなくて、それもあってでしょうけど、第一印象は『スター・ウォーズ』に出てくる宇宙船みたいだなって感じでした(笑)。あとは渕野さんのおっしゃるとおりで、SUV系のクラウンのなかでは、いちばんクラウンらしいクルマになっているかなと。「今度『クラウンSUV』ってクルマが出るんだけど、どれだと思う?」って言って3台並べられたら、ワタシはこれって答えそう。
清水さん:クラウンらしいのかね? これ。
ほった:クラウンらしいですよ。躍動感よりヒエラルキー感っていったらいいんですかね。スポーツやクロスオーバーは、あえてそれを崩して、水平基調だった既存のクラウンとは対極のデザインにしてますけど、こっちはかなり、偉いクルマ感が出てる。
渕野:確かに、基本的なモチーフとか全体的なたたずまいがクラウンらしいかっていわれたらわからないですけど、いわゆる車格感を出しているところは、かつてのクラウンに通じてますよね。同時に先進性もあって、この4車種のなかで、いちばん「新生クラウンでやりたかったこと」に近いクルマだったんじゃないかなという感じはしますね。
ただ、もし「アナタだったらどうします?」って言われたら、顔まわりを、もうちょっと(笑)。こういうクルマなら、グリルはしっかり見せてもよかったんじゃないかと思うんですけど。
ほった:そっか。コイツもグリルレスですね。
清水:ボディーとグリルの縁をなくした、渕野さんの言う“グラデーショングリル“だね。
渕野:それもあって、グリルがかなり淡泊でしょう。クラウン スポーツだったらいいんですけど、エステートはやや車格を意識している雰囲気なので、だったらグリルももうちょっとグリルらしいデザインにしたほうが、しっくりくるんじゃないでしょうか。
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キャラクターが弱いというか、印象がないというか
清水:このクルマ、アメリカではSUVに分類されてるんだよね? 「クラウン シグニア」っていう名前で。
ほった:ですね。オフィシャルサイトでは「Crossovers&SUVs」のジャンルで掲載されてます。ちなみに、日本でいうクラウン クロスオーバーは、あっちでは単に「クラウン」って名前で、「Cars&Minivan」のジャンルにくくられてる。
清水:実際、この車形は誰がどう見たってエステートじゃなくてSUVだもんね。クーペSUVまではいかないけど、ちょっと背の低いスタイリッシュでスポーティーなSUV。イメージ的にはややおとなしめで雄大で、それほど自己主張しないし、ギラギラしてない。これがちょうどいいっていう方もそれなりにいらっしゃるかなと。
ほった:……清水さん、さてはこのクルマに、あんまり興味ありませんね?(笑)
清水:いや、なんちゅーか、キャラクターとして強くないよね。でっかい「カローラ クロス」みたいな。
ちなみにクラウンシリーズの日本国内の販売状況をみると、クラウン スポーツが圧倒的です。2025年1~2月の数字だと、スポーツが5604台、クロスオーバーが2480台、セダンが1640台。つまりスポーツが突出して売れている。海外の数字はわかんないんですけど、これ、どうですかね渕野さん?
渕野:順当だと思います(笑)。
清水:でもトヨタの狙いとしては、クロスオーバーがメインだったじゃないですか。
ほった:後発のスポーツに食われちゃったというか、キャラクターがかぶり気味だったというか。
渕野:それについてはですね、こうして4台そろったタイミングで各車を並べてみると……。もうちょっと車種を整理できなかったのかな? って思いますね。(全員笑)
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先陣を切った「クロスオーバー」の正体不明感
渕野:4車種それぞれのクルマの価値を考えると、まずセダンは、これまでのクラウンユーザーを取り込む狙いが非常にわかりやすいじゃないですか。スポーツは逆に、これまでクラウンのユーザーじゃなかった若い人が、おそらく輸入車と比較検討しながら買うわけですよね。
清水:「フェラーリ・プロサングエ」と比べてどっちがいいかなと(笑)。
ほった:お値段10分の1だし、クラウンはお得だなって(笑)。
渕野:で、今回のエステートは、年齢層はクラウン セダンのターゲットと同じぐらいだけど、よりアクティブな人というか、いろんなところに自分で運転して出かけたいっていう人が狙いなのかなと思います。だから、これも意味はわかるんです。
いっぽうで、最初に出たクロスオーバーがどういう人をターゲットにしていたのかっていうのが、クルマの形だけ見るとイマイチわかりづらい。清水さんのおっしゃっていた販売結果にも、そういう曖昧さが表れているんじゃないかなと。
清水:クロスオーバーがいちばんいらなかった(笑)。
渕野:いや、いらないとは言わないですけど(笑)、こうやって4つそろったなかでそれぞれの役割を考えると、じゃあクロスオーバーの役割はなんだろう? と思っちゃうわけですよね。
シルエットはスポーティーでクーペライクなんだけど、SUVの要素もあって、かなり未知なもの、あんまり他のメーカーがやらないものになっているわけです。それに対して、その他の3車種は一応他社にもそれらしいものがあって、競合と見比べながら選ぶような感じでしょう。それを思うと、そもそもクロスオーバーみたいなクルマのお客さん自体が、少ないんじゃないかな。
ほった:使用感も何気に特殊ですもんね。SUV風のスタイルをしてる割に荷室はトランク式で、ワゴン的には空間を使えない。床面が高いわりにルーフが後ろまで通ってないから、乗っていてもセダンに乗ってんだかSUVに乗ってんだかって気持ちになるんですよね。デザインもユーティリティーもメインどころじゃないクルマで、正直、これが新生クラウンの第1号として出るって聞いたときは、「これが1個目なの?」って思いましたもん。BMWでいったら、「3シリーズ」の「セダン」や「ツーリング」が出る前に、「グランツーリスモ」が出てきちゃった、みたいな。
渕野:あー、そんな感じしますね。
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語りたくなるような部分が、あんまりない!
清水:とにかくですよ、今となってはクロスオーバーはいらなかったと。(全員笑) もちろん、いっぱいバリエーションがあるぶんには、ユーザーの選択肢が増えるわけで、ありがたいことなんですけど。
ほった:それが本当にできちゃうんだからスゴいですよ、トヨタは。でも、まぁこれは個人的な意見ですけど、他の3車種と比べると「もうちょっとカッコよくできんかったんかね?」って気もしなくもない(笑)。
清水:そうね。クロスオーバーはどこかヤボったい。これはひょっとしたら、あえてオッサンくさい感じを残したのかも。クラウンという名前を継承するために!
渕野:いや、クロスオーバーもかなりチャレンジングなことはしてるんですよ。特にリアまわりとか。ああいう風に黒で車体を塗り分けるのって、スケッチで描くことはあっても、実際にはいろんな要件もあって難しかったりするんです。そこをストレートに実車に落とし込んでるのはスゴい。やっぱりデザインの問題じゃなくて、「クーペライクだけどSUV」っていうクルマの需要そのものが、少なかったんじゃないですか?
清水:そうかなぁ。スポーツのシルエットは若々しいけど、クロスオーバーはぜい肉! って感じがするんだよなぁ。四国のはじっこのほうでクラウン スポーツが走ってるのを見かけたんですけど、「スーパーカーか!?」みたいに見えましたもん。ものすごくぜいたくなクルマに。
渕野:クラウン スポーツはかなり欧州車っぽいたたずまいでしょう。そういう風に目を引くっていうのは、プロポーション的なところがそうさせている気がするんですよね。いっぽうで、クロスオーバーがどうしてヤボったいかっていうのは、ちょっと指摘するのが難しいですが(笑)。
清水:なんか、エステートの話が全然出てこなくなっちゃいましたけど(笑)。まぁセダンとスポーツはいい意味で語るべきことが多い。いっぽうクロスオーバーは、いろいろディスる部分が多い(笑)。それに対してエステートは……どっちもあんまりないんですよ。(全員笑)
(後編に続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=トヨタ自動車、郡大二郎、向後一宏、BMW、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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