第71回:「オートモビル カウンシル」回顧録(前編) ―ジウジアーロが変えた自動車デザインの変遷をたどる―
2025.05.28 カーデザイン曼荼羅![]() |
時代は違えど、デザイナーの悩みはいつも同じ!? ヘリテージカーの祭典「オートモビル カウンシル」に登場し、会場を大いに沸かせたデザイン界の巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロ。彼の講演と展示車両から、カーデザインの変化の歴史をたどる。
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よく見れば浮かび上がってくる共通性
webCGほった(以下、ほった):今回のテーマは、ちょっと間が開いちゃいましたけど、「オートモビル カウンシル」ですね。記念すべき第10回・開催10周年ということで、いろいろありましたが。
清水草一(以下、清水):渕野さんと見てきたよ。
渕野健太郎(以下、渕野):ほったさんも行ったんですよね?
ほった:もちろん行きましたけど、撮影に追われてて、一緒にまわることはできなかったんですよね。でも、同じものはしっかり見てますから、たぶん。
清水:一番しっかり見てると思うよ、たぶん(笑)。
渕野:でしょうね(笑)。
ほった:なんですか2人して。まぁとにかく、今回一番のトピックはあのジョルジェット・ジウジアーロさんが来たってことだと思うんですが。
渕野:そうですね。講演会があっただけじゃなく、主催者展示でジウジアーロデザインの歴代モデルを並べてたじゃないですか。それを見て、やっぱ統一感があるなと思いました。
清水:え? クルマによって全然違いません?
渕野:全然違うプロポーションのクルマでも、構成とか面質とか線質とかが、割と近いんですよ。例えばこれは、主催者展示じゃなくてマセラティのブースにあったクルマですけど……。
ほった:「ギブリ スパイダー」ですね。
渕野:これにも「フォルクスワーゲン・ゴルフ」や「BMW M1」に通じるものがあるんですよ。フロントから始まるキャラクターラインをしっかり見せるいっぽうで、ボディーの面自体はわりかし淡泊っていうか、この年代のモデルにしては、あまりふくよかな感じじゃない。シャープな面質をしてるじゃないですか。
清水:そう……なんですかね。
渕野:「マセラティ・メラク」とかもそうですよ。さすがに「アルファ・ロメオ・ジュリア」はシャープとはいえませんが、あれもやっぱり、ボディーサイドに“角”がすっと通ってる。そういう構成は一緒なんですね。
みんな大好きな「ポルシェ911」もそうだけど、1960年代までのクルマって、割とボリュームでみせてくるデザインばっかりだったわけです。そうしたなかで、こういうシャープな感じを出してきたのが、たぶんジウジアーロさんの最初の“個性”だったんだと思うんです。
清水:あの人の作品は、1960年代と1970年代以降とじゃ、全然違うと思ってました。
トレンドの変化とデザイナーの挑戦心
渕野:それと、講演会の話を聞いてて「そうだったんだ」と思ったことがあるんです。ベルトーネに入って最初にスケッチを描いた「アルファ・ロメオ2600スプリント」について、「『ヘッドランプから始まるフロントフェンダー』という既成概念を、変えたかった」って言ってるんですよね。
清水:当時は、そういう既成概念があったんだ。
渕野:この当時は、丸いヘッドランプの縁の形を、そのまんまフロントフェンダーへと伸ばしていくのがひとつのセオリーだったわけです。そこを2600スプリントでは、あえてランプとフェンダーを完全に分けてみせた。その理由は今言ったとおりで、やっぱりカーデザインの常識みたいなものを変えたいっていう、デザイナーの普遍的な欲求があったんじゃないかなと。そういうところに、つい共感してしまいました。
ほった:デザイナーの気質は不変ってことですね。
渕野:そうですね。昔って、ヘッドランプはガラス製で、しかもランプが正面を向いていないとダメだったじゃないですか。そうなると、フロントのプラン(俯瞰)カーブも大体決まってしまう。今よりずっと、デザインの自由度が低かったわけです。そんななかでも、ジウジアーロさんはほかと違う手法をどんどん取り入れていった。それがさっきのマセラティのような、シャープなエッジでフロントとサイドと上面を切り離したようなデザインにつながっていったんでしょう。
清水:いわゆる、ジウジアーロさんの「折り紙細工」の原点ですか。
渕野:法規に関する話だと、当時はランプとサイドマーカーは離さないといけなくて、だからアルファでも、ランプを少し内側にやってマーカーと離してた、みたいな話もしていましたね。そういうところも含めて、考えてることや苦労するところ、デザイナーのマインドみたいな部分は、自分らの頃とも変わんないんだなと(笑)。この時代もやっぱり、そうしたいろいろな試行錯誤があって、徐々に自動車の形って変わっていったんでしょう。
確かこの年代ぐらいから、クラシカルなボリュームでみせるクルマって減っていったと思うんですけど、そこにはこういう流れがあったんだなと思いました。
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「ゴルフ」が変えた世界の自動車デザイン
清水:でも自分にとっては、ジウジアーロっていったらやっぱり初代フォルクスワーゲン・ゴルフなんですよ。あの当時、“ビートル”の後継モデルの開発って、全然うまくいってなかったじゃないですか。ところが、最終的に180°正反対みたいなゴルフが登場して、世界を変えちゃった。このスゴさを語っていただけないでしょうか。
渕野:こういうクルマも清水さんは好きなんですね。確かに、丸っこいビートルの後継がコレになったんだから、それは大事件ですよね。パッケージが変わったから、というのもあるんでしょうけど。
ほった:まぁ、FFでも「ローバー・ミニ」みたいに丸いクルマもありますしね。
清水:当時、こういう折り紙細工みたいな自動車デザインってなかったですよね?
ほった:いや、カクついたハッチバック車って意味では、「ルノー5(サンク)」って前例がありますよ。ゴルフは1974年で、こっちは1972年。
清水:ありゃ、サンクのほうが少し早かったのか。
渕野:でも、「ムダをそぎ落とした純粋なクルマの形」って意味では、ゴルフのほうが突き詰められていますよ。やっぱりゴルフは、1970年代から先のクルマのデザインに、すごい影響を与えたと思います。
ほった:ゴルフが「FFの、カクカクデザインのハッチバック車」の決定打になったのは確かですもんね。これで実用コンパクトのトレンドが決まった、みたいな。
清水:クルマを見るセンスも変わったよ。直線基調がカッコイイっていう認識は、初代ゴルフから入ったんですよ、自分の世代だと。
渕野:1980年代にはそういうクルマばっかりになったじゃないですか。その元祖みたいな感じですか?
清水:そうです! スポーツカーだと「ロータス・エスプリ」(1976年)がその象徴で、ものすごく未来的でカッコイイと思いました。
渕野:なるほど。自分らとは認識がちょっと違うんですね。
清水:初代ゴルフやエスプリ以前の有機的なデザインのクルマは、全部古臭くて時代遅れ! こういうバキーンってデザインこそが現代だ、みたいなね。
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「ゴルフ」がカッコよく見える本当の理由
渕野:確かに、ジウジアーロさんが少しずつ挑戦していったものの、ある種の到達点が初代ゴルフという感じはしますね。オリジナリティーが一番出ている気がする。ただ、やっぱりジウジアーロさんとしては、以前からそういうデザインを模索していて、だんだんムダをそぎ落としていってゴルフにいき着いたんだと思います。
清水:でもデザインの素人には、ゴルフとジュリアは全く別物に感じるんですよ。しかも初代ゴルフは、直線的な平面構成でありながら、タイヤが踏ん張っていて“走る感”もすごくあるんですよね。これが「フィアット・パンダ」になると、そういうのがなくなって、本当の箱みたいになっちゃった。このあたりが、初代「スズキ・ワゴンR」とか、軽ハイトワゴンの元ネタになったのかな? と思ったりして。
渕野:そうですね。初代ゴルフは……2代目とかもそうですけど、やっぱりプロポーションがいいんですよ。しっかりタイヤが踏ん張ったデザインで、フェンダーも結構出てますよね。ってことは、そのぶんボディーのほうを絞ってるわけです。カクカクしたデザインが注目されるゴルフだけど、このクルマをカッコよく感じる理由としては、そういうところも大きいと思いますよ。やっぱり箱! ってだけだと、クルマとしての安心感とか魅力につながりづらい。タイヤをしっかり見せると、箱でもちゃんとクルマとして成立する。
清水:やっぱりゴルフは偉大だなぁ。今回展示されたジウジアーロの歴代モデルを眺めてても、やっぱり初代ゴルフが一番偉大だなって思う。おふたりはどうですか?
ほった:ワタシゃ浅いクルマ好きですからね。偉大なのっていったらゴルフなんでしょうが、どうしたって「それより『イソ・グリフォ』とか『デ・トマソ・マングスタ』のほうがカッコイイよな」って思っちゃう。
渕野:自分は「ランチア・デルタ」なんかも結構好きですよ。しかし、1台に絞るとなると難しいな。ジウジアーロって、分野を問わず、すごくたくさんのクルマを手がけているじゃないですか。個性はあるけど、実車のデザインはメーカーやジャンルにちゃんと合わせていて、“我が強い”という感じじゃない。
清水:ある意味、東洋的かもしれないですね。
渕野:いすゞの「117クーペ」や「ピアッツァ」もいいですよね。うーん。どうしようかな、ゴルフは取られてるからなぁ(笑)。
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幸福な時代を謳歌した希代の天才
清水:そもそも現代のカーデザインだと、こういうひとりの天才がどうにかする、みたいなことは、もう全然なくなりましたよね。
渕野:そうですね。外部のデザイン会社に委託することも、ほとんどなくなりました。理由はおそらく、開発の期間が圧倒的に短くなって「そんなことやってる場合じゃない!」ってなったのがあるのでしょう。後は、自分たちでちゃんとブランディングしたいっていう思惑ですね。デザイナーやデザイン会社の実力うんぬんじゃなくて、仕事の仕方が変わったというか。
清水:開発の要件とかも、どんどん厳しくなってますもんね。とてもじゃないけど、外部に委託して「こういう形で」ってデザインを返されても、それに合わせて中身をつくるっていうのは、もうできないと。
渕野:最近は本当に、新しいクルマをつくるたびに「次のクルマではこういう要件が追加されます」っていって、要件がどんどん増えてますからね。歩行者保護関係とか。そうなってくると、例えばフロントの基本的な造形なんかも、「大体こう」っていうところから変えられなくなる。いくら外注ですごくカッコいいデザインが返ってきても、それをそのまま市場に出せるわけないっていう。
ほった:そうなる前の、ひとりの天才が世界を変えられた時代の代表が、ジウジアーロなわけですねぇ。
(後編に続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=GFGスタイル、ステランティス、フォルクスワーゲン、ルノー、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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