第915回:寝ても覚めてもオペル! ファンたちの愛すべき実態
2025.06.19 マッキナ あらモーダ!ドイツで奮闘、イタリアでは……
日本では2020年に翌年の再参入が発表されるも実現しなかったオペルだが、ヨーロッパでは2021年に発足したステランティスの1ブランドとして健在だ。2024年には自動車製造125年を祝った。
街なかでは旧グループPSA傘下だった時代の流れをくんで、プジョー/シトロエンの地域販売店が扱っている場合がよくみられる。
ステランティスの2025年1月発表資料によると、本国ドイツにおける2024年のオペル乗用車および小型商用車の登録台数は2023年比で6.4%増の約17万5000台を記録。市場占有率も5.3%から5.6%に増えた。「コルサ」はスモールカー部門で販売1位となった。
いっぽうイタリアにおける2025年1-5月のオペル乗用車登録台数は1万8913台で、前年同期比で11.81%減である。シェアは2.62%だ。ブランド別台数順位では16位で、アルファ・ロメオ、シュコダ、日産、スズキより多く、メルセデス・ベンツ、ヒョンデ、キアより少ない。ポピュラーブランドとしては、あとひとつ活気を期待したいところだ(データ出典:UNRAE)。
そのイタリアに、「オペル・クラシカ(Opel Classica)」というクラブがある。イタリア北部のファンを中心に2022年に設立された。メーカーの支援を受けていない有志の集まりである。発足当時の会員数は20人程度だったが、現在は50人を超えた。
筆者は、発足翌年の2023年にこのクラブの存在を知り、イタリア北部エミリア・ロマーニャ州で開催された彼らの第1回ツーリングをのぞいたことがあった。そのときは1969年「1900GT」をはじめ十数台が参集した。
彼らが2025年6月に、筆者が住むシエナ郊外で一日ツーリングを催すという知らせを聞いた。そこで当日、出発地点であるモンテリッジョーニの城塞(じょうさい)に赴いてみることにした。かの詩人ダンテ・アリギエーリが『神曲』地獄篇(へん)のなかで、巨大な怪物たちに見たてた丸く並ぶ塔があることで知られる史跡だ。
子ども時代の思い出とともに
筆者の到着とほぼ同時にやってきたのは2人。ヴィットリオ・インブリアーニ会長と、広報担当のマッテオ・ヴィンチェンツィさんだった。
やがて参加者が次々と到着した。以下、古い順に紹介しよう。最年長の参加車は1980年の「レコルトE」だった。はるばるピエモンテ地方からやってきたオーナーのジュリオさんは、約5年前に手に入れたという。「日常使いにしているほか、イタリアはもちろんヨーロッパ各地も走ったよ」
レコルトEの美点は? との質問にジュリオさんは、早くから電子燃料噴射を採用しながらも「メカニカルな構造が多いから手がかからないし故障も少ない。110PSもあるので長距離移動も快適だ。今のクルマと違ってエアバッグもパワーステアリングも非装着だけど、慣れれば扱いやすい。全然不便じゃないね」と語る。
次に古かったのはヴィットリオ会長の愛車である1982年「アスコナC CC1.6SR」だ。「私が育った家は3台オペルを乗り継いだ。常に家族とともにオペルがあったんだ。そのなかにアスコナCCもあった。そこで走行たった4万9000kmの同型車を2022年に見つけて手に入れたのが、これさ」
1986年に登場した初代「オメガ」、すなわちオメガAは2台やってきた。1台は参加者中最年長の72歳、ジャンフランコさんがブレシアから駆ってきたクルマだ。オメガを選んだ理由は? との質問に「エアサスペンションの乗り心地がいいからです」と答えてくれた。同時にオメガの丈夫さに感銘を受けた彼は今、モデルは聞き忘れたが、別のオペルも所有しているという。
もう1台のオメガAから降りたったのはジョルジョさんという男性で、聞けば幼なじみである前述のマッテオさんのコレクションを借りての参加だった。ジョルジョさんは語る。「僕は子どものころからずっとクルマが好きだったんだ。マッテオとは、ずっと一緒にこの情熱を分かち合ってきた」
マッテオさんは説明する。「このオメガAはたった2カ月前にヴィチェンツァで見つけた。前オーナーがクラブに連絡してきて、『誰か興味ある人はいないか?』って声をかけてくれたんだ。最初は査定して販売の手伝いをするつもりだったんだけど……見た瞬間ひと目ぼれしちゃって(笑)」みずから手に入れたと説明する。「車齢35年だけど走行距離はたったの18万km。つまり一年あたりの走行距離はきわめて少ない個体だ。広くて快適なのは、ジョルジョもこの週末よくわかったと思うよ」
それを受けて、ジョルジョさんは続けた。「たしかに、すごくよかった! 普段もっと小さいクルマに乗ってるから、さらにうれしさが増すし、トランクも大きい。古いクルマだけど、高速道路で静かで走りやすいんだよね」
かつてオペルはゼネラルモーターズ(GM)の欧州法人だった。ドイツ車らしさ、アメリカ車らしさ、どちらを強く感じる? との質問には、「うーん、どっちかっていうと、やっぱり“ザ・ドイツ車”って感じ。しっかりつくられていて素材もいいし、おとなしいエンジンだけど十分走る。正直なところオメガってよく知らなかったけど、気に入ったよ」とジョルジョさんは答える。
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オペル3台持ちの27歳
マッテオさんの愛車は「コルサB」である。日本では「ヴィータ」の名前をつけられてヤナセを通じて販売されていたモデルである。「1.2ヴィヴァ」という仕様だ。「1997年4月に母が買ったのを、僕の姉が引き継ぎ、僕のところにやってきたんだ」。かつてのガールフレンドの故郷であるオランダまで往復したこともあるという。オドメーターは、すでに50万kmを刻んでいる。
イルムシャーのキットで固めた2003年「ベクトラC 2.2DTIエレガンス」で現れたアレッシオさんにも話を聞く。北部トレヴィーゾに住む彼によると、オペル道に入るきっかけは、以前からヴィットリオ会長と別の自動車クラブを一緒に楽しんでいたことだという。「彼がオペル・クラシカに誘ってくれて、行ってみたら仲間たちがすごくいい人ばかりだった。それで『お前もオペル買って参加しなよ!』って言われたんだ」
ベクトラにしたきっかけは? 「父が昔『ベクトラB』に乗ってて、懐かしくてね。装備も豊富で走りもよかった。いい思い出なんだ」と振り返る。「ある日、青いクルマが好きな僕にぴったりの、このベクトラがあったわけ。見に行ったら……ひと目ぼれしてしまった」と、ストーリーを語ってくれた。
「今はちょっとずつ手直ししている。将来的には見た目も中身も完璧に仕上げていくつもりだ。とても信頼できるクルマで、普段使いもできる。昔の高級車だから装備も豪華で、長距離ドライブも楽々だ」と話す。
隣県であるフィレンツェ県からやってきたのはトンマーゾさん。今回の参加者中最も若い27歳である。「子どものころから家にはオペルばかり。何台乗り継いだか覚えてないくらい」と笑う。
「今日は2016年『コルサE 1.4ターボ』で来たけど、ほかに1993年の『アストラGSi』 と2000年の『ティグラ』も持ってるよ」。さらに職業を聞くと、驚いたことに「オペルディーラーで整備士をしてるよ」と教えてくれた。
プロとしてオペルの魅力は? との問いに「構造がシンプルでわかりやすいし、定期点検も含めメンテナンスが容易なんだ」と語る。しかしながら公私ともにオペル生活とは、飽きないのか? との質問には、「仕事が終わったあとに、また自分のクルマをいじるのは正直ちょっとキツいときもある」と認めつつも、「でも、家に3台あるから、やるしかない!」とほがらかに答えてくれた。
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ひたむきさを確認した、ある光景
最終的に、今回のシエナ地方ツーリングのスタート地点に現れた参加車は、ヴィットリオ会長とマッテオさんの努力にもかかわらず7台にとどまった。やはり北部中心の会員構成と、平均より10℃以上高い気温が足を引っ張ったようだ。とくに1970年代以前のお宝を持つオーナーたちが二の足を踏むきっかけになったことは容易に想像できる。
しかし、メンバーたちの結束は固い。目下の目標は、イタリア古典車協会(ASI)の公認クラブとなることだ。歴史車活動が後回しにされがちな昨今、メーカーのサポートは期待できない。したがって、自分たちで奮闘することが事実上唯一の手段だ。
オペルは欧州の多くの国・地域でポピュラーブランドとして認識されている。今日、趣味の対象としてとらえる人はけっして多くない。今回、彼らが集合場所として選んだモンテリッジョーニはトスカーナきっての観光スポットゆえ、ドイツ人客も多い。彼らはオペル・クラシカのクルマたちを眺めながら、「何が面白いんだろう」という表情で通り過ぎてゆく。
それでも、オペル・クラシカのメンバーの語りからは、うわべのブランド評価に惑わされず、信頼性、整備性、そして快適性に優れた実用品としての視点でクルマを見つめていることが、ひしひしと伝わってきた。
筆者が撮影しようとすると、誰もが進んで室内を見せてくれようとする。なかには、「君の家のように、気楽にしてくれたまえ」と告げてくれたオーナーもいた。実はイタリア人が家に招いたときよく用いるフレーズではあるのだが、うれしいではないか。
さらに筆者の思いを記すなら、オペルが開発計画に関与したGMグローバルカー計画のモデルは、世界各地で花開いた。日本の初代「いすゞ・ジェミニ」は、その好例である。その後も、事実上のバッジエンジニアリングである英国のボクスホールはもとより、豪州ではホールデンとして、ラテンアメリカではシボレーとして、北米ではシボレー、ビュイック、キャデラックとして販売された、オペルをベースにした車両が数々あった。そうした意味で、このブランドの知識を深めるのは楽しい。
談笑していると、やがて彼らが予定に組んでいた史跡見学の観光ガイドさんがやってきた。そのとき実は、駐車場に「アルファ・ロメオ・デュエット スパイダー」2台が、ある広告会社の撮影用に駐車していた。だが、クラシカのメンバーたちは誰ひとり興味を示すことなく、ガイドさんのあとを追っていった。オペルに対するひたむきな愛が伝わる光景だった。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里Marii OYA、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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