DCTとトルコンAT、技術者が優位と思うのはどっち?
2025.07.29 あの多田哲哉のクルマQ&A歴史あるトルクコンバーター式AT(オートマチックトランスミッション)に代わる新機構としてDCT(デュアルクラッチ式トランスミッション)が出てからずいぶんたちます。多田さんが今あえて優劣をつけるとしたら、優れているのはどちらのトランスミッションですか?
将来を見据えてどちらがいいかという話をするなら、圧倒的にトルコンATです。
DCTは、まだトルコンATに欠点が多かった時代に、「MT(マニュアルトランスミッション)に近いダイレクトなシフトフィーリングが得られ、シフトスピードも速い変速機」ということで、特にスポーツカーをはじめとする高性能車用のATとして重宝されました。
しかし今や、DCTに対して劣っているといわれていたトルコンATの欠点はなくなっています。エンジンとトランスミッションを直結させる制御エリアも増えて、変速スピードは高速化するなど、改良が進んでいる。最新型のトルコンATとDCTを比べたら、フィーリング上の差もないといえるでしょう。
レースをやっているとかサーキット走行を好むといった方は別として、普通の人は“ごく普通の道”を走っている時間が圧倒的に多いですから、直結させずにある程度滑らせたほうがいいという領域が広くなりますし、もちろん変速ショックは少ないほどいい。その点でATがベターということになります。
そしてトルコンATのアドバンテージとして大きいのが「重量」です。DCTは、乱暴にいうとトランスミッションを2つ積んでいるようなもので、どう工夫したところで重くなってしまいます。いくら軽量化しようとしても、ひとつのギアセットで走るトルコンATには、軽さの点で勝ることはないのです。重量は燃費にも走りにも直結しますので、優劣をつけるうえでの決定的な要因になります。
一時期話題となったDCTの耐久性の問題は、今ではかなり解消できていると聞きますが、構造的に、クラッチをつなぐ際のショックを和らげようと意図的に滑らせたり、逆にそこでの摩耗を避けるためにバンとつなげると変速ショックが出たりと、そのせめぎ合いに悩まされるのがDCTです。その点、トルコンATは流体(オイル)を使って上手につなげられる。耐久性の点でも有利です。
先に触れたとおり、DCTの登場当時は「ATのように扱えて、MTのようなダイレクト感も味わえる」と大いにアピールされたものですから、今でも「DCTはトルコンATに代わる次世代ATなのだ」という先入観を持たれている方も少なくないようですね。しかし、それは古いイメージであるといわざるを得ません。
私は「トヨタ・スープラ」の開発に際して、トルコンのスポーツATを搭載していることを前面に出したのですが、「なぜDCTじゃないのか」「スポーツカーはDCTのほうがいいに決まっているじゃないか!」という批判が世界中から山のように寄せられました。以後、「いやいや、進化したATをぜひ試してみてください」とうったえ続けて、「なるほど、なかなかいいじゃないか」という声が聞かれるようになったのは、2年ほどたってからのことです。
そのころと比べても、トルコンATはさらに改良されています。DCTと対比したところで、もはや議論するレベルにはありません。DCTを使っているメーカーも、今後はトルコンATに切り替えていくことになると思います。
ただ、高性能なトルコンATは、その制御に高度なソフトウエア開発が求められ、それを長年蓄積してきたメーカーと他のメーカーとでは、現実的にかなりの性能差があります。そのノウハウは、トランスミッションのサプライヤーや部品メーカーよりも自動車メーカーが持っていて、それゆえ市販技術として採用するのに差が出てしまうのです。
もっとも、私としては、レーシングカーに近いスポーツフィーリングを楽しめるシーケンシャルシフトが、そのうち市販車にも使えるように改良されて発売されるのではないかと思っています。そして、そういう次世代技術は、世界中のスポーツカーメーカーからきっと次々と出てくるはずです。みなさんも、ぜひ期待していてください。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。