第50回:赤字必至(!?)の“日本専用ガイシャ” 「BYDラッコ」の日本担当エンジニアを直撃
2025.11.18 小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ疑問だらけの中国発軽スーパーハイトEV
大変ご無沙汰しております、小沢コージです。さて無事閉幕した2回目のジャパンモビリティショー。新型「エルグランド」だの「センチュリー クーペ」だの「カローラ コンセプト」だのが出たけど、一番ビックリしたのは「BYDラッコ」です。
ご存じBYDは2年前に初上陸の中国自動車ブランドで、国内販売はトータル5000台ちょい、まだ年間2200台ぐらいしかさばけていません。なのに今回軽スーパーハイトEVのラッコを発表して、発売はいきなり2026年夏! 展開が異様に早くて、そもそも今までの「ATTO 3」「ドルフィン」「シーライオン7」は既存のグローバルモデルだからいいけど、ラッコはどう考えても日本専用車だよ? 今までフォルクスワーゲンだってメルセデスだってプジョーだって日本専用開発車なんてつくってこなかったし、年間2000台ちょいでど~やって元を取るのさ? あり得ないって。
疑問だらけかつ謎のかたまりのラッコ。さっそくショー現場の日本担当エンジニアの田川博英さんを直撃だ!
200万円を切る可能性はありますか?
小沢:突然すいません。BYDの話題の新型軽スーパーハイトワゴンEV、その名もラッコ。これ、本当に出るんですか?
田川:本当に出ます。
小沢:今回ショーで言い切った内容とは?
田川:まずは2026年夏の発売を目指しておりますと。バッテリーの種類はお客さまの使い方を考慮して、ショートレンジとロングレンジの2種類を用意しようということで計画が進んでおります。
小沢:電池容量はどれくらい?
田川:数字をご提供できる水準にはないので。
小沢:長いほうの航続距離は?
田川:まさに今、申請値をつくっている最中です。
小沢:なにより気になったのが価格ですけど、どっかの報道で200万円以下からって! 「日産サクラ」は高くて300万円超えで普及帯で260万円。そんなんアリですか?
田川:そういうことをご期待としては承っておりますけども、弊社社長の言うとおり、やはり適正な価格での競争を考えなきゃいけないですし、一方そういったご期待もあると思いますので、両方を考えて、バランスのいい適切な価格をと思っています。
小沢:国や都の補助金を使わずに200万円切る可能性ってあります?
田川:まさに検討中で、全く分かりません(笑)。
小沢:個人的に驚いたのが、BYDラッコの存在そのもので、正直あり得ないプロダクトだと。現状、日本で売れてるBYDって年間2000台ぐらいじゃないですか。で、新型ラッコがよっぽどカッコよくて安かったとしても申し訳ない話、まず年間販売5000台! よっぽど売れて1万台! だと思うんです。
ラッコがフルオリジナル車だとすると、普通の大衆メーカーだったら年間10万台ぐらい生産が見込めないとつくれない。新規プラットフォームを開発して、もしや工場にラインつくって、エンジン……いやモーターとバッテリーはドルフィンのを使ったとしても普通はペイできないと思うんです。実際、売るのは日本だけですよね? アセアンや中国などでラッコのワイドボディー版を売る可能性があったとしても、そんなに台数が出るのかと?
田川:そうですね。ある意味、そこは僕自身もすごく聞きたいところです(笑)。
このプロジェクトは赤字覚悟なんですか?
小沢:いわゆる車両のプラットフォームには何を使うんですか?
田川:新設だと思います。
小沢:マジですか?
田川:このサイズのプラットフォーム、何をもってプラットフォームっていうかはともかく、床のサイズは他のクルマのを流用できるようになっていません。
小沢:電池とかeアクスルは? 既存のコンパクトEVドルフィンのを流用する?
田川:それもどこまで流用できているかは……ごめんなさい。僕では正確に分からない。
小沢:バッテリーはやっぱりBYD自慢のブレードバッテリーになるんですよね。
田川:だと思います。
小沢:もう一つ、ラッコの開発スタイルですが、それこそ今お話を伺っている日本人エンジニアの田川さんがいらっしゃって、実は日産でサクラや「ルークス」などを開発された方だと……。
田川:ルークスは2代目ですけどね。今の1世代前の。
小沢:やはり人材をうまく活用していると思いました。もう一つ、日本で一番売れている軽EVの日産サクラですが、あれが出たときに、サクラベースで両側スライドドアの軽スーパーハイトEVがつくれないか? って聞いてみたんです。田川さんとは別の方にですが。
田川:はい。
小沢:そうしたら簡単ではないと。まずは航続距離で、サクラは電池容量20kWhでWLTCモードの一充電走行距離が180kmですが、背を高くすると空気抵抗が悪くなるからあの電池量じゃ済まない。かといって狭い軽自動車のフロアにあれ以上簡単には載せられないし、しかも両側スライドドア化するとフロアにドアレールが入るので余計積みづらくなる。つまりスーパーハイト化が求められるのは分かるけど、そのままじゃ難しいと。しかしラッコはその壁をあっさり突破してきた。一体どういった魔法を使ったのかなと。
田川:当時のことはあまり話せないのですが……(笑)。また、サクラと違い、ラッコの開発は私が直接担当していないので分かりません。ただ、既にクルマは出来上がっていました。
小沢:試作車、出来てるんですか?
田川:あの、そういう意味では出来上がっています。あとは本当に精査して、数値の検証をして皆さまにお伝えすると。
小沢:ではラッコをつくるのは中国の深セン? なんかウワサでは、日産の追浜工場が売却されるので、そこでラッコをつくれば……みたいな話もあって。
田川:今は少なくともそんなことは(笑)。
小沢:まあ、そんなの間に合うわけがないですけど、とにかく2026年夏に出るってことはプロトタイプはほぼできているわけですね。
田川:新センではないですが、中国でつくられるのは間違いないです。
小沢:マジメな話、年間どれくらい台数が出ると思います?
田川:さあ、どのくらいでしょう。
小沢:もしやこのプロジェクトは赤字覚悟なんですか?
田川:分かりません。
小沢:どうやったらこの普通はあり得ないプロダクトが成立するんでしょうか?
田川:本当に分かりません、僕ら日本法人でも。僕自体が驚いているくらいですから。
小沢:ただ確かにバブルのころって、「トヨタ・セラ」とか「日産Be-1」みたいなすごくユニークなクルマが少量生産されていたんですよ。トータルで数万台とか。ただそれらは中身は普通の「スターレット」でガワだけ変えてたとか、安全基準も緩かったし、今より安くつくれた。ただラッコはどう考えてもオリジナル度が高い。
田川:ボディーも床も基本的には全くの新設だと思いますよ。
小沢:そう考えると謎が多いし、つくづく驚異ですよね。あともう一つは、やっぱりそこは中国人ならではのハードワークでこなすのかと。日本みたいなタイトな労働基準法はないだろうし、みな寝ずに働くみたいな?
田川:すごく誠実に真面目に取り組んでいることは間違いないと思います。ただ僕はどちらかというと、こういう形でいこうとか、この仕様でやろうっていう意思決定が速いんじゃないかと。
小沢:いわゆるトップダウンの決断構造であり、判断の速さですね。
田川:いろんな人の意見を伺うんじゃなくて、チームで方針を決めたらそれでいく。トップはもちろん、段階ごとに権限委譲もされているだろうし、そこが速いんだろうなっていうのは私も入って長くないけれど感じるところはあります。
若い力がパワーを生む
小沢:ウワサではこの企画はカリスマ経営者の王 伝福さん、一代でBYDをつくられた立志伝中の方ですが、この方が2023年のジャパンモビリティショーにいらして、日本の田舎道を視察したときに「あの日本中をいっぱい走ってる背の高いちっちゃいのはなんだ」と。側近が「あれは日本の軽自動車、それも両側スライドドアが付いたスーパーハイトワゴンです」と言ったら「あれをつくれ」と。ある意味、トップダウンで決まったと聞きましたが。
田川:正確なやりとりは知りませんが、きっかけの一つにはなったかもしれません。
小沢:逸話が本当だとすると、たった2年でプロトタイプまでつくっちゃった驚異のプロジェクト。しかも今まで日本にドイツ車、フランス車、アメリカ車、スウェーデン車、韓国車といろいろ入ってきましたが、専用の車種までつくった自動車ブランドなんてないんですよ。
田川:ないです。僕も本当にすごいと思います。
小沢:それから最近気になる日本の厳しい認証制度についてですけど、BYDは今後そこをどうクリアつもりなのかと。
田川:そこは頑張りどころで、今からもう1年弱ですけれども、しっかり準備をして遅れがないようやっていきたいと思ってます。
小沢:そういう意味でも信頼性の高いeアクスルなんかを使うのかと思うし、ただ日本の規制は厳しいから、そこもBYDのハードワークで。ウワサによれば中国の会社には、年間契約じゃなくて、月ごとの成果システムを採用しているところがあってものすごく頑張るとか。
田川:現地の事情については本当に全く分からないです。ただ、ある目標に向かって、信じて向かっていくパワーはすごいと思っています。それからスタッフが若いですよね。若い力が一点に向かって集中するとものすごい力が生まれると思っています。
小沢:やっぱり中国の脅威ですね。
田川:僕自身もこう、力をつけてやらせていただければと思ってます。
小沢:BYDに入ってどれくらいたつんですか?
田川:まだ2カ月ちょっとです。
小沢:では田川さんの今のタスクは、ラッコをどうつくるかっていうよりも販売戦略とか?
田川:新しい軽自動車をたくさん売りたいですし、そうすれば利益が出ます。今は最終的な仕様の詰めをやっているので、設計チームがつくってきたモノに対して、フィードバックも入れています。それも踏まえて、皆さまがご興味ある価格もそうですし、ネットワークもそうですし、プロモーションも踏まえて、いかに成功に導くかが私のミッションですので。まだちょっとお答えできないところもあるんですけど、徐々にそういったところも、お伝えしていけたらと思います。
小沢:やはりBYDラッコ、謎がありまくりで、それどころかますます謎が深まりました(笑)。プロトタイプ試乗でも、新車でもいいです。またぜひ次回も直撃させてください!
田川:ありがとうございました。
(文と写真=小沢コージ/編集=藤沢 勝)
-
第49回:国交省を再直撃! 結局なにが問題なのか? トヨタは悪くない……は本当なのか? 2024.6.17 ダイハツの出荷再開で一件落着のように思われていた自動車メーカーによる認証不正問題が、再びキナ臭くなってきた。「より厳しい試験のデータだから問題ない」という声も聞かれたが、それは本当なのだろうか。小沢コージが国交省の担当者に聞いた。
-
第48回:しょ、植物からクルマをつくるだとぉ! トヨタ車体の「タブウッド」に結構驚いた件 2024.6.4 小沢コージが「人とくるまのテクノロジー展2024」で見つけたのはトヨタ車体が手がける「タブウッド」だ。ある種の自動車用合成素材だが、なんと主要な材料のひとつに木材が使われているのである。エンジニアをつかまえてアレコレ聞いてきました。
-
第47回:都庁の担当者を質問攻め! フォーミュラEができたんだから公道F1グランプリできませんか? 2024.4.17 2024年3月末に東京で開催されたフォーミュラEの「東京E-Prix」。日本初上陸ということで大いに盛り上がったわけだが、日本では異例の公道フォーミュラレースの開催にはどんな障壁があり、それをどう乗り越えたのか。小沢コージが東京都の担当者に聞いてきた。
-
第46回:新型「スイフト」の開発トップを直撃! 「お値段以上スズキ作戦」に驚く 2024.2.22 フルモデルチェンジした「スズキ・スイフト」のチーフエンジニアを小沢コージが直撃! ライバル各社がストロングハイブリッドで競う市場に、あえてマイルドハイブリッド一本足打法で臨むのはなぜか。そこにはスズキならではの深い深~い理由があった。
-
第45回:小沢コージが聞いた大規模改良型「ロードスター」で「990S」廃止の真相 敵はハッカーだった! 2024.2.9 小沢コージが最新型「マツダ・ロードスター」の開発トップを直撃インタビュー! 新開発のLSDやアダプティブクルーズコントロールの搭載などに注目が集まるが、大規模改良の主眼はまた別のところにあった! 将来のロードスター像なども含めて詳しく聞いてきました。
-
NEW
「アルファ・ロメオ・ジュニア」は名門ブランド再興の立役者になれるのか?
2025.11.20デイリーコラム2025年6月24日に日本導入が発表されたアルファ・ロメオの新型コンパクトSUV「ジュニア」。同ブランド初のBセグメントSUVとして期待されたニューモデルは、現在、日本市場でどのような評価を得ているのか。あらためて確認してみたい。 -
NEW
ジープ・ラングラー アンリミテッド ルビコン(前編)
2025.11.20あの多田哲哉の自動車放談タフなクルマの代名詞的存在である「ジープ・ラングラー」。世界中に多くのファンを持つ同車には、トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんも注目している点があるという。それは一体、何なのか? -
NEW
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現
2025.11.20マッキナ あらモーダ!イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。 -
「レクサスLSコンセプト」にはなぜタイヤが6つ必要なのか
2025.11.19デイリーコラムジャパンモビリティショー2025に展示された「レクサスLSコンセプト」は、「次のLSはミニバンになっちゃうの?」と人々を驚かせると同時に、リア4輪の6輪化でも話題を振りまいた。次世代のレクサスのフラッグシップが6輪を必要とするのはなぜだろうか。 -
第92回:ジャパンモビリティショー大総括!(その1) ―新型「日産エルグランド」は「トヨタ・アルファード」に勝てるのか!?―
2025.11.19カーデザイン曼荼羅盛況に終わった「ジャパンモビリティショー2025」をカーデザイン視点で大総括! 1回目は、webCGでも一番のアクセスを集めた「日産エルグランド」をフィーチャーする。16年ぶりに登場した新型は、あの“高級ミニバンの絶対王者”を破れるのか!? -
ポルシェ911カレラGTSカブリオレ(RR/8AT)【試乗記】
2025.11.19試乗記最新の「ポルシェ911」=992.2型から「カレラGTSカブリオレ」をチョイス。話題のハイブリッドパワートレインにオープントップボディーを組み合わせたぜいたくな仕様だ。富士山麓のワインディングロードで乗った印象をリポートする。






