第957回:伝説のベルトーネが復活 新経営陣が目指すブランドの未来

2026.04.16 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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栄光と挫折、そして再生

かつてイタリアの卓越性を代表するカロッツェリア&デザイン開発会社のひとつであったベルトーネ。今回は、近年その商標を取得した企業による活動を、経緯とともに記す。

ベルトーネの始まりは、ジョヴァンニ・ベルトーネ(1884-1972年)が1912年にトリノで創業した車体製作工場である。当時、高級車は注文主がメーカーからエンジン付きシャシーを購入し、車体は好みのカロッツェリアに架装してもらうのが一般的だった。ベルトーネも、ランチアやアルファ・ロメオなどのシャシーに合わせて数々のボディーを製作し、顧客に提供した。

第2次世界大戦後は、メーカーからの車体の受託生産で成長した。同時に1960-1970年代は意欲的なショーカーを発表しながら、デザイン開発会社としての機能も拡大していった。

ジョヴァンニから社業を継いだ息子ヌッチオ(1914-1997年)は、経営に専念した。実際、社内外では彼の学歴からラジョニエーレ=税理士と呼ばれていた。だが同時に、若い才能を発掘する能力も超一流だった。のちにデザイン界の巨星となるフランコ・スカリオーネ、ジョルジェット・ジウジアーロ、そしてマルチェッロ・ガンディーニは、いずれも“プロデューサー”としてのヌッチオに見いだされた人物だった。

しかし、ヌッチオの死後に会社を引き継いだ妻リッリのもと、2000年代の業績は暗転する。最大の原因は、メーカーによる車体製造やデザイン開発の内製化による、受注の激減だった。生産部門の廃業に続き、2014年にはデザイン開発部門も、当時のデザインダイレクター、マイケル・ロビンソンの奮闘むなしく倒産を余儀なくされた。

その後、自動車以外の「Bertone」の商標使用権は、イタルデザインのプロダクトデザイン部門に草創期から参画したのち独立した、アルド・チンゴラーニが手に入れた。いっぽうで自動車分野の商標は、2016年、ブリュッセルを拠点とする多国籍技術人材派遣企業、アッカ・テクノロジーズが競売で取得した(同社は2022年、人材派遣大手のアデッコに吸収されている)。その後、商標は2020年にアッカから実業家マウロ&ジャン=フランク・リッチ兄弟の手へと渡り、現在に至る。参考までに、マウロは1984年に23歳でアッカの前身企業を創業。ジャン=フランクも同社で要職にあった人物である。

2026年1月30日~2月1日まで、パリで開催された「アルティメート・スーパーカー・ガレージ」で。手前から順に、ベルトーネの新「ラナバウト」、その着想源となった1969年「アウトビアンキA112ラナバウト」、そして2022年「ベルトーネGB110」。
2026年1月30日~2月1日まで、パリで開催された「アルティメート・スーパーカー・ガレージ」で。手前から順に、ベルトーネの新「ラナバウト」、その着想源となった1969年「アウトビアンキA112ラナバウト」、そして2022年「ベルトーネGB110」。拡大
新「ラナバウト」の外寸は3990✕1841✕1116mm。アルミニウムシャシー+カーボンファイバーボディーの組み合わせである。エンジンは、トヨタの「2GR-FE」をベースとした「ロータス・エキシージ」用3.5リッターV6スーパーチャージャーを搭載している。
新「ラナバウト」の外寸は3990✕1841✕1116mm。アルミニウムシャシー+カーボンファイバーボディーの組み合わせである。エンジンは、トヨタの「2GR-FE」をベースとした「ロータス・エキシージ」用3.5リッターV6スーパーチャージャーを搭載している。拡大