第186回:カーデザインの巨匠に聞く(前編) ――美とはいったい何なのか?
2013.05.29 エディターから一言7代目となる新型「フォルクスワーゲン・ゴルフ」の発表会に合わせて、同社のデザインを統括するワルター・デ・シルヴァ氏と、世界的なカーデザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロ氏が来日。発表会場で、日本人デザイナーの和田 智氏を聞き手に、トークショーが開催された。カーデザインに関する、熱いトークの内容を紹介する。
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受け継ぐべきカタチがある
和田 智(以下、和田):私の元上司であるワルターがどれほど才能のあるデザイナーであるかはよく知っていますが、そのワルターは、今回で7代目になる「ゴルフ」を、ゴルフの伝統を謙虚に受け継ぎながらデザインしました。その真意をお話しください。
ワルター・デ・シルヴァ(以下、WdS):ゴルフで私たちが引き継いだのは、伝統という非常に重要なものであって、単に線を引くという作業ではありません。それはもう“文化”なのです。世界中を見渡しても、40年以上も同じデザイン的アイデンティティーを引き継いでいるクルマは、「ポルシェ911」とゴルフを除いて存在しません。したがって、安全性やパフォーマンス、ドライバビリティーといった技術的な発展はもちろんですが、それとともに、私たちはフォルクスワーゲン(以下、VW)の歴史も常に尊重しながらゴルフの開発に携わってきました。
和田:私はVWポロが大好きで、いろいろなところで「世界で最も美しい、普通なクルマ」と紹介してきました。ただ、日本メーカーのデザイン部門では、上司に「キミのデザインは普通だね」と言われるのは一番恐ろしいことなんです。それが怖いあまりに、なにか違ったデザインをしなければという機運が高まることがよくあります。この感覚はヨーロッパではあまり見られないような気がしますが、ジウジアーロさん、デザインの本質とは、いったいどのようなものなのでしょうか?
ジョルジェット・ジウジアーロ(以下、GG):新しいクルマをデザインすると、その特徴は代々受け継がれていくことになります。それは、私の子供が私に似ているのと同じことだと思います。人の顔には、目が二つあって、鼻が一つで、口も一つですが、それでも顔は人それぞれ異なっています。また、例えば映画に出演する女優さんには、最初の作品ではその美しさにあまり気付かれなかったのに、時間がたつにつれて、その美しさが次第に意識されてくることがあります。自動車のデザインも、音楽のように時間とともに熟成されて、だんだん美しくなっていくことがあります。その美しさに私たちが段々となれていき、愛情を覚えるようになる。それは家族が代々続いていくことと似た側面があると思います。
私はデザイナーなので、アバンギャルドなデザイン、ものすごくインパクトのあるデザインを作り出したいという気持ちも持っていますが、果たして、そういったデザインはどのくらい長い時間、通用するものなのでしょうか? 私は、多くの人から愛されているものがあるなら、それをずっと継承していくことも大切な仕事だと考えています。
今日は若いデザイナーの方々も会場にいらしているそうなので申し上げますが、皆さん、どうか自分の心の中を見てください。非常に変わったものを作るばかりが重要なわけではありません。前に進んでいくこと、しかもシンプルに進んでいくことが私は重要だと思います。
1mmの違いが世界を変える
和田:私は上司だったワルターに「売れるようなクルマを作れ」なんてやぼなことは一度も言われたことがありません。ただし、「美しさに対する執着心だけは忘れるな」とはよく言われました。いまでもよく覚えていますが、私が「アウディA5」のデザインをしているとき、サイドのラインを引いたら、ワルターが来て、「サトシ、このラインを少し下げて、もう少し抑揚も抑えたほうが絶対にキレイだよ」と言われた。実際に試したら、本当に100倍くらいキレイになって驚きました。そうやって美しいものを生み出すのが私たちデザイナーの仕事であり、ワルターがいうところの文化だと思います。そこでワルターに聞きますが、アナタにとって美しさとは何ですか?
WdS:美しさとは、「世界をよくするもの」だと思います。誰もが美しいものを求めています。そして美は倫理であり、教育の一部でもあると思います。これは私たちが受けてきた教育であり、次の世代に伝えていくべき教育でもあります。私たちには世界をよくしていくという務めがあり、これに美は大きく貢献できると考えています。私とサトシは、いつもミリ単位の細かい話をしながら仕事を進め、美しいクルマを作り上げてきました。日本の方は、そういう繊細な感覚をお持ちだと私は思います。
GG:美の文化的な側面について申し上げるのであれば、私はあえて“視覚の汚染”という言葉を使いたいと思います。建物や街並みのなかには、きちんと計画されて美しく作られたものがあります。先ほどもミリ単位の話が出ましたが、本当に寸法が1mm変わるだけで、造形は美しくなったり、美しさが失われたりします。若いデザイナーの皆さんには、ここにも注目して勉強していただきたいと思います。
美は心の中にある
和田:ジウジアーロさんとワルターのおふたりに質問します。おふたりが、いままでで一番強く影響を受けたクルマは何ですか?
WdS:すぐに答えられますよ。有名なクルマです。「シトロンDS19」です。デザインとはさまざまな経験や学問をひとつにまとめあげる作業であり、パッケージング、クルマの運動性能、素材、いろいろなことを知っていなければできません。つまり、幅広い知識が必要なのです。DS19は、1955年の段階で、まったく新しいクルマを発表する勇気を持った人々の手で世に送り出されました。それは、いまだかつて誰も成し遂げられなかったことだと思います。DS19はいまでも私の研究の対象であり、勉強の素材です。
GG:私も同感です。私が仕事を始めたのがまさに55年でしたが、あのクルマは、まったくまねをすることができない、本当に唯一無二のクルマでした。残念ながら、自動車産業がいまほど大規模になる以前の作品だったので、ゴルフのように多くの台数が生産されたわけではありませんでしたが、いまでも多くの方々から愛されていることはよく理解できます。私も、どれか1台を選べといわれれば、DS19を選んだと思います。
和田:最近の日本、アジアからは、美しいモノを大切にするという気持ちが少し失われてきているような感じがします。そうした状況のなかで、ジウジアーロさんとワルターのふたりから、若いデザイナーの皆さんにメッセージをお送りいただけますか?
GG:日本には素晴らしいものがたくさんあります。着物、建築、ライフスタイル……。日本の皆さんは本当に美的センスにあふれる環境で毎日を過ごされていると思います。ヨーロッパでは、こうした日本の文化的側面に憧れや尊敬の念を抱いています。ですから、和田さんに「美しさとは何ですか?」と問われると少し困惑してしまいますが、きっと、その答えは皆さんのなかにあると思います。ですから、皆さんが心の中に持っているものをベースにデザインしていけば、自然と美しいもの、しっかりとしたものが生まれてくると思います。
WdS:ジョルジェットがほとんど言ってくれたような気がしますが、これから自動車産業界で働く若い人たちのために付け加えることがあるとすれば、それは倫理ということでしょうね。適正な形で、倫理に沿って仕事をすると、自然と美しいものが生まれます。後ろを振り返る必要はありません。ファッションやトレンドを追いかける必要もありません。自動車は発売されてから6年もしくは7年という期間にわたって販売され続けます。だから、数カ月で関心が失われてしまうようなものを作るのは間違っていると思います。例えば日本の建築のように完璧にデザインされたものを見て、称賛すること。そうやって細かいところまで丁寧に作り込むことで、本当にいいものは生まれると思います。とにかく、自分の目を見開いてよく見ること。そして自分の心の中を見つめることが大切だと思います。
(後編につづく)
(語り=ワルター・デ・シルヴァ、ジョルジェット・ジウジアーロ、和田 智/まとめ=大谷達也<Little Wing>/写真=webCG)

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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