第348回:ご近所さんはラリードライバーだった
2014.05.23 マッキナ あらモーダ!ある新装レンタカー営業所で
少し前、わが街シエナの駅近くを通りかかったときだ。新しいビルが完成していて、1階にレンタカーの営業所が入居している。よく見ると、以前は道の向かいにあったチェーン系レンタカー店が移転してきたのだった。
外には黄色い派手な「フィアット500L」が置いてある。ボディーには、「スポンジ・ボブ」をはじめ、アニメのキャラクターのカッティングシートが貼られている。有料衛星テレビのアニメーションチャンネルとレンタカー会社のタイアップキャンペーンだった。
面識はないものの、新装開店祝いがてら、ちょいと顔を出してみることにした。
「あの、外にあるスポンジ・ボブのフィアット500Lも貸してるんですか?」
冗談で聞いたにもかかわらず、カウンターにいたおじさんは真面目な顔で「レンタル用だよ」とうなずいた。料金も、通常と同じであるという。法事用にはなんだが、子供とのお出掛けには、かなりウケるに違いない。
フェラーリのレンタル屋さんもあった
肝心な話は、ここからである。ボクはカウンターの片隅に、気になるパンフレットが置かれていることに気づいた。シエナの丘陵地帯をフェラーリが走っている。「フェラーリのレンタルサービス」の案内だった。
ボクが「あれ、フェラーリも貸してるんですか?」と聞くと、おじさんは、「その相談なら、こっち、こっち」と立ち上がって、背後にある書類棚の裏側に案内しようとする。
わけがわからないままついてゆくと、いきなりマラネロレッドに彩られた小部屋が広がっていた。そして、おじさんは「この相棒が担当だよ」と言って、そこにいた別の男性を紹介してくれた。
ボクは冷やかしであることを正直に告げたが、フェラーリのブルゾンを着た彼は嫌な顔ひとつせず、ボクに椅子をすすめてくれた。
現在のラインナップは「F430」「458イタリア」「カリフォルニア30」「458チャレンジ」「458イタリアGT3」の5台だ。レンタル料金は、最も手頃なF430で1日550ユーロ(約7万7000円)。走行距離60kmを超えると、1kmあたり2.5ユーロ(約350円)が加算される仕組みである。車両保険の免責金額は8000ユーロ(約111万円)だ。シエナ南郊にある1周1kmのカート用サーキットでテストドライブ、というプランもあり、こちらは燃料費込み5周160ユーロ(約2万2200円)である。
似たようなビジネスはモデナやマラネロなど、フェラーリゆかりの地で以前からみられる。だが、ボクが住むようなフェラーリの歴史とあまり関係ない街で、それもレンタカー営業所の片隅に隠れるようにしてあるとは。
お客さんの中には、「記念日のプレゼントに」と、サーキット周回を夫にプレゼントする女性もいるという。いっぽう無精なボクは、「運転手付きコースなんて、ないですよねえ?」と一応聞いてみた。すると彼からは、「まあ、将来的には考えましょう」という答えが返ってきた。
店主はラリードライバーだった
おっと、ところで、あなたは?
「ロレンツォです」
次に、このフェラーリのレンタカーを始める前は何を? と問う。
すると彼は「ラリードライバーです」と答えた。そしてこう付け加えた。「もちろん、今もね」
彼の名はロレンツォ・グラナイ。1972年シエナ県に生まれた彼は、高校卒業後、20歳のとき県内のラリーでドライバーデビューを果たした。以来欧州およびイタリアのラリーチャンピオンであるレナート・トラヴァリアや、WRCで活躍するロレンツォ・ベルテッリのコ・ドライバーを務めてきた。
傍らで、フェラーリ、マセラティ、アルファ・ロメオのドライビングスクールにおけるインストラクターの仕事もこなしているという。その日も「明日からはフェラーリ・チャレンジのサポートの仕事のために、マレーシアに行きますよ」と教えてくれた。
フェラーリのレンタルは、前述のチェーン系レンタカー屋さんの引っ越しを機会に、事務所の一角を借りて開業した新ビジネス、というわけだった。
先日あらためてグラナイ氏のオフィスを訪れてみると、留守だった。レンタカー営業所のおじさんは「ロレンツォは今、シチリアに行ってるよ」と教えてくれた。
そのときは、またドライビングスクールか何かに行ってるのかな? と思ったが、翌日ニュースを見て驚いた。彼は、あの「タルガ・フローリオ」(編集部注:現在はイタリア国内ラリーの一戦としてその名を残している)に出場していた。そして彼がコ・ドライバーを務めた「フォード・フィエスタR5 LDI」は、総合2位に入賞していた。
それ以前には、FIAヨーロッパラリー選手権のラリー・ヴィーニョ・ダ・マデイラ(ポルトガル)で、ドライバーのジャンドメニコ・バッソ氏とともに、昨年に続き総合優勝していることも知った。いやはや、「運転手付きコース希望」などとは、これは失礼した。
素晴らしい仕事をしている人が何気ない顔をして、ご近所のようなところにいる。これこそイタリアの楽しさである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Driving The Dream、Lorenzo Granai Collection)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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