第366回:方向指示器はオプション!? イタリア・フランス最新交通マナー事情
2014.09.26 マッキナ あらモーダ!ウインカー習慣、向上中?
今週はイタリアとフランスにおける交通マナーの最新事情である。
先週の本欄でリスボンのレストランで隣り合ったおばさんが「ポルトガルで売ってるクルマは、方向指示器がオプションなのよ」と、外国人のボクに冗談をかました話を記した。曲がったり車線変更したりするときターンシグナル(以下、ウインカー)を使わないドライバーが多いことを自嘲したものである。
これはボクが住むイタリアでも同じだ。日本から移り住んでまもなく、方向指示器を出さないドライバーの多さに驚いたものだ。特に追い越し車線と走行車線の間を行き来するとき、ウインカーを出すドライバーは皆無といってよい。それも、イタリア人は、ちょっとでも車間が空いていると、突然割り込んでくるから、さらに怖い。律義に出しているのは、ドイツなど外国ナンバーのクルマである。
フランスでも方向指示器を出さないのが常々問題になっていたが、最近はちょっと変化の兆しがある。
2014年7月にフランス3大高速道路会社のひとつ、サヌフ社が発表したところによると、交差点などを曲がるとき方向指示器を使うと答えたドライバーは59%で、2013年の39%から大きく伸びた。追い越すときに使用すると答えたドライバーも、72%と前年の67%より増えた。アンケートなので実際に順守しているかは別問題だが、ウインカー使用に対する意識が高まっていることはたしかだろう。
![]() |
男はシートベルトなんかしない!?
次はシートベルトである。
イタリアでは、1988年の前席のベルト着用が義務化された(後席は2006年)。ところが1990年代末になっても、知り合いの50代のおじさんは「俺は男だ。運転するときシートベルトなんかする臆病者じゃねえ」と宣(のたも)うて、ボクをのけぞらせた。
今も取材のときベルトなしで走りだそうとするイタリア人に「一応撮影なのでシートベルトしてください」と頼むと、「いやー、日ごろしてないもんで、つい忘れちゃった」などと、あっけらかんと答えるドライバーは少なくない。
2年前の2012年に「システマ・ウリッセ」という組織が発表したデータで、イタリアのベルト着用率をみてみると、北部が77.5%、南部は44.9%である。南北で格差があるのがわかる。南部出身の国家公務員のおじさんが「俺たちナポリ人だぜ。シートベルトなんかしねえよ」と堂々と言ってのけたのを思い出した。
フランスのシートベルト義務化の歴史は少々面白い。まず1973年に他の欧州諸国に先駆けて前席ベルトが郊外走行の際に義務化され、1975年には高速道路と都市部でも必要になった。後席の義務化は1990年のことだ。フランスのシートベルト装着義務化40周年を伝える2013年7月1日付けの『ル・フィガロ』電子版によると、1973年の義務化以前20%未満だった装着率は、義務化直後に80%まで改善されたという。しかしながら、今も年間約26万件の未装着による反則が摘発されている。
いまだにヘルメット着用率が低いイタリア南部
イタリアに話を戻せば、南北の格差はヘルメットの装着にも表れている。
前述のウリッセの調査によれば、ニ輪乗車時のヘルメット着用率は北部が99.9%なのに対して、南部は76.6%にとどまる。ボクが住んでいる中部イタリアは中間といえる93.1%だが、ここ数年ボクが見るかぎり、ノーヘルライダーは皆無である。
ちなみにイタリアで、最後までノーヘルでよかった原付きにもヘルメット着用が義務化されたのは、2000年2月のことだ。当時近所に住んでいたおじいさんは、ハンティング帽を粋にかぶってピアッジョの原付き「チャオ」に乗っていたが、ヘルメット義務化を機会に乗るのをやめてしまった。いわく「ヘルメットをかぶってまで乗りたくなかった」そうで、以後は四輪車オンリーの生活となった。
もうひとつの問題は、運転中の携帯電話である。
中古車検索サイト『アウトスカウト24』の調査によると、イタリアでは34%のドライバーがハンズフリー機能を使わずに、携帯通話をしているという。
フランスも深刻だ。別の高速道路会社「ヴァンシ・オートルート」がドライバー3500人にアンケートして、この9月に発表したところによると、なんとドライバーの2人に1人がステアリングを握りながら電話を持って通話していることを認めた。
高速道路で走行車線を妙に遅い速度で走っているクルマを追い抜きざまにのぞくと大抵ドライバーが携帯で話に興じている。話し好き国民ゆえの、困った習慣である。
「人間ウインカー」のパフォーマンス
かくも悩み多きイタリアとフランスの交通マナーだが、日本人の目からすると両国のドライバーたちが意外と守っている3つの交通ルールがある。
ひとつは、「『止まれ』『譲れ』など優先順位が記されていない場所では、右側から来るクルマが常に優先である」こと。これ、日本人は意外と忘れやすい。
ふたつめは迷ってもロータリー交差点の中で止まらないこと。行き先がわからなかったら、グルグル回って、標識を確かめればいいのだ。何度回ってもタダなのだから。
そして最後は、遅いクルマで追い越し車線をダラダラと走らないことだ。ヨーロッパ全体にいえることだが、高性能車とそうでない車では、巡航速度が徹底的に違う。いいクルマを持っていれば、速く目的地に着ける、いわば弱肉強食の世界である。そのため、遅いクルマはおとなしく右側車線(走行車線)を行く。まあ、イタリアでは高性能ドイツ車が人気で、かつアグレッシブなドライバーが多いことから、追い越し車線がいつも一杯という、これまた困った現象も近年は恒常化しているが。
最近発見した新習慣は、日本ではすでに20年以上前から一般的な「お礼ハザード」である。渋滞などで割り込ませてもらったあと、ハザードランプを2回ほど「カッチン、カッチン」とやる、あれだ。今夏ベルギーから北フランスまでの旅で何回か目撃した。
いっぽうイタリアからスイスに入る国境でのことである。検問所前の列でステアリングを握って待っていたときのこと。イタリア人の若者たちのクルマがボクの前に割り込んでこようとした。プロサッカーの遠征試合に越境応援の若者とみた。
「なんだよッ! ちゃんと列の後に並べよ」とカッとなりかけたところ、助手席と後席の若者たちはウインカーを点滅させるかわりに窓から腕を一斉に突き出し「カッチン、カッチン」とでもいうように、割り込む方向に向けて腕を振りはじめた。踊るかのように軽快なリズム。シンクロナイズドスイミングのような統制感。手ブラならぬ、手ウインカーだ。
あまりにユーモラスなパフォーマンスに、思わず彼らのクルマを割り込ませてしまったボクであった。
(文と写真、イラスト=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
![]() |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
第927回:ちがうんだってば! 「日本仕様」を理解してもらう難しさ 2025.9.11 欧州で大いに勘違いされている、日本というマーケットの特性や日本人の好み。かの地のメーカーやクリエイターがよかれと思って用意した製品が、“コレジャナイ感”を漂わすこととなるのはなぜか? イタリア在住の記者が、思い出のエピソードを振り返る。
-
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ 2025.9.4 ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。
-
第925回:やめよう! 「免許持ってないのかよ」ハラスメント 2025.8.28 イタリアでも進んでいるという、若者のクルマ&運転免許離れ。免許を持っていない彼らに対し、私たちはどう接するべきなのか? かの地に住むコラムニストの大矢アキオ氏が、「免許持ってないのかよ」とあざ笑う大人の悪習に物申す。
-
NEW
カタログ燃費と実燃費に差が出てしまうのはなぜか?
2025.9.30あの多田哲哉のクルマQ&Aカタログに記載されているクルマの燃費と、実際に公道を運転した際の燃費とでは、前者のほうが“いい値”になることが多い。このような差は、どうして生じてしまうのか? 元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
MINIカントリーマンD(FF/7AT)【試乗記】
2025.9.30試乗記大きなボディーと伝統の名称復活に違和感を覚えつつも、モダンで機能的なファミリーカーとしてみればその実力は申し分ない「MINIカントリーマン」。ラインナップでひときわ注目されるディーゼルエンジン搭載モデルに試乗し、人気の秘密を探った。 -
なぜ伝統の名を使うのか? フェラーリの新たな「テスタロッサ」に思うこと
2025.9.29デイリーコラムフェラーリはなぜ、新型のプラグインハイブリッドモデルに、伝説的かつ伝統的な「テスタロッサ」の名前を与えたのか。その背景を、今昔の跳ね馬に詳しいモータージャーナリスト西川 淳が語る。 -
BMW 220dグランクーペMスポーツ(FF/7AT)【試乗記】
2025.9.29試乗記「BMW 2シリーズ グランクーペ」がフルモデルチェンジ。新型を端的に表現するならば「正常進化」がふさわしい。絶妙なボディーサイズはそのままに、最新の装備類によって機能面では大幅なステップアップを果たしている。2リッターディーゼルモデルを試す。 -
ランボルギーニ・ウルスSE(後編)
2025.9.28思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「ランボルギーニ・ウルスSE」に試乗。前編ではエンジンとモーターの絶妙な連携を絶賛した山野。後編では車重2.6tにも達する超ヘビー級SUVのハンドリング性能について話を聞いた。 -
ビモータKB4RC(6MT)【レビュー】
2025.9.27試乗記イタリアに居を構えるハンドメイドのバイクメーカー、ビモータ。彼らの手になるネイキッドスポーツが「KB4RC」だ。ミドル級の軽量コンパクトな車体に、リッタークラスのエンジンを積んだ一台は、刺激的な走りと独創の美を併せ持つマシンに仕上がっていた。