第394回:自動運転時代のマストアイテム!?
「BOSEのサスペンションシステム」体験記
2017.01.20
エディターから一言
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アメリカの音響機器メーカーとして知られるBOSEが、自動車の乗り心地を改善させる新システムを開発したという。縁の下ならぬシートの下の力持ち、「Bose Ride」とはどんなものなのか? コラムニストの大矢アキオがリポートする。
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自動運転の意外な“穴”
ここのところ自動車メーカーが提供する写真を見ていて、困惑することがある。自動運転状態をイメージした写真だ。運転をシステムに任せた人間が、車内で読書をしたりタブレット端末に見入ったりしているのである。
それを見るたび、「ボクには、できん」と心の中でつぶやいてしまう。そんなことをしたら、ボクの場合、絶対に酔うのである。
今に始まったことではない。その昔、「トヨペット・クラウン」のテレビCMで、社長風の山村 聡が、運転は娘にさせて後席で書類に目を通すシーンがあった。それを見ているだけで“疑似乗り物酔い”したものだ。
もうひとつ懸念点を挙げるなら、人間の運転であれば路面の凸凹を何気ないステアリング操作で避けて通過するところを、自動運転車の場合は多少の突起や穴があろうとその上を容赦なく走り続ける。さらに酔ってしまいそうだ。
筆者の連載エッセイ「マッキナ あらモーダ!」の第399回でも記したように、ミシガン大学輸送機関研究所は2015年に、「自動運転車ではクルマ酔いしやすい」というリポートを発表している。
そして2017年1月初旬、米国ラスベガスのエレクトロニクスショー「CES」において、音響メーカーのBOSEがサスペンション技術のシミュレーションデモを行った。筆者もその現場を訪ねてみることにした。
BOSEの防振技術に歴史あり
Bose Rideと名付けられたそれは、シート下に搭載されるユニットで、車両の動きを感知した信号を電磁リニアアクチュエーターへと送り、揺れや振動を打ち消すものである。「電気信号」「磁石」そして「モーション」の技術を使うという点では、BOSEの本業であるスピーカーから決して縁遠くはない製品だとスタッフは語る。
このプロジェクトがスタートしたのは、30年以上前の1980年代はじめ。創業者アマー・G・ボーズ博士が始めた自動車サスペンションの研究にさかのぼる。2010年、まずは上下動を打ち消す単軸モーションコントロールのBose Rideシステムを大型トラックやトラクターの後付け用に発売。米国とカナダの職業ドライバーたちから好評を得た。
今回披露されたのはその発展形といえるもので、上下動に加えて横揺れも抑制する、2軸式コントロールである。
実際、会場で試した。まずはトラックヤードを再現するシミュレーターで、標準的なトラックの乗り心地を試す。トレーラーヘッドとトレーラーを切り離したり、連結したりするたびに、強い衝撃が体に伝わった。
次に、単軸モーションコントロールのBose Rideが装着された電動カートに乗った。コースには不整な道路を再現した凹凸が設けられている。1周目はスイッチOFFの状態で走行。シートベルトをしているから無事だったものの、そうでなければ振り落とされてしまうところだった。
2周目はBose RideをON。車両の床に接した自分の足に伝わる突き上げこそ同じものの、上半身の揺れは信じられないくらい抑えられている。BOSEによると、Bose Rideを使用したトラックドライバーの97%が「背中の痛みが減少した」、94%が「疲労が軽減した」と答えているという。数分の試乗でさえ違いが明確なのだから、プロには福音だったに違いない。
驚きの乗り心地
Bose Rideにおいて、振動をキャッチした加速度センサーが信号をアクチュエーターに伝達するスピードは、100万分の1秒レベルという。
気になるのは消費電力だ。将来的に同システムがEVに搭載される時代を考えるとなおさらである。しかし、スタッフに聞けば、システム内部で3500Wまで昇圧しているものの、実際に使う電力はスピーカー1個分に相当する50Wにすぎないとのことだ。
最後は屋外に用意された体験デモ用ミニバス+悪路再現コースで、最新の2軸モーション制御を試す。先ほどと同じく1周目はOFFの状態だ。より効果が実感できるようにと持たされたタブレット端末で、スタッフの勧めにしたがって「描画」や「自撮り」を試そうとしても、まともにできたものではない。
2周目はBose RideをONにする。バウンドと同時にローリングが制御されるため、前述の1軸式よりもさらに安定している。今度は描画・自撮りとも容易だ。これなら、凹凸まで避けられない自動運転車でも、車酔いは大幅に減少することが期待できよう。実際BOSEは、このBose Rideを生かした自動運転時代を見据えている。従来の座席配置から解放され、車内空間がオフィスの延長あるいはエンターテインメント主体のスペースになったとき、Bose Rideは快適性の向上に有効であると力説する。
参考までにいうと、既存のトラック向けBose Rideの重量は73~77kg。米国における価格は2995ドル。邦貨にして、およそ34万円である(10台から99台まで納入した場合の、1脚あたりの価格)。
BOSEは今後、小型化を図りながら、乗用車メーカーに、この最新型Bose Rideの採用を働きかけていく。3年以内には、搭載車がお目見えする可能性があるとのことだ。
あの神童にも見せたかった
天才作曲家として知られるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、6 歳から“神童”として父レオポルドに連れられて欧州各地を巡り始めた。筆者はかつて、彼の旅した道の一部をたどってみたことがあるが、今日の高速道路をもってしても、その距離たるやハンパではなかった。
いうまでもなく、当時の移動手段は馬車。スプリングは硬いリーフ式である。そのうえ市内は石畳、郊外は未舗装路だ。そうした旅の果て、到着当日に演奏することも珍しくはなかった。そして、その若き日の身体的負担が、彼の晩年の不安定な健康状態に影響したというのが定説になっているのである。
もし、Bose Rideがそのころ存在したら、モーツァルトは35歳で他界することなく長生きしていたかもしれない。そればかりか、残された書簡からかなり陽気な性格がうかがえる彼のこと、「Bose Ride愛用のモーツァルトさん(ザルツブルク在住)」などと、商品カタログへの体験談掲載も買ってでていたに違いない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ボーズ・オートモーティブ/編集=関 顕也)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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