第36回:コーリン・チャップマン
裏庭の工場から生まれた革新者
2018.11.08
自動車ヒストリー
バックヤードビルダーから身を立て、F1の有力コンストラクターにまで上り詰めたロータスと、その創業者コーリン・チャップマン。英国が生んだピュアなスポーツカーメーカーの歴史を、往年の名車やサーキットでのエピソードとともに振り返る。
売れ残ったクルマを改造してレースに
ケータハムカーズ・ジャパンから販売されている「セブン160」は、排気量658ccのエンジンを搭載している。数字からわかるように、これはスズキの軽自動車用ターボエンジンだ。出力は64馬力から80馬力にパワーアップされており、車重はわずか490kg。0-100km/h加速は6.9秒を実現している。この160がエントリーモデルを担う「セブン」シリーズの原型は、1957年にロンドンモーターショーで発表された「ロータス・セブン」だ。実に50年以上にわたって製造されていることになる。
ロータスは、天才エンジニアのコーリン・チャップマンが創業したスポーツカーメーカーである。彼は大学在学中にモータースポーツに目覚め、クルマにかかる費用を稼ぐために中古車販売を始めた。戦後の混乱期で、ガソリン配給権の得られる中古車は大人気だったのだ。
しかし、1947年になるとガソリン統制は廃止され、中古車業は立ち行かなくなる。急いで在庫を整理したが、20年ほど前の「オースチン・セブン」が売れ残ってしまった。あまりに旧式なので買い手がつかなかったのだ。チャップマンは、この古いクルマを改造してレーシング仕様に仕立て直すことを思いつく。ガールフレンドのヘイゼル(後のチャップマン夫人)の家の裏庭にクルマを持ち込み、改造を始めた。バックヤードビルダーと呼ばれる小さな自動車工場である。
シャシーを強化して剛性を高め、エンジンの圧縮比アップやキャブレターの交換などで出力も向上させた。1948年になるとローカルなレースに出場するようになり、好成績を残す。チャップマンはこのマシンをロータスと名づけた。植物のハスを意味する言葉である。この記念すべき第1号車は、「ロータス・マーク1」と呼ばれることになった。チャップマンが第2号車となる「ロータス・マーク2」の設計にとりかかったからである。
キット販売のスポーツカーが大人気
マーク2は1950年に行われたレースイベントで、「ブガッティ・タイプ37」に勝利してしまう。伝説の名車を打ち負かしたということで、ロータスの声望は高まった。続いて作られた「マーク3」は、フォーミュラ750で圧倒的な速さを見せつけた。本格的にスポーツカーの製造を行うため、チャップマンは1952年の1月1日、ロンドンにロータス・エンジニアリング社を設立した。
転機となったのは「マーク6」である。このモデルは、設計の段階から量産化が考慮されていた。それまではオースチン・セブンのラダーフレームを利用してレーシングカーを仕立てていたが、マーク6では独自開発のスペースフレームを採用している。わずか25kgという非常に軽量なもので、アルミ製のボディーパネルを取り付けても40kgだった。
マーク6はキットフォームの形で販売された。シャシーやボディー、サスペンションなどのパーツの形で提供され、購入した客は自らの手で組み立てることになる。完成車として販売すると高率の税金がかけられるが、パーツならばそれが免除されるからだ。レーシングカーを購入する人々にとっては、こうした作業は面倒なことではない。むしろ、自分で最後の仕上げを行いたいという気持ちが強いのだ。エンジンはフォードの1.2リッター直列4気筒をはじめとするいくつかの選択肢があり、自分で用意することも可能だった。マーク6は大人気となり、1955年までに100台以上が販売された。
飛躍を続けるロータス・エンジニアリング社だが、その工場は古い馬小屋を借用して造られたもので、生産能力はすでに限界である。チャップマンは次なるプロダクションモデルの製造のために会社を改組し、新たな工場を建設した。1957年、2台のニューモデルがデビューする。1台は前述のセブンで、同時に発表されたのが「エリート」である。
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GTスポーツでも成功を収める
エリートはロータスとしては初のクローズドボディーを備えた、GTスポーツという性格を持ったモデルだった。車体構造はFRPモノコックボディーという革新的なもので、超軽量。しかもCd値0.29と空力にも優れていた。高出力のコベントリー・クライマックスエンジンを搭載し、四輪独立のサスペンションを備えたエリートは、レースでも高い戦闘力を誇った。ルマン24時間レースでは6回のクラス優勝を飾っている。
エリートは1963年までに約1000台が製造された。スポーツカーメーカーとしての足場を固めたロータスは、北米マーケットに進出を果たす。その戦略の中心を担ったのが、1962年のロンドンモーターショーで発表された「エラン」である。車体はバックボーンフレームにFRPのボディーを組み合わせたもので、この構造は後々のモデルにも受け継がれることとなる。もくろみどおり北米で大成功を収めたエランは、合計で1万8000台が製造された。
チャップマンはロードカーの製造と並行してモータースポーツも継続し、大きな足跡を残している。そもそもマーク1は自分がレースをするために作ったものだったし、初期のロータスでは彼自身がドライブしてルマンなどの大舞台に出場している。
ロータスが初めてF1に参戦したのは1958年。当初はさしたる成績を挙げられなかったが、1960年にミドシップレイアウトの「18」を投入すると状況が好転する。モナコGPではこのマシンを購入したロブ・ウォーカー・レーシングチームのスターリング・モスが優勝し、ロータスマシン初のGP勝利となった。チーム・ロータスとしては、翌1961年にアメリカGPで初優勝を果たしている。
F1マシンを革新したボディー構造と空力
1962年に登場した「25」は、レーシングカーデザインに革命を起こした。従来のスペースフレームに代わり、モノコック構造を採用したのである。D字型断面を持つメンバーを左右に持ち、前後のバルクヘッドと組み合わせてバスタブ型のモノコックを形成する。軽量でねじり剛性に優れた構造で、高いロードホールディング性能により圧倒的な戦闘力を誇った。熟成が進んだ翌1963年シーズンは、ジム・クラークのドライブで10戦中7勝を挙げ、ドライバーズとコンストラクターズのダブルタイトルを手にした。
このほかにも、ロータスが導入した革新的技術は多い。「72」では、ラジエーターをフロントからサイドに移し、ボディー全体をウエッジシェイプにするデザインを採用した。サイドラジエーターは現在のF1では常識だが、これもチャップマンのアイデアである。「78」ではさらに空力の考え方を前に進め、グラウンドエフェクト理論を取り入れた。サイドポンツーンをウイング形状にし、強大なダウンフォースを生み出したのだ。78と改良型の「79」で、ロータスは1978年のコンストラクターズタイトルを獲得した。
チャップマンは、1982年に心臓発作でこの世を去った。死の直前、彼はチームにアクティブサスペンションの開発を指示している。翌年のF1に投入したアクティブサス仕様の「92」は成功しなかったものの、87年の「99T」はアイルトン・セナと中嶋 悟のドライブで好成績を残し、その後のF1に大きな影響を与えた。
チャップマンは生涯を通じて常に新しい技術にチャレンジしてきたが、その原点がシンプルで操る楽しさを突き詰めたセブンにあることは間違いない。50年以上前に原型が作られたのだから当然だが、当時も同時に発売されたエリートに比べればはるかに保守的な構造だった。それでも、このクルマこそがチャップマンが初めて作ったマーク1の志を継ぐ存在であり、だからこそモータースポーツを愛する人々の心をとらえたのだ。チャップマンの初志は、今もセブンの中に宿っている。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛/写真=ブガッティ、フォード、ロータス、二玄社)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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