第588回:ドイツ勢とホンダの展示に電動化時代の到来を実感
フランクフルトで感じたモーターショーの意義と価値
2019.09.22
エディターから一言
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国際格式の自動車ショーの衰退が顕著になる中で開催された、第68回フランクフルトモーターショー。規模は明らかに縮小したものの、会場からは確かに「モーターショーを開催する・訪問する意義」が感じられた。電動化時代の到来を感じさせる、ショーの様子をリポートする。
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日欧米のモーターショーに見る斜陽
フランクフルトモーターショーといえば、かつては規模の大きさや地元ドイツ勢の過剰ともいえるほどのバブリーっぷりに圧倒されたものだが、前回(2017年)から陰りが見え始め、今回ははっきりと寂しさを増した。
落ち目になったと言われて久しい東京モーターショーは、今年(2019年)の海外ブランドの出展がメルセデス・ベンツ/スマートとルノー、アルピナだけという状況だが、フランクフルトモーターショーも日本勢はホンダだけ。その他を見ても、ドイツ以外のメーカーはジャガー・ランドローバー、フォード、ルノー、ヒュンダイ、そして中国の紅旗やBYTONぐらい。こういった“モーターショー離れ”の現象は、自動車市場が成熟している日欧米に共通していて、クルマが置いてあるのを見るだけでは満足度が低く、集客が思わしくなくなってきている。
その代わりに、小規模でも体験型のイベントなどは人気が高く、メーカーもそちらへ力を入れ始めている。音楽業界でも、CDは売れなくなったがライブシーンは盛り上がっている。人々の興味がモノからコトへ移っていく現象が、自動車の世界にも起きているということだ。
地元勢ですら展示の規模を縮小
話をフランクフルトショーに戻すと、肝心のドイツ勢も以前は各社が1棟を独占し、内装のつくり込みも凝りまくったブースを用意していたが、今回は様子が違う。メルセデス・ベンツ/スマートだけはあいかわらず1棟を丸々使っていたが、内装はかなり簡素化。広大な空きスペースにわざわざ派手なパビリオンを建設していたアウディは、フォルクスワーゲン グループが共用する棟におさまった。BMW/MINIは規模を大幅に縮小して「インポーターか?」と思うほどにこじんまりしてしまっている。他国からの出展が減っているだけでなく、地元勢も規模を縮小。モーターショー離れは東京でいち早く起こったが、もとが派手だった分、フランクフルトのほうが落ち幅は大きい。
最近は欧州も景気が良くなく、ドイツをきっかけにリセッションが始まりそうだともいわれている。ユーロによる通貨統合以降、2000年代には経済的に域内で一人勝ちしてきたドイツに暗い影が忍び寄っているのだが、それもモーターショーに影響しているのかもしれない。
そんな中で、一人気を吐いていたのがフォルクスワーゲンだ。このところ急速にパワートレインの電動化を推し進めている同社だが、今回のショーでは、新開発のBEV(電気自動車)専用プラットフォーム「MEB」を用いた第1弾商品である、「ID.3」の市販モデルをワールドプレミア。モデルチェンジが近づいている主力商品、新型「ゴルフ」との同時公開が予想されていたが、フォルクスワーゲンは今回のショーにゴルフ8を持ち込むのは避け、出展内容をID.ファミリーや「e-up!」「e-ゴルフ」などでBEV一色に染めてみせた。
BEVの普及に本気で臨むフォルクスワーゲン
BEVに関する事業計画も前のめりだ。少し前までは、MEBモデルの生産は今後10年で1500万台規模と表明していたが、それを2200万台に高め、車種も約50から約70へ増やすという。約1年前にMEBについて取材したときには、バッテリーのリユース・リサイクルについて具体案は示していなかったが、今回は約90%がリサイクルできる見込みが立ったことや、希少なコバルトの使用量を減らす、あるいは代替する研究が進んでいること、次世代の全固体電池についても、QuanTumScapeとのジョイントベンチャーで近い将来の量産化を目指すことを明言した。
さらには、生産現場やバリューチェーンをCO2ニュートラルなものにしていく取り組みや、BEVユーザー向けにグリーン電力を使用できる自宅用充電ウオールボックスを提供する計画など、BEVを本格普及させることによってCO2排出量をゼロに近づけていく姿勢が本気であること、それに対する理論武装もほぼ固まったことを印象づけた。
“ディーゼルゲート”を契機に電動化へ向け一気に舵を切った姿勢は、当初はある種の言い逃れにも見えていたが、どうやらフォルクスワーゲンは本腰を入れてきたようだ。なるほど、この状況でゴルフ8を同時公開してしまっては、メッセージ性が薄れてしまう。ID.3は「ビートル」「ゴルフ」に続く同社のエポックメイキングなモデルと位置付けられることになるのだ。
電動化のアピールに余念がないドイツ勢
欧州およびドイツでは地球温暖化への危機感がことさらに強く、2050年の気温上昇を産業革命以前に対して2℃以下に抑えるという目標に対してバックキャスティングで物事を考える傾向にある。自動車メーカーにとってハードルは高く、多少の無理が生じそうな面はあるものの、大きな目標に対して強い意志をもって推し進めていく戦略性の高さはフォルクスワーゲン以外のドイツ勢からも感じられた。
メルセデス・ベンツは、電動車のサブブランド、EQを立ち上げている。すでに第1弾商品の「EQC」は発売済みのため、ブースはフォルクスワーゲンほどにはBEV一色ではなかったが、会場内のシャトルとして多くのEQCや「GLC F-CELL」を走り回らせることで、時代が変わりつつあることをアピールしていた。メルセデス・ベンツ棟の中でメインを張っていたのは「ビジョンEQS」。フラッグシップサルーンの「Sクラス」に相当するBEVだ。コンセプトカーだけに現実感がまだ薄い未来的なカタチをしているが、メルセデス・ベンツがあらゆるセグメントにBEVを投入してくることは間違いなさそうだ。
そのほか、「ポルシェ・タイカン」やアウディの「e-tron」「AI:TRAILクワトロ」、さらに「MINIクーパーS E」など、市販モデルもコンセプトカーもひっくるめて、各社BEVのアピールに余念がない。ドイツ勢はいつも同じようなタイミングで同じような方向性へ進むのが興味深いところだ。
“蓄電量35.5kW”という「ホンダe」の提案
一方、ホンダもBEVの「ホンダe」市販車がフランクフルトでお披露目となった。ホンダが得意とするスモールカーで、バッテリー容量は35.5kWhと比較的控えめ。欧州勢やテスラ、日産の「リーフ」などが、バッテリーの大容量化によって航続距離の長さを競っているのとは路線が違う。
従来のガソリン車やハイブリッドカーでは環境対応の一環として燃費の改善が是(ぜ)とされてきたのに対し、BEVになると電費のことはすっぽりと抜け落ちて航続距離にだけ注目が集まる。そうなると車両重量が重くなって電費は悪くなる傾向にあるのがいただけないジレンマになっている。
携帯端末で例えるなら、他のBEVが、バッテリーが大きくて2〜3日は充電しなくても使える「iPad」などのようなクルマなのに対し、ホンダeは「iPhone」などのスマートフォンのようなクルマ。毎日の充電がほぼ必須、あるいは一日の中でも何度か継ぎ足し充電が必要になるが、それだけ軽量コンパクトなので電費に優れる。かたや大容量バッテリーのBEVは、電費が悪いだけではなく、ほとんど使われない領域のバッテリーを常に搭載して走りまわっているようなもので、そこにも非効率さがある。「電力もバッテリーも、上手に使っていくことが次世代モビリティーには求められているのではないか」という提案も、ホンダeには込められているのだ。そのうえでホンダeは、凝りに凝ったインテリアのディスプレイ、低重心で重量配分に優れること、RWD(後輪駆動)ならではの価値(転舵角は45度もあるのだ)、モーターの制御自由度の高さなどによる、新たな魅力を存分に盛り込んでいる。
モーターショーにはまだまだ価値がある
35.5kWhのバッテリー容量は、くしくもマツダが市販を予定しているBEVとも共通している。ドイツおよび欧州勢は大きな目標に対してバックキャスティングするときに、グリーン電力が大いに広がっていくことを前提としているが、トヨタも含めた日本勢の多くは、現実的な電力構成でLCA(ライフサイクルアセスメント:生産から走行、廃棄、リサイクルまで総合的なCO2排出量を評価)を考える傾向が強いから、戦略に違いが見られるのだ。日本人だからか、日本勢の考え方のほうがストンと腑(ふ)に落ちる気がしているのだが、果たしてどちらの戦略が正しいのか? それは今後を見守っていくことでゆくゆく判明するだろう。
いずれにせよ、自動車成熟国のモーターショーはクルマ好きの興味の対象としては陰りつつあるが、これからのモビリティーを考えるうえでは重要な機会である。
早くから衰退し始めた東京モーターショーはそれだけ危機感が高まっていたので、今年はさまざまな対策がうたれている。オリンピック/パラリンピックの影響もあって会場は分散し、端から端までの距離は1.5kmにもおよぶが、展示場をつなぐ公園の橋などを利用して、次世代モビリティーを見せたり体験させたりするなど、新たな取り組みが見られるのだ。自動車とは異なる業界の企業も加わって、近未来の日本の技術を展示したり、無料の地域を設けてより多くの来場者に門戸を開いたりという試みもみられる。始まってみないことには成功するかどうかはわからないが、取りあえずは楽しみにしておこう。
今年の東京モーターショーは10月24日に一般公開がスタート。23日は各メディアの取材日となっているので、そのときになれば概要が判明するはずだ。
(文=石井昌道/写真=石井昌道、NewsPress、ダイムラー、フォルクスワーゲン、マツダ、日本自動車工業会、CAR GRAPHIC/編集=堀田剛資)

石井 昌道
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