第593回:楽しめるのは今のうち!?
怪物級のジャガー&ランドローバーを試す
2019.10.10
エディターから一言
英国伝統のブランドであるジャガーとランドローバーには、500PSオーバーのハイパフォーマンスモデルが存在する。本気で“踏んで”“切った”なら、どんな走りが味わえるのか? 代表的な4モデルの走りをサーキットで試した。
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500PSオーバーの猛者がそろい踏み
ジャガー・ランドローバーがSVRモデルを中心としたメディア向け試乗会を熊本県のHSR九州で開催した。同社にはビスポーク、すなわち上顧客によるわがままな注文に応えるSVO(スペシャルヴィークルオペレーションズ)という部門があるが、その部門が提案する特別なスポーティーモデルをSVRと呼ぶ。
この日用意されていたのは、「ジャガーFペースSVR」「ジャガーFタイプSVRクーペ」「ランドローバー・レンジローバー スポーツSVR」、それからSVRではないものの、SVR各モデルと同じエンジンを搭載した「ジャガーXJR575」の4モデル。これらが搭載するのは総排気量4999ccのオールアルミのV8直噴スーパーチャージドエンジンで、最高出力はFペースのみ550PS、残る3モデルは575PSだ。
自動車メディアの人間が、500PSを優に超える怪物級のハイパフォーマンスカーたちを入れ代わり立ち代わり走らせる試乗会に参加している間、「これは何かに似ているな」と考えていたのだが、それが何かに気づいたのはイベントの終了間際だった。
サーキットもイケるレンジローバー
最初に乗ったのはレンジローバー スポーツSVR。よじ登るように運転席へ乗り込んでシートベルトを締めると、SUVらしからぬスポーティーなバケットシートに体をホールドされる。エンジンをかける。ドロドロドロ……。重低音が響く。ピットを出てコースイン。左コーナーをふたつゆっくりと通過した後、緩い右コーナーでアクセルを深く踏み込む。ヘルメット越しに耳に入ってくるサウンドがドロドロドロからバリバリバリとけたたましいものへと変化し、強烈な加速Gを背中に感じた。重さの象徴のようなV8エンジンを積むにもかかわらず、あまりのパワーにフロントが浮き、フロントウィンドウ越しの景色がやや“空多め”となる。
踏めば踏んだだけ加速していくさまにも驚かされるが、もっと驚かされるのはストッピングパワーの強大さ。レンジローバー スポーツはエンジンのみならずボディーもオールアルミで軽量化に努めてはいるものの、そもそもの図体(ずうたい)が大きく、装備もてんこ盛りのため、SVRの車両重量は2450kgに及ぶ。そのことを考慮し、コーナーのはるか手前からブレーキングを始めた結果、完全に余ってターンインすべき部分まで少しアクセルを足すというイケてない運転になってしまった。めちゃくちゃ止まるんだなこれが。しかもわれわれが経験したのは試乗会の3日目。前々日、前日と一日数時間のハードブレーキを続けに続け、3日目でもこのブレーキングとは恐れ入る。
車両設定を自動制御する「テレインレスポンス2」でダイナミックモードを選んではいたが、もともとラグジュアリーSUVとして開発されたモデルだけあって、サーキットでは車体が前後左右に大きく揺れる。快適性を追求したエアサスが動きを抑えきれないのだ。揺さぶられながらのハイスピードドライビングとなった。もちろん、サーキット以外ではこのエアサスが乗員に極楽をもたらしてくれるわけで、エアサスであること自体にはなんの文句もない。
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Fペースはハイテクが生きている
続いて試乗したのはFペースSVR。これが最も好印象だった。パワーはレンスポSVRに比べ25PS少ないが、それはレンジローバー様と肩を並べるわけにいかないという事情によるもので、事実上同じと考えてよい。同じパワー、同じ音で加速し、同じ頼もしさで減速するが、車体の動きはより少なく安定している。引き締められたコイルサスというのもあるが、車両重量が2070kgとレンスポSVRより380kgも軽いからだ。乗り換えると、機敏な挙動に驚かされる。
「レンスポSVRにせよ、FペースSVRにせよ、いかにハイパワーを誇り強力なブレーキを備えるとはいえ、2t超えの重心の高いSUVでサーキット走行しても曲がったもんじゃないだろ?」という声が聞こえたので反論するが、さすがにこの後乗ったFタイプSVRのようにはいかないものの、テクノロジーによってかなりカバーされている。
具体的にはTVBB(トルクベクタリングバイブレーキ)と電子制御アクティブディファレンシャルによって、とにかくステアリングを切った方向へとクルマの向きを変えようという涙ぐましい努力が感じられる。その分、限界を超えた際のとっちらかり方と被害額は半端ではないだろうから、一番大事なのがドライバーの自制心であることは言うまでもないのだが、冷や汗ではなく心地よい汗をかく程度のペースを守る限り、SVOが手がけたSUVは実によく曲がる。
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音のタイプはアメリカン
2013年にデビューしてはや6年。Fタイプ クーペのSVR版は例の575PSエンジンが搭載されたモデルとして最もコンパクトで軽量であり、運動性能は推して知るべし。とはいうものの、そもそもエンジン自体が重いのと、このクルマ、そうは見えないが実は4WDということもあって、1840kgとピュアスポーツカーとしては決して軽くないのだが。その代わり4WDの効果は絶大で、発進で大トルクを与えると、後輪が受け止めきれないトルクを前輪が受け持って路面に伝えるため、強烈なトラクションがかかる。体感的にはスタートダッシュの衝撃は「日産GT-R」あたりと変わらない。
SVR各モデルには「スイッチャブルアクティブスポーツエキゾーストシステム」が備わる。先ほど来「バリバリバリとけたたましい……」と表現してきたが、のべつまくなしにやかましいわけではない。ダイナミックモードを選んでアクセルを速く深く踏み込んだ際に限り、直管マフラーかと思うような大音量を発する。イタリアンV8のようなクォーンと澄んだ大音量ではなく、何かを壊しながら突き進むかのようなアメリカンV8系。アングロサクソン好みなのかもしれない。メルセデス・ベンツのスポーティーなV8エンジンと似ている。
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時代の“終わり”も感じさせる
最後に乗ったXJR575のサテンコリスグレーのボディーカラーにテクニカルグレー仕上げの20インチホイールといういでたちは、『007』の敵の犯罪組織「スペクター」が公式車両としてまとめ買いしそうな仕様。4車種目ともなると、エンジンには慣れるが、このクルマはこの日唯一のFR。横滑り防止装置のスイッチを一度短く押すと、スリップアングルを少し許してから介入してくるため、007を追いかける、もしくは逃げる時のようなテールハッピーな走りを心ゆくまで楽しむことができた。
数時間のイベント中、合間にスタッフが目立たぬよう給油していた。車載燃費計は2~4km/リッターと表示していた。4台はこの日だけでいったい何リッターのハイオクガソリンを消費したのだろうか。その時、この試乗会が何に似ているのか気がついた。断髪式だ。われわれ自動車メディアが入れ代わり立ち代わりSVR各モデルを走らせる様子が、引退した力士の大銀杏(おおいちょう)に関係者が少しずつハサミを入れる姿と重なった。
この日のイベントはSVR試乗会であるとともに、実はジャガー・ランドローバー初のBEV専用車「Iペース」の試乗会でもあった。けたたましいクルマたちに交じってほぼ無音のIペースもコース上をほぼ同じペースで走っていた。その様子は実に対比的で、背中を丸めて歩く類人猿から背筋を伸ばして歩く人間に移り変わる図を見せられているようだった。同社は2020年以降発売するすべてのモデルに電動車を設定することを明言している。また先日、次期型ジャガーXJをBEVに生まれ変わらせることも発表した。V8とともに消えゆくのではなく生き延びることを選択したのだ。
ただし力士と違って大排気量の内燃機関の断髪式は1日では終わらない。この先何年もかけて人々はけたたましいV8サウンドに別れを告げるのだろう。なくなるのなら……とこれからあわてて買う人もいるはずだ。僕もできることならそうしたい。ただ断髪式が始まったのは間違いなさそうだ。イベントの終盤、「俺の体にはガソリンが流れている」と公言する先輩ジャーナリストの清水和夫さんが、断髪式の最後に親方が出てきて大銀杏をバッサリ切り取るかのように、XJRで大ドリフトを決めていた。
(文=塩見 智/写真=ジャガー・ランドローバー・ジャパン、荒川正幸、小林俊樹、花村英典/編集=近藤 俊)
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塩見 智
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